8 真夜中、少女、そして

 ごぞごぞと音がする。

 真夜中。

 支部に泊まり込んでいる二人は、雑貨ビル上の個室を使っていた。今、この支部にはそうして泊まり込んでいる支部員、マルコ班が多くいるが、夜になるとさすがに静かだ。

 おトイレに起きたちよは一人では怖いと寝ぼけたかすみを連れて歩いていたが、音にひぃと悲鳴をあげて、思わず逆走しそうになって思いっきり、かすみと額をぶつけあった。

「いたぁ~~。おトイレ、あっち」

「音……音!」

「・・・・・・ゴキブリじゃない?」

 今は支部から仮の大きなビルに移っている。もしかしたら幽霊話があって、本物がいる可能性だって捨てきれない。

「う、うううっ」

「ノイマンでしょ、あんた」

 天才のシンドロームでノイマン。何事も冷静に判断できるはずだというが、思考判断とシンドロームはそういうときは一切関係ないとちよは主張したい。

「てか、この先って食堂じゃない?」

 すたすたと歩いていくかすみの背中にちよはひっつく。

 廊下のさきにある食堂に、小さな灯りが見えた。

「うぎんんんん」

 ちよの口をかすみが即座に塞いだ。

「大賀とちかじゃない」

「ふぐぅ」

 ちよがまた声をあげた。よく見れば、大賀とちかだ。またこの二人は揃って何かしはじめているのか。

「もしかして、つまみぐいとか?」

 せっかくもらったお菓子を没収されていたとかすみは頭の端っこで思い出す。

「ちがう、ちがう。文字の練習、てか、ちよ、死にそうになってる!」

 大賀の指摘に、あっと声をもらしてかすみが見ると、ばたばたと両手をふるちよが苦しげだ。思わず口と鼻の両方を塞いでいた。

 かすみが手を離すとちよはぜーぜーと息をして大賀を見つめた。

「ごめん、ちよ」

「ふーふー……ううん。そ、それで、こんなところで、文字の練習って?」

「ちかが」

 テーブルにかじりついて、一生懸命、ペンを動かしている。

 大きなのたくった文字は日本語だ。

「ちか、昔、住んでいたところで、手帳とペンをもらったんだって。それだけはマスターレギオンからもとられなくって」

「・・・・・・」

「なんか、あれば記録しろって、くれた人は口にしていたんだって」

 それがどんな人で、今はどうなっているのかなんて想像することしか出来ない。

 ただ一生懸命、ちかが取り組んでいるそれはとても大切なもののようにかすみにも、ちよにも思えた。

「オレ、あんまり頭よくないから二人とも手伝ってほしいんだけど」

「仕方ないなぁ」

 かすみが大賀の横に腰掛ける。

「一つ貸しだよ」

「へへ」

 かすみのぶっきらぼうさに大賀が笑う。

 その様子を見て、ちよはむすっとして大賀の背中を軽く小突いて、かすみの横に腰掛けた。

「ちょ、なに、ちよ」

「べつにー。ほら、教えてあげる。ちかは何が書きたいの?」

「・・・・・・みんなのこと、今、きらきら、してることを」

 たとたどしく、語られる言葉はかけがえのないものだとわかる。

 だからちよとかすみは仕方ないとため息をついて文字を教える。それをちかが一生懸命、書いていく。

 深海の底みたいな真夜中でも、彼らはさざ波のように言葉を交わし、微笑みあった。

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