全ての歯車が噛み合う時、真実を覆い隠していた蒸気は晴れる

スチームパンク×サスペンスミステリーということで、非常に浪漫と緊迫感に溢れた作品でした。
しかし設定や内容が複雑で重苦しくて読みにくい、といった部分は一切なく、個性的なキャラクター達の掛け合いやテンポ良く進む展開のおかげで、最後まで目が離せないまま一気に読了できました。
興味を惹く舞台設定、犯人の自供文から始まるプロローグ、群像劇的に登場する魅力的なキャラクター達、ひとつの事件が解決したかと思えば更なる悪意や真実に近付いていき――などなど、起承転結がハッキリしていて、退屈するパートが皆無だったのは素晴らしかったです。
作品として奇抜さや突飛な犯罪トリックといったモノはないものの、文章でも展開でもキャラ作りにおいても、あらゆる部分で隙がなく堅実な作風だと感じました。犯人の動機も設定とリンクしていて納得感があり、目立った短所がないのが一番の長所だと思える、優等生的な作品でした。

ただ犯人の動機以外で、『スチームパンク』要素が物語と深く絡み合ったり混ざりきっていない部分だけが、惜しかったかなと思います。
蒸気時計や蒸気船、ラジオやタイプライターが使用されている世界ですが、普通の時計台や船が存在する、現実の21世紀や19世紀の設定にしても、ストーリー自体は別に破綻しないと感じてしまいました。
『犯人の求めるモノが存在しない世界』という必要性はあるのですが、仮に『アレ』が手に入っても、遅かれ早かれ犯人が求めていない状態になるので、動機の『根幹』を考えると、スチームパンク世界じゃなくても犯罪を実行に移すことは可能だと思います。
作中世界の雰囲気を生み出すだけの設定や効果で終わらせず、『この世界でなければ描けない、スチームパンクじゃないと成立しない物語』という部分をもっと強調できていれば、更に評価は高まったかなと感じました。

とはいえ、馬車が走り蒸気に包まれる世界の雰囲気自体は好きですし、ミステリーものとしても納得できるオチだったので、読んで満足感のある良作だったのは確かです。
この世界観やキャラクター達で、新たなる事件や物語を生み出すこともできそうなくらい、個性と魅力に溢れていました。

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