第55話 噂

「ヤバいぞ、囲まれてる」

「クソッ、こんな森の浅い場所に何でこんなに魔物がいるんだよ」


 五人の兵士の周りは小鬼ゴブリン魔猪オークといった人型の魔物の他にも魔黒狼ハティ魔熊バギといった獣型の魔物が途切れることなく押し寄せ、既に包囲されていた。


 既に兵士たちの手にする剣は折れ、曲がり、盾はひしゃげてその役目を果たさなくなっている。


「ここまでか。だが一匹でも多く道連れにしてやるぞ。お前達もいいな!」

「「「「おうっ!!!」」」」


 兵士たちが隊長らしき男の最後になるであろう鼓舞に力強く答え、取り囲む魔物へ特攻しようとした瞬間だった。


『ベシャ!』


 一番大きな魔熊バギが突然上から押さえつけられるように潰れ、その血をまき散らす。


「えっ!?」


 返り血を浴びながらも突然の事態の変化が理解できない兵士の動きが止まる。


『ブチッ、グシャ、シュパッ、バシュッ、ボンッ』


 その僅かな時間にも周りの魔物たちの首が飛び、体があり得ない方向に折れ曲がり、頭や体が破裂していく。


 それはほんの数秒の出来事であった。

 濃い血の匂いに満たされた空間で兵士たちは呆然としたまま、倒れ動かなくなった魔物の死体から視線を外すことができずにいた。


(一体どれだけの時間、俺はこうしているんだ?)


 余りに衝撃的な場面を目撃し、時間の感覚すら失った隊長らしき男がそう思った時だった。


「みんな大丈夫?」


 それはほんの一瞬の出来事だったのだが、理解できない光景を目の当たりにした兵たちにとっては何時間にも感じるほどだったのだ。


 背中から突然かけられた声に振り向くと、魔物たちに斬りかかろうと動いた兵たちの中心にできた空間に一人の男が立っていた。


 男はフードを目深に被り、俯きがちの姿勢の為にその素顔は影となり見る事は叶わない。

 体もマントで覆われているために装備も窺い知ることはできなかった。

 声で男と思ったが女でもおかしくない華奢な体格だけがそのシルエットから見て取れた。


「な、何者だ?どこから現れた?」


 残った理性を搔き集め、辛うじて基本的な詰問のセリフを口にする。


「まあまあ、落ち着いて。敵じゃないから。ちゃんと魔物倒したでしょ?」


 男は一切の緊張を感じさせない声で飄々と答えた。


「それより、この辺でもっと魔物がいそうな場所を知ってたら教えて欲しいんだけど。魔族の居場所なら最高なんだけど」


 こいつは何を言っている?

 今以上の数の魔物などそうそう出会う物ではない。

 仮に見つけたなら速やかに軍を派遣し殲滅しなければならないレベルだ。

 残っているとすれば、この森の奥に確認されている魔猪の集落コロニーくらいだろう。

 300以上の魔猪が確認されているが森が深すぎて大規模な派兵が出来ず手を付けらないでいるのだ。


「こ、この森の奥に魔猪の集落があるが規模が大きすぎてどうしようもない」

「何匹くらい?」

「俺が聞いた話では300以上はいるようだ。千人以上の軍でなければ対処できない」

「おお、300!いいね。それだけいれば魔族も紛れてるかもしれない。ありがとう、助かったよ。それじゃ」


 そう言うと男の姿は目前から消え失せた。

 走り去ったのではなくかき消すように消え失せたのだ。


「隊長、今のは一体…」


 暫しの沈黙の後に一人の兵士が何とか声を絞り出した。


「分からん。だが俺たちが生きているのだから敵ではないのだろう」


 改めて周りを見回すと一面を埋めつくすように転がる魔物の死体。

 あるものは頭がなく、あるものは原型が分からないほど潰れ、あるものは不可解な形に折れ曲がり血の海に浮かんでいる。


(こんな事どうやって。こんなお伽噺のような魔法はまるで…。!)


 混乱していた意識が段々と落ち着きを取り戻したのだろうか、男は一つの可能性に行きついた。


 兵士や冒険者の間で最近語られるようなった一つの噂話がある。


 魔物に襲われ命の危機を感じた時に何処からともなく現れ、魔物を殲滅して消え失せる正体不明の男がいると。


(忽然と現れ、魔物を殲滅し、怪我人には謎のポーショーンを手渡し、報酬をせがむこともなく忽然と消え失せるだったか)


 そんな強力な魔法が使えるなら国が放って置くわけもないし、国に仕えるならば噂のように自由に動く事はできないだろう。


 報酬を求めないなど無償の奉仕活動でもしているつもりなのか。

 そんな事が出来るのであればそれはまるで慈悲に溢れた神の行いではないか。


 神。


 そう言えば噂ではこんな事も聞いた。

 その身分を問われた男が一度だけ口にした自身の正体。


「う〜ん、どこにも所属してる訳じゃないから『ふりーたー』なんだよね。ああ、『ばいと』もしてないからただの野良か。うん、野良使徒ってとこかな」


『ふりーたー』や『ばいと』といった単語の意味はわからないが野良使徒って…。




「何じゃそりゃ〜〜〜!!!」




 その夜、森の奥から突然現れた蒼い炎が夜空高く噴き上がり、その様はまるで天すら焼き焦がすかのようだったいう。


 森が見渡せる山の中腹から目撃した村人はその神々しい景色に掌を組み祈りを捧げた。


(女神様どうかワシらを護ってください)


 こうして野良使徒の噂は静かに広まっていく。















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