第17話 王子様の従者たち

わたしとアブソレムが店のテーブルに座っていると、玄関のステンドグラスが突然パアッと青く光った。

光が青いところを見ると、どうやらクロス派の誰かがウィローの木に手を置いたらしい。

わたしはこの世界のドアにガラスがはめ込まれている理由がわかった気がした。

訪問者の宗派を部屋の中へ知らせるために、これ以上便利なものはない。

アブソレムが立ち上がって、ドアを開ける。

「ようこそ、トーマ」

わたしは扉の向こうを覗き込んで、ぎょっとしてしまった。

アルの時と同様、トーマひとりだけが来るのかと思っていたが、玄関先にはたくさんの人が立っていたのだ。

一体何人いるんだろうか?こんなにたくさん入れるほど、店の中は広くない。

「こんにちは、アブソレム」

男性にしては少し高めのきれいな声が、奥から聞こえる。だが人に埋もれて姿は全く見えない。

どうやらトーマはかなり後ろの方にいるらしい。

「失礼します、魔法使い様」

そう言って、まずは2人の男性が入ってきた。

すらりとした長身の金髪と、がっしりした体格の短い髪のふたりだ。

店の中に異常や危険がないか確認しているらしい。

がっしりした体格の人は棚を一通り眺め終えた後、テーブルの横に立っているわたしを見つけて大きな声を上げた。

「トーマ様!女がおります!」

玄関の向こうがざわつくのがここにいても分かった。

あら?わたし、いてはいけなかったのかな?

「女、何者だ」

長身の金髪の人がわたしに細いとがった棒のようなものを向けて冷たく言った。

象牙でできているような、滑らかな棒だ。

「リチャード。それはわたしの弟子だ」

アブソレムが全く動じずそう言うと、今度はもっと大きなざわめきが聞こえた。

……というか、それって言わないでよ。ものみたいに。

リチャードと呼ばれた人は未だ警戒心たっぷりと言った感じで、棒をわたしに向けたまま、後ろにいるらしいストラへ声をかけた。

「ストラ、一体どう言うことだ。報告にはなかった」

「すみません。昨日は気がついておりませんでした」

うん。そうだろうね。ストラ、わたしのこと一切見ていなかったもんね。

わたしがどうしたらいいのかわからないまま、向けられている棒をじっと見ていると、アブソレムがまた同じセリフを言った。

「そこのお前。聞こえていないのか?それはわたしの弟子だ」

その声があまりにも冷たくて、リチャードは我に返ったらしい。

棒を急いでコートの下にしまい、わたしの前で跪いた。

「ま、魔女様とは知らず、申し訳ありません」

それを見たがっしりした人も、慌てて同じように跪く。

「えーと、気にしな……」

「だめじゃないか、リチャード、マウル」

わたしが気にしないで、と言い終わる前に、今度はもう少し近くからきれいな声が聞こえた。

あ、この人がきっとトーマだ。

姿を一目見て、わたしはなぜかそう確信した。

トーマは店の中に一歩入り、柔らかく微笑んでいる。

ゆっくりとこちらへ歩いて来る身のこなしが優雅で、育ちの良さが伺えた。

顔が整い過ぎている。まるで彫刻のようだ。パッと見ただけでは女性だと思ってしまいそうな長い睫毛。

水色のサラサラの髪に濃い青の瞳をしていて、襟の高い服を着ていた。

よく見ると、従者も護衛の人も皆同じ襟の服を着ている。

あまり見慣れない、不思議な服だ。これがこの国の高貴な服なのだろうか。

スタンドカラーシャツや学生服の詰襟にも似ているが、最も近いのはインドのネールジャケットだろうか。裾が長いところもよく似ている。

「それに君もだよ、ストラ」

トーマが後ろにいるストラに振り向かないまま声をかけた。

ストラがビクッと体を強張らせる。

ついでにわたしもビクッとした。完全に観察に夢中になっていた。悪い癖だ。

「申し訳ありません、トーマ様」

「謝るのは、僕に?」

「も、申し訳ありません。魔女様」

ストラは可哀想なくらい落ち込んでいる。いや、怯えているのかも?

トーマが片手をゆっくりと上げると、リチャードとマウルは頭を下げて玄関の外へ出ていった。

彼らはどうやら護衛のようだ。

全員が店の中に入るつもりはないようで、ホッとした。

前の世界では毎朝満員電車でぎゅうぎゅう詰めになっていたから、もうこりごりなのだ。

「僕の従者が失礼なことをして、申し訳ありません」

トーマはそう言ってきちんと頭を下げてお詫びしてくれる。

この国の王子様に謝らせるなんて、恐れ多くてめまいがした。

「そんな、気になさらないでください」

わたしが慌ててそう言うと、すぐ横にいたアブソレムが、「中立」とだけ呟く。

どうやら、トーマのこともサムージャたちと同様に扱え、ということらしい。

「……気にしないで。トーマ」

わたしは勇気を振り絞ってそう言い直した。

うう、後ろに控えているストラの目が怖い。妖精みたいに瞳孔が開き切って、殺気を感じるよ。

「ありがとうございます。魔女様」

「あの、わたし、アリスと言います。アリスと呼んでくれたらいいわ」

トーマはにっこりと笑ってくれた。

どうしよう、この人。単純に顔が良過ぎて、直視できない。

「それではアリス。僕はクロス派ベルナール国王の息子、トーマといいます」

差し出された手を恐々つないで握手をする。

トーマの手はとても冷たかった。

「これからどうぞよろしく、アリス」

挨拶も終わり、アブソレムがトーマに椅子を勧めた。

いつもの通り、テーブルセットには椅子が二脚しかないため、アブソレムとトーマが座る。

わたしはお茶を淹れに壁際のキッチンへ向かった。

先の護衛は外に出ていたが、まだ部屋には何人か従者がいる。

ドアの前には男性が二人。ストラと一緒に立っているのは年配の女性だ。

全員トーマと同じ、襟の高い服を着ている。女性も男性も同じ型の服を着るらしい。

色は濃紺で、襟元と袖口には金の刺繍がされていた。

わたしはアブソレムがすでに用意していたハーブでハーブティーを淹れる。

これはさっき庭から摘んできたもので、確かディルと言っていた。

花のように大きく開いた葉を、茎と一緒にそのままポットへ入れる。

「時間を取ってくれてありがとう、アブソレム」

お茶をテーブルへ運ぶと、トーマがお礼を言っているところだった。

「今年も知恵の日が近づいてきたから、またヘーゼルを頼みたくて」

わたしの置いたお茶を見て、トーマはまた笑いかけてくれた。

顔がきれい過ぎて、いちいち意識してしまう。やめてほしい。

「おいしい。ディルのお茶だね」

トーマが一口飲んでそう言うと、後ろの年配の女性がホホホ、と笑った。

「坊ちゃんが小さな頃は、ディルを夜泣きのたびに飲ませたものですよ」

「マーサ……ここでその呼び方はやめてくれ」

トーマが少し顔を赤くて恥ずかしそうに言った。

「ご結婚されるまではいつまでも坊ちゃんとお呼びしますよ。さて魔女様、お話は坊ちゃんたちに任せて、あちらで従者を紹介させてくださいませ」

マーサにそう提案されて、わたしはアブソレムの指示を仰ごうとチラリと視線を送った。

彼はお茶を飲みながら、眉を上げて見せた。

えーと、多分あれは「好きにしろ」の顔ね。

「ええ。お願いするわ」

わたしはマーサの紹介を聞くことにし、玄関側の薬草棚の前に移動する。

店は決して狭くはないのだが、ごちゃごちゃと置かれた棚やキャビネット、謎の瓶詰めがそこかしこに転がっているので、数人がまっすぐ立てそうなのは玄関だけなのだ。

「このふたりはリュドとフウゴです。リュゴはミナレット派で、フウゴはトルニカ派のものです」

これは意外だ。従者は全員クロス派のものかと思っていた。

「リュドは執事で、フウゴは筆頭護衛です。今後も魔法使い様の元へご一緒するかと」

二人はそれぞれ丁寧に挨拶してくれる。

真面目そうな二人だ。ピシッとした姿勢を一切崩していないが、疲れないのだろうか。

「ストラはもうお会いしていますよね。小間使いです」

マーサがそう紹介すると、ストラは心外そうに「侍女ですわ」と言った。

「訪問の先立ちも満足にできない侍女なんて、ベルナール家にはおりません」

マーサがにっこり笑ったままバッサリ言い捨てる。

ストラはまた分かりやすく肩を落として俯いた。

このおばあちゃん、相当怖いみたいだわ。

「そしてわたくしはマーサと申します。クロス派で、坊っちゃまの侍女頭です」

どうぞよろしく、と私たちはお互いに挨拶をし合う。

あら?トーマは男性なのに、どうして執事のリュドではなく、侍女頭のマーサが横についているのだろう?

わたしは昔読んだ、ヨーロッパの使用人の階級についての本を思い出していた。

大まかに言うと、確か男性につくのは執事で、女性につくのが侍女だった気がする。

紹介が終わったところで、マーサがトーマに声をかけた。

「さあさあ。坊っちゃま、ヘーゼルをいただきに庭へ参りましょう」

「あ、ヘーゼルならそ……ぐっ」

ヘーゼルならそこにある、と言おうとしたわたしの脇腹を、マーサが小突いた。

「ああ、そうだな。アブソレム、庭へ行こう」

話をしていたトーマはそう言って立ち上がる。

マーサはストラたち3人に、ここで待つようにと言いつけてトーマとアブソレムの後をついていった。

わたしは訳がわからないまま、ぼうぜんとそこに立ち尽くしていた。

これ、わたしはついて行ったほうがいいの?ここにいたらいいの?

そう悩んでいると、食堂の方から「アリス!」と呼ぶアブソレムの声が聞こえて、わたしは急いで店の奥へ入っていくのだった。

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