3.パスティーシュ書かない?

 そうそう、重要なことを書き忘れていた。なぜ僕が岸和田さんと知り合ったかをまだ説明していなかった。これは最初に書いておくべきだったかな。彼女が僕を知らなければ、雑誌の穴埋めとはいえ、そもそも原稿の発注はありえなかったのだから。


 大学時代、僕はとあるネットの文学賞を受賞した。文学賞といっても本格的なコンテストではなくて、仲間内のイベントだ。そのお祭り騒ぎの締めとして、ああ、思い返すと今でも笑ってしまうけど、本当に『授賞式』を挙行したのだ。都内のとある喫茶店を貸し切りにして。当時のネット民たちは二つの月の光を浴びていたから、今の人々より頭がアレルナティックであったんだな。


 授賞式当日。その狭くるしい授賞式会場には、物見だかいモノホンの作家や編集者たちも来ていた。みんなどうかしている、そんなに珍しいか。忙しいだろうに、ここへ来るより自分の仕事をしたらどうだろうよと、生意気でちょっとめたところのあった大学生の僕は思ったものだ。とにかく、作家先生から記念品贈呈ぃやら、パチパチぃやら、ありがとうさんですぅやら、なんやかんやがあって、僕は何人かの編集者を紹介され、名刺をいただいた。その中に、後日恨みを買った例の箕面さんや岸和田さんがいたわけだ。そんな具合にして出版社の知己を得た。


 さてさて、岸和田さんとのことである。岸和田さんは小説に使う資料集めをよく手伝ってくれた。まだウィキペディアなんてなかった時代だ、調べものをするには書籍をひもとくしか方法がなかった。彼女は調べものどころか、こういう方向の小説を書いてみない? などと言いながら数冊の書籍を持ってきては物語のスタイルを提案してもくれた。


 そうだ。ここらで岸和田さんの見た目について紹介しておこうか。そのほうが読者の方もイメージがつかみやすいだろうからね。岸和田さんはボブカットの髪を栗色に染めてなければ、高校生にも見えるタイプ。小柄な二十代半ば、決して童顔というわけではないのに、なんとなく幼く見えたのは、きっとすべすべした肌のせいだろう。うん、実際にさわらせてもらったことがあるけど、しっとりして張りのある肌は高校生はムリとしても十代で通用する若々しさだった。そして顔にはボストンタイプの黒フレームメガネ。いつも薄いカーディガンを着ていて、履いてる靴はペッタンコ。本を二、三冊抱えさせれば、少女マンガによく出てくる文学少女の出来上がり、といった風情だ。


 そんな文学少女ステレオタイプの岸和田さんが毎月恒例のパスタ会へ、本を抱えてやってきては、僕とパスタを食べながら小説に関する話を交わしていた。あるとき岸和田さんは「パスティーシュ書いてみない?」と当時の僕には耳慣れない単語を持ち出してきた。家庭的なレストランの照明が彼女の髪に当たって、つやのリングを作る。いわゆる天使の輪というヤツだ。神々しい思いで艶リングを見つめながら僕は「何です? それ」と聞き返した。


「清水義範とか読んだことない?」

「あります。ジュブナイルSFを書いている人ですよね。確か」

「それがね、今は違うのよ」

 岸和田さんはボストンメガネの奥から、つぶらな瞳をキラリンと光らせた。

 彼女の説明によると、パスティーシュとは模倣文学。名作の文体模写を行って新しい小説を作る、いわゆるパロディである。パロディ自体は昔から存在した小説の型だけど、清水義範氏の文体模写レベルの高さに目をつけた編集者が『パスティーシュの旗手』として喧伝したことで、ジャンルとして流行り始めたらしい。


 岸和田さんは僕に、そのパスティーシュはどうかと勧めてきたのだ。用語を知らなかった僕も、遊びで文体模写を試したことがあったから、すぐに理解できた。パスティーシュは読者が元になった作品を知っていないと成り立たない芸だ。作者と読者の協業があって、はじめて完成する文学なのである。書き手からは読み手の知識ナレッジが未知数であるため、いきおい誰でも知っているであろう、古典的名作や昔話に題材を求めることになる。


 今後の方向性として良いと思う、と僕は答えた。さらに、どうせやるならパスティーシュを単発ではなく、シリーズ化したらどうか、積み重ねることで化学反応がおきて飛躍的に面白くなるんじゃないだろうかと提案してみた。毎号掲載されるからこそできる企画だ。「いいねぇ。じゃあ、次回からそれでいきましょう」、と岸和田さんも大乗り気であった。その打合せの席ではね。

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