2 昼真の調査


 会議が終わった時間はちょうど昼の十二時だった。

 別室で待機していたきぃと侘助のところに大賀が顔を出し、ついうっかり二人が意気投合して別室にいる少女に会いに行き、ちょうど昼になったというのでごはんを食べようという話になった。

 食堂には材料はあったが、肝心のコックはいない――現在支部員は昨日の処理で出払っている――考えた末、椿たちの所に赴いたというのだが

「おなか減ったら、やっぱりカレーですよねっ」

「カレー、オレ、好きですよっ」

 右にきぃ、左に大賀に囲まれた椿は頭痛を抑えるように苦悶した。

「好きにしたらいいだろう」

「だったら作るときもみんなでてすよぉ、つばきさま」

「は? みんな、というのは」

 きぃがにこりと笑う。

「みんなです」

「……本気か」

「きぃはいつでも本気です」

 えっへんと胸を張るきぃにならって大賀もえっへんと胸を張る。その後ろに隠れている少女は怯えたようにおろおろしている。

「……僕は手伝わないぞ。侘助に頼めよ」

「むぅ。そういうところ、男子たるもの台所に立たぬ、ですか? ふるぃっていまどきはいうんですよ。男性でもごはんつくれないと、あ、けど、きぃはきにしません!」

「うるさい、だまれ」

「ふふ、きぃが椿さまにごはんいっぱいつくるんですからぁ。椿さまは座って待っててくださればいいんですぅ」

 うんざり顔の椿にきぃが体をくねくるとふって照れている。

「そういえば、お二人ってどういう関係なんですか?」

 ちよがきょとんとした顔で尋ねたのは、誰もが気になっていることだ。

 危険なマリンスノーにも連れていき、大百足になる自分と瓜二つのヒトガタになる蟲を――侘助は椿のことを父と口にしていた。

「椿さまときぃは生涯をともにする伴侶ですぅ」

 きゃあぁと照れて一人で叫んで騒がしいきぃに椿は黙っているが、その顔色は優れない。

「もう運命? 命? すべてがきぃと椿さまと繋がってるんですよ。ねぇ」

「え、え、え~~」

「うそぉ」

 ちよとかすみが年頃の娘よろしく食いついてきぃと椿を交互に見る。

 椿は十代後半、それにたいしてきぃと呼ばれる少女はどれだけ見積もっても十歳前後だ。どう見ても若すぎる。

 オーヴァードには見た目で実年齢がわからないということもあるが

「本当なのか」

 高見が腕組みをして尋ねると椿は肩を竦めた。

「はやく食堂にいこう。ここはうるさすぎる」

 一人でさっさと歩き出す椿にきぃが慌ててついて

「え、話しの続き聞きたい~」

「うん。ほら、一緒にあなたも行きましょう」

 ちよが少女を見て手を伸ばす。

 少女の瞳が見開かれる。

 きょろきょろと周りを見回して、自分のことを指さした。

 ちよがにこりと笑うとかすみが

「ほら、行こう!」

 明るい笑顔で手招く。

 大賀が肩を叩いて促すと少女は大きな目が、ころりと落ちてしまうくらい見開いたあと、頷いて一歩前に出た。

 ちよとかすみが両腕を掴んで駆けだしていくのに真っ白い少女は頬を高揚させて駆けだしていく。

 その姿をエージェントは目を眇めて眺めたあと、踵返す。

「どこに行く。お前も行くぞ」

「……私も……?」

 高見が声をかけるとエージェントは驚いた顔をしている。まさか呼ばれるとは思っていなかったという表情だ。

「みんなで、と言われただろう」

 当たり前のことを、とばかりに高見は微笑み、顎をしゃくる。


「むぅ、むつかしい~」

「本当、ジャガイモって難しい~」

 ちよが眉間に皺を寄せる横で、かすみはからからと笑って包丁をせっせっと動かす。

「・・・・・・かすみちゃん、うまいね」

「そりゃ、スポーツするからごはんとか作るもん。ちよはぜんぜんだめだめだね」

 スポーツ少女であるかすみは大変器用で、作る料理も絶品だ。

「あなたも大変、うわぁ、器用だぁ」

 隣で作業している少女はジャガイモ、次にはにんじんの皮むきし姿はベテランのそれ。ちよが思わずショックを受けるほど、素早く、無駄のない動きだ。

「わ、すごい。きれいに切ってる」

「・・・・・・あ、あの、だめ、でしたか」

 震える声で少女が問いかけてくる。

「ううん。すごいなーって、ちよに比べたら、ほんと」

 ちよの手元には、皮と身がかなり削られたジャガイモのかすが転がっている。

「私のことは見ないでっ!」

「・・・・・・あの、私、かわりに切りますよ」

「ありがとう~」

 少女からの申し出にちよが情けなくすがりつくのに、はぁとかすみがため息をついた。

「アンタ、助けられぱなしじゃん」

「めんぼくない」

「もう仕方ないから、別のこと手伝ったら?」

 ちよがしょげながら顔をあげると、少女はせっせっと手を動かしてくれる。

 見ると、言い出しっぺのきぃは手早く、素早く、慣れた手つきでお米を研ぎ、お肉を切っている。

 すごい。あんなに小さいのにとちよが思わず感心してしまった。

 大賀とエージェントはテーブルをふいたり、お皿を用意したりときちんと動いている。そちらに行こうとしたちよに大賀が顔をあげた。

「ちよちゃんどうしたんすか?」

「食材切りは私にはまだ早かったの」

「あー」

 大賀が納得の声をあげる。ちよが見た目以上に不器用なことを彼はよく知っている。

「けど、こっちも人ってか手が足りてるんですよ」

 大賀がちらりとエージェントに視線を向けるのに、ちよも視線を向けた。

「ほら、マスター、そこ、しわになってますよ」

「・・・・・・こう」

「そっちじゃなくて、こっち、こっち」

 わいわいと声をあげるのはエージェントの赤髪につけられた黒薔薇の髪飾り――それはマリンスノーでも聞いた声だ。

 エージェントがアリオンと呼び、相棒だと言ったレネゲイドビーイング。本来はもっと別の姿らしいが、それになることを嫌い、今はエージェントの頭を飾ってくれているのだという。

 エージェントがよたよたと――戦うときは、すごく勇ましいのに、今はとてもぎこちない。それに痺れを切らしてアリオンが黒い花びらをぬっと伸ばして――触手だ! ――しわをのばして、テーブルクロスをきっちりと敷いていく。

「不器用ですね、マスター」

「・・・・・・うん」

「ほら、今度はそっちしわ」

「アリオン、こわい」

「アンタが動くののろいからですよ」

 これだとどっちが主で従なのか。

「あー、ほらほら、仲良くするっ」

 大賀が慌てて声をかけ、振り返るとウィンクを投げてきた。つまり、ここは人が足りてるからいいという意味だ。 

 戦力除外通知を受けたちよは仕方なく、何もしていない椿の横に移動した。

 椿が片眉を持ち上げた。

「なんだ」

「戦力外通知を受けたので」

「・・・・・・そうか」

 椿は手元の資料を読み込んでいる最中で、すぐに書類に視線を戻す。その姿はマルコ班の隊長らしい風格がある。

「あの、マリンスノーで、あなたはどうして自分には力がないって言ったんですか」

「・・・・・・実際そうだからだ。僕はオーヴァードとしての能力はほぼ使えない」

 その発言に驚いてちよは椿をまじまじと見た。

 痩せているし、青白い肌、艶やかな黒髪――典型的な日本人、いや、少し古くさいかんじはあるが、それ以外はなんら特徴はないように見受けられる。

「けど、あのマリンスノーで蟲を」

「あれは事前に仕込んでいたものだし、僕の力は使っていない」

 思えば、確かに椿は指示を飛ばしても自ら進んで能力らしいものを発揮していたそぶりはなかった。

 マスターレギオンが知っているような口調だったのも今更だが気になった。

「マスターレギオンとは知り合いなんですか」

「向こうが一方的に知ってるんだろう。化石を知ってるようなものだ」

「それって」

「・・・・・・僕は半身が動かない。それはオーヴァードの力でもなおらせない。それは僕が」

「隊長」

 いつの間にか現れたアイシェが水のはいったコップを差し出してきた。

「少し顔色が悪いので、水を持ってきました」

「・・・・・・アイシェ、お前」

 椿が目を眇めたあと、ため息をついた。

「ありがとう」

「いえ。私も同席してもいいですか」

「あ、はい」

 アイシェは椿の横に腰掛け、ちよに微笑んだ。

 優しいのに、どこか牽制を感じる。

 椿がなにか先ほど口にしようとしていたが、それはアイシェによって封じられてしまった。改めて聞くこともちよには出来ない。そうさせない圧をアイシェから感じた。

 地雷を踏んだ――ちよははっきりと理解した。

 椿ではなく、アイシェの。

 彼女はマルコ班の副隊長として隊長である椿を補佐するために存在する。マリンスノーでも、会議室でも、確かにアイシェは椿に寄り添って、出しゃばらず、するべきことを行っていた。

 アイシェにとって椿は大切な人なのだ。

 そして、椿の過去については本人が気にしなくても、アイシェが探られたくないのだ。

「アイシェ、この報告書、いくつかスペルミスがあるぞ」

「・・・・・・申し訳ありません」

「いや、急ぎで作らせたからな。このあと報告は僕がしよう」

「私がします。隊長は少しお休みしたほうが」

「貧弱だが、徹夜程度で倒れないぞ。・・・・・・たぶん」

「やはりお休みください」

 アイシェが生真面目に言い返すのに椿はくくっと肩を震わせた笑った。

「心配しすぎだといっても聞かないんだ。この通り、僕はとても貧弱だ。だから副隊長殿にもとても心配される。ああ、まだ名乗っていなかったな。僕の今のコードネームは不戦者〈タタカワズ〉だ。戦う力がないからな」

「戦う力がないから、不戦者」

 ちよがコードネームを繰り返すとアイシェが険しい顔になった。どうもお気に召さないコードネームのようだ。

 思えば、アイシェ以外のマルコ班隊員たちは、あまり椿に近づこうとせず、遠巻きな視線を向けていた。

 マルコ班はレネゲイド災害によって日常を奪われた者が多いと聞く。

 世界を巡り、レネゲイドウィルスの脅威と戦うのは並々ならぬ精神だと高見は口にしていたのを聞いた。

 それだけ覚悟を持っている彼らはいつも危険と隣り合わせで、実力主義だというのは予想がつく。

 そんな彼らにとつて戦わない、戦えない隊長というのはそれだけ反発する相手でもあるのかもしれない。

 しかし戦えないのに、どうして隊長なのかちよは疑問を覚えた。

「アイシェ以外の隊員は僕のことが嫌いなんだ。下のものばかり戦わせて、自分はなにもできないからな」

「隊長」

「そうなることを僕はした。だからこうなったんだ」

 アイシェの辛そうな視線に椿は肩をすくめた。

「アイスは熱いとよく溶ける」

「なんですか」

 唐突に口にされた言葉にアイシェとちよがきょとんとすると椿が得意げに笑った。

「意味なんてない。だから笑えると昔、本で読んだんだ」

 その言葉に、アイシェもちよも無意味だからこそ笑ってしまった。

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