1 昼真の調査


「少女については本人から聞きだした情報では今までどこかに軟禁され、そこにマスターレギオンがやってきて連れ出された、ということです。それ以外は不明です」

 本来、黒猫亭という喫茶店であるММ支部では手詰まりということで、高見がUGN協力者から雑貨ビルを一つ借り受け、二階の会議室にマルコ班の隊長である椿と副隊長のアイシェ、かすみ、ちよ、高見、そしてエージェントが集められた。

 各自の持っている情報の共有を行っている。

 会議についてはマルコ班が地位の高さから仕切る形だが、椿はこの手のことが苦手だと一言だけ口にして、アイシェが進行と説明、状況の確認をつつかなく行う。

 マルコ班は事前に今回の捕獲任務についてはММ市に申請を行い、協力体制を敷いていたので、大まかな作戦通りの行動を行っていた。ただそのときに見聞きしたことなどを共有することで遺産についての予想をたてる作業だ。

 エージェントは今回たまたま、居合わせたという。

 しかし、アッシュ・レドリックは議員の立場である。マルコ班の後ろ盾であるテレーズに一報もなかったことが不審がられたが、それについては昨夜アッシュより報告がすれ違っていたというメールがテレーズに送られた旨をアイシェが会議のときに告げ、エージェントの身分についてはきちんと確認がとれたことを口にした。

 身分の保証されたエージェントは、ドイツからずっと彼を追いかけてきたこと、ただし遺産については見ていないと素直に告げた。

 ドイツから常に海のルートを使い、逃げ続けているマスターレギオンについてはその行動の不明点が多く、次にどんな行動をとるのかは不明だ。

 寝台特急マリンスノーでは遺産と思わしきものは発見できず、持ち物については衣服と財布、パスポートといったものばかりだ。そして少女。

 一晩しっかりと静養させ、マルコ班とММ地区の科学者である戸口が検査をした結果、彼女の正体がレネゲイドビーイングだということだけは判明した。

 しかし、シンドロームなどは不明。

 能力についても他者を癒すことのできる治癒能力があるのではないか――それについても憶測の粋なのは、彼女自身が自分からすすんで力を発揮することができない。

 キーとなるのは少女の感情の強い高ぶりだという。

 ドイツからマスターレギオンに連れ出され、移動し続けてきたこと。

 憶測だがと、戸口は断りをいれて、マスターレギオンはそれが目的で少女に暴行を与えていたのではないかと告げた。

 それに対してはこの場にいた全員が顔をしかめた――エージェントだけが無表情だった。

「私も、あいつが殴ったのを見た」

「……女の子に対して態度がひどかった」

 かすみが憤慨するのにちよが暗い顔で言う。

 アイシェが険しい顔で説明を続けた。

「少子は名前も与えられず、道具のように扱われていたようです」

「名前がないの」

 とエージェントが声を漏らした。この会議ではじめて自分から口を開いた。

「ええ。名前もなく、言葉もよくわかっていないようです。ただ知能が高いため、ある程度の言葉……つまり意思疎通はできるようです」

 アイシェの言葉にかすみとちよは納得した。

 少女ははじめて会ったとき日本語がわかっていないようだったが、必死に言葉を返していた。その姿は少女がどれだけ過酷なところにいたのかを物語っているのもある。

 虐げられてきたから耳を使い、口を使い、頭を使い、必死にその場のことを知り、殴られないように、媚びを売る。

 生存本能のなせる技だ。

「あの子、もう大丈夫なんですかっ」

 かすみが身を乗り出した。

「だいぶ回復してるよぉ~。レネゲイド値も安定してるしぃ」

「会いたいなら、会いに行ってもいいよ。保護はしてるけど、別に拘束じゃないしね。だよねぇ~」

 戸口が伺い見るのはアイシェだが、彼女はすぐに椿に視線を向けた。椿は煙たげに手をひらりと振った。

 アイシェがくすりと笑って頷き、口を開いた。

「ええ。むしろ、はじめに保護してくれたお二人などに会えば心が落ち着くでしょう」

 許しを得たかすみはにんまりと笑ってちよを見た。その顔だけでちよはかすみがなにを言いたいのかすぐに理解した。

「んん」

 わざとらしく高見が咳払いを零す。

「とりあえず、このあとマスターレギオン、遺産について調べる必要があるな。遺産のことを知れば彼奴の動きも推測できる。各自が各々に出来ることをする、でよろしいかな」

「僕は構わない。情報も終わったんだ。これでこの会議は一度締めていいだろう。アイシェ」

「はい。隊長。では、一度解散とします」

 アイシェの宣言を合図に椿、エージェントが立ち上がった。

 椿は杖をついてよろよろと歩きながらアイシェに近づいていくのにたいして、特に自分から進んで何かを口にすることはなかったエージェントはさっさと部屋を出ていく。

 そのあとを追いかけたのは高見だ。

 廊下を進むエージェントの背を睨みつける。

「待て。エージェント」

 ぴたりと、赤毛を揺らしてエージェントが立ち止まる。

「何か?」

「質問だ。君はあいつをどうしたいんだ」

「あいつ、とは」

「マスターレギオンだ」

 高見は単刀直入に聞いた。

「えらく執着していると部下から聞いている」

「……」

「それを言えば君の上にいるアッシュ、あいつはかなり冷酷だとこんな島国にも聞こえているんだ。そんな男が何を企んでいるんだ」

「アッシュは、私をただ使っているだけよ。道具として」

「……はじめの問いの答えを聞きたい。君はあいつをどうしたい。救いたいのか」

 その声には少しばかりの批難の色が混じっていた。

 マスターレギオンはその行動と力を見る限り、ジャームだ。

 ジャームとなれば、もう元に戻すことはできない。たとえ彼がジャームでないにしても、彼の行ったテロ行為で死者やジャーム化したものたちがいることも真実だ。

 救うと高見は自分で口にしながら、あまり実感がわかなかった。

ジャームは治癒方法がないため、今は生け捕りにして冷凍保存するのがポピュラーだが、相手が相手だけにかなりの苦労を強いられることになるだろうし、彼が改心するとも今までの報告を聞いた限り思いづらい。

「……わからないわ」

 ぽつりとエージェントは答えた。

「わからない、のか」

「救いたいというのがどういう定義であなたが話しているのかわからないから、わからないとしか言えない」

「……私の部下に害がない限りは私はお前の行動を見逃すが、もし害があるとなれば私の鉾の錆にしてくれる」

「承知したわ」

 淡々とエージェントは答え、背を向けるのに高見は嘆息した。

「なんだ、つかみどころがない」

「クールっていうんですよ、ああいうの」

「大人ですね」

 背後からの声に高見が振り返るとかすみとちよが神妙な顔が頷いている。

 どうやら先ほどのやりとりを見ていたようだ。

「お前ら……いつから見ていたんだ」

「先?」

「支部長が質問しているあたりから」

 などどのたまう。

「まったく」

 高見は今度こそ深く嘆息する。

「支部長は、あの人信用してないんですか」

「マリンスノーでも助けてくれましたよ」

「それとこれは別だ。正体がはっきりしない、いや、目的がわからない者は危険だ」

 高見が警戒するのにかすみとちよは顔を見合わせる。

「それって、つまり、危険性がないかわかればいいんですよね?」

「危ない人じゃないって」

「ん、まぁ、そうだが。お前ら、なにを」

 高見が止める前に二人が無防備に駆けだしていった。

「エージェントさん」

「あの、よかったら調べものをしませんかっ」

 二人が声をかけると先を歩くエージェントが足を止めて、振り返り、小首を傾げた。

 エージェントが困惑した顔で口を開こうとしたとき

「あーー、いたぁ」

 明るい大賀の声が飛んできた。

 見ると廊下の先に笑顔で立つ大賀とその腕に抱えられたきぃ。

「つばきさまぁ~~!」

 ぶんぶんと両手を振っているきぃが声をあげる。

 見るとちょうど会議室からアイシェと椿が出てきたところだ。

「きぃ、どうした」

「ごはんをつくりましょう~~」

「は?」

 椿が間抜けな声をあげた。

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