犯人からの電話 -2-
「リリさんが誘拐された日のことを、順を追って教えていただけますか」
問いかけを進めると、セラノはミオリを見た。その視線を受けて彼女が話し始める。
「いつも通りの朝でした。夫は先に家を出ていたので、リリを家から見送ったのは私だけでした」
「それは何時頃ですか?」
「学校がある日は、毎日七時三〇分に家を出るので、あの日もいつも通りに」
俺が頷いたのを見て、ミオリが話を続ける。
「九時ごろに、まず学校から電話がありました。リリが登校していないので、どうかしたのかと。それで、家からはいつも通り出たことを伝えると、学校の先生がたがリリを探し始めてくださいました。私は、リリが帰ってくるかもしれないので、家に待機していました」
「わたしの方にも、リリがいなくなったとミオリが連絡をくれて、すぐに家へ帰ってきました」
そう、セラノが言葉を加える。
「通学路のどこにもリリはおらず、警察に連絡したほうが良いかもしれないという話をしていた午後二時ごろに、家に犯人から電話がありました」
「リリさんを誘拐した、という内容の電話ですね?」
問いかけると、ミオリが頷く。
「その電話を取られたのは、セラノさん、ミオリさん、どちらですか?」
「私です」と、これにもミオリが返事をする。
「言われた内容を、できるだけ忠実に思い出せますか。また犯人の声は、どんな調子でしたか。男か、女か等はわかりましたか」
ミオリは少しだけ悩むように眉を寄せてから。口を開く。
「声は、何かの機械を通しているような感じで、男女も良くわかりませんでした。複数の人間が同時に同じことを喋っているような、そんな感じで。喋り口調は淡々とした様子でした。内容は『娘のリリを誘拐した。返して欲しければ一〇〇〇万イェロを用意しろ』というのが第一声だったと思います」
「ミオリさんはどういう反応をしましたか?」
「咄嗟のことだったので、かなり慌てました。それで……娘は無事ですか、とか、どこにいるんですか、とか聞いたのですが」
「返事は?」と問いかけると、ミオリは首を横に振った。
「『金さえ渡せば、無事に帰すことを約束する』とか、そんなことを言って、すぐに切れました」
ミオリの説明は、すべてノラが言っていた内容と合致する。
「つまり、リリさんの声を聞いたりはしていないんですね?」
「はい」とミオリは頷いて、説明を終えた。
「その後すぐに警察に電話をして、ノラさんが家まで来てくださったんです」
セラノが続け、ノラがコクンと頷く。娘を誘拐されて、連絡した警察からやって来たのがこの一五歳のノラだとは。
人を見た目で判断してはいけないとは言うが、ノラを見た時の、夫妻が抱いた不安は凄まじかったのでは、と思う。だが、夫妻のノラへの態度を見る限り、彼女はしっかりと信頼を勝ち得たようだ。どのように納得させたのかは、わからないが。
俺はその後も細々とした聞き取りを行い、話を終えると、三人を残して廊下へ出た。
携帯電話を取り出し、サイチに電話をかける。すぐに応答した彼へ、手短にコン家の電話番号を伝える。
「もう間もなく電話がかかってくるはずだ。逆探知頼んだぞ」
改めて念押しすると、電話越しに、鼻で笑う声が聞こえた。
『逆探知なんて、そんな神妙にするほど、たいしたことじゃないんで』
「頼もしいな」
本心でそう告げたが、返ってきたのは言葉ではなく、通話が切れる無機質な音だった。
と、ちょうどその時、リビングの方から着信音が響く。
俺はすぐさま部屋の中へと戻った。
俺がソファに腰かけると、ノラが固定電話をスピーカーの設定にし、通話ボタンを押す。同時に、俺は手元のボイスレコーダーを録音モードにした。
ノラから視線を向けられたミオリは頷き、おずおずと返事をする。
「もしもし」
『一〇〇〇万イェロは用意できたか』
電話のスピーカーから流れてきたのは、不思議な声だった。確かに先程ミオリが言っていた通り、老若男女、様々な声質を持つ複数の人間が、同時に同じことを喋っているかのようだ。デジタル音声という訳でもなく、聞いていると背筋がゾクゾクするような。
「はい、用意できました」
ミオリは落ち着いている。先程ノラから説明されたことに、忠実に従っていた。
『二月一五日の昼一二時に、ショド岬の広場中央へ金の入った鞄を置いて去れ。その一時間後に、リリは自分の足で家に帰ってくるだろう』
俺はその要求を聞き、素早くメモを取りながら、改めてノラの説明にあった通りだと感じていた。この犯人は本当に、毎年同じ手口で規則正しく誘拐を繰り返しているのだ。
「わかりました。今、リリは無事なんですか、声を聞かせて……」
ミオリはなおも会話を続けようとしたが、先程俺がサイチにされたように、通話は一方的に切られた。
プーップーッと機械音が響く中、ミオリは不安げな眼差しをノラへと向ける。ノラは再度ボタンを押して、その音を止めた。
「ミオリさんの応答は完璧でした。安心してください、身代金さえ渡せば、リリさんは来週無事に帰ってきますよ」
そんな、確信に満ち溢れた言葉と共に。
ノラの言葉にまた複雑な気持ちになりながら、俺はボイスレコーダーの録音を停止して立ち上がり、再び廊下へ出た。サイチへ電話をかける。
『何だ、度々』
「逆探知できたか」
手短に問いかける。すると、そこからサイチの返答には、しばし時間があった。
『……電話、まだかかってきていないよな?』
「犯人から、今さっきかかってきた」
『……』
サイチは無言だ。電話の向こうで、パソコンのキーボードを素早く打鍵している音が聞こえている。しばし待ったが、一向に話し始める気配がない。
「サイチ? 逆探知できたのか?」
『……いや』
長い沈黙の末に聞こえてきた声は、吐息混じりで物凄く小さい。だが、俺の耳には届いた。
結果はわかった。それでは次の問題は、何故逆探知ができなかったかだ。
「つまり、逆探知できなくさせる、何らかの妨害が入っているとか、そういうことか」
細かく素早い打鍵音は続いている。サイチなりに、色々としてくれているのだろうというのは、その焦ったような雰囲気からも伝わってくる。だが、しばらくの間を置いて、サイチは長い溜め息を漏らした。
『正直言って、全くわからない。本当に電話はかかってきたのか?』
「俺が嘘をついて何の得があるんだ」
『記録上、その電話番号には、ここ四時間ほど何の電話もかかってきていない。発信元が妨害されてわからないとか、そういうレベルの話じゃないんだ。何の痕跡もないから、調べようがない。俺には、お前が嘘をついているようにしか感じられない』
今度は早口で畳みかけられた言葉を、咀嚼して考える。
電話通信というのは公的なものだ。携帯電話であれば機体から電波が発信され、最寄りの基地局を通って対象に繋がる。固定電話であればもっと単純だ。電話線が物理的に電信柱を通って電話局に繋がる。その公な通信網を使用する以上、何の痕跡も残さずに、電話をかけられるものだろうか。
それが可能ということは、逆に言えば犯人は、かなり高度な技術を持ったハッカーなのではないか。
「逆探知できなかったということはわかった、それでサイチ……」
『馬鹿にしてんのか』
次の頼み事をしようと言葉を続けた俺に、被せるように言ってきたサイチの言葉は心底意外だった。彼の声には力がなく、やたらとしょげているように聞こえる。俺は、思わず笑ってしまいそうになったのを堪えた。
「まさか。今までも逆探知はできなかったのだろう。それを再度確認できただけでもありがたい。犯人に特殊な技術があるということは、犯人像を絞り込みやすいだろう。サイチには、次の仕事を頼みたいんだ」
笑いは堪えたものの、言っていることは俺の本心だ。サイチからの返事はない。仕方なく俺は一方的に言葉を続ける。
「犯人からの電話の内容は俺が録音した。犯人の音声は特殊な加工を施されているようなので、分析をしてほしい。できれば、元の声が聞けるようになったら最高だ」
ずっと電話の向こう側で響いていた打鍵音が止まった。
『……わかった』
ようやく聞こえたサイチの返事は、やけに素直だった。
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