第52話 茶番劇 佳境
「馬鹿な!異端審問など彼を犯罪者扱いすると言うのか」
ルカは焦っていた。素直に認めるとは思っていなかったがここまでの強硬手段に打って出るとまでは思っていなかったのだ。
教会は形振り構わず教会以外に降ろされた神託を否定しにかかっている。
異端審問。
本来は宗派の教えに背く危険な思想を持つ者たちを排除するための仕組みだ。
しかしそれは過去の話。
今は教会権力に反抗する者を陥れ、失脚させるために恣意的に運用されているのが実情だ。
その内容は拷問で転向を強要する分かり易いパワハラ。
いや、ただの暴力なんだけどね。
拷問で死んだとしても『神の教えに背いた罰』で済まさされるという神の名を騙った合法的な殺人。
認定理由はどんなものであれ司教以上の承認があれば可能で、通常の裁判のような証拠や証人などを必要としない一方的な物だ。
今回は真の女神様の使徒であるならば、この苦難に女神様が見捨てる事はしないであろう。ならばこの苦難を乗り越えられるはず。
苦難に打ち克つことが出来ないのならば、それはすなわち使徒の名乗りが嘘であった証ではないか。だから死ぬのは必然、というとんでも論法なんだろう。
ただの屁理屈だ。
俺は既に使徒なんだから。
既に神が認めたことを疑うお前らの方が異端だろう。
そんな思いをしてまで使徒を名乗るつもりなど微塵も無いのに。
逆に
これが奴らの目標である事は司教と宰相の頭を覗いて分かっていた。
このくだらない結論ありきの流れを茶番と呼ばずしてどうする。
付き合うのもそろそろ飽きてきた。
スクラ、お前が望んだのはこんな歪な信仰なのか?
違うよな?
安寧を願う者こそお前の名を語る資格を持つそんな世界を望んだはずだ。
ならば少しは協力してやるよ。
俺もこんな世界は嫌いだからな。
脂汗を流し立ち尽くすルカ爺さんも気の毒なんで、そろそろ動きますか。
「では、私はどうすればよいのでしょうか?司教様、宰相様」
徐に立ち上がり発せられた俺の声に、ここまでしてやったりと嫌らしい笑みを顔に張り付けた二人の視線が向けられる。
「ふん、所詮は冒険者風情。この謁見の間で許しもなく口を開くとは常識も分からんようだ。構わん、審問官ゾンダこ奴を引っ立てろ。悔しければ神が与えしこの苦難を乗り越えてみるがいい」
いや、苦難を作ってるのは神じゃなくてお前だから。
現れた審問官とおぼしき俺より二回りは大きい巨体の男がその容姿と垂れ流す暴力の匂いで周りを威圧しながら近づいてくる。
男の名はゾンダ。審問官の中でも残虐で、女子供であろうとも躊躇なく痛めつける極めつけの拷問執行官である。
その顔はこれから俺に対して行われるであろう数々の拷問を想像してか喜色満面だ。キモッ。
「抵抗は無駄だぞ。ここは魔法を封じておるのだからな。如何に強力な魔法が使えたとしてもここでは意味が無のだ。くふふふ」
怯える素振りを見せない俺を魔法を当てにしているとでも思ったのか、勝ち誇ったように司教が言い放つ。
魔法に必要な呪文により創り出される魔法陣を
帯剣が許されぬ御座のあるこの場所も当然それは施されている。
壁の裏には魔法陣がびっしりと描かれているのは
「さあ来るんだ」
勝ち誇った表情と野太い声と共に俺の腕を掴もうと伸ばされた審問官の腕が俺に触れる事はなかった。
俺の前まで伸ばされた腕どころか指一本すら動かす事ができなくなったゾンダは状況が理解できず脂汗を浮かべながらもがこうとする。
そして、その姿は注視する貴族たちの視界から突然消えた。
『ドカン、グシャ』
審問官は居並ぶ貴族たちの頭の上を一瞬で壁まで吹き飛ばされ、激突のあとに床に落ち白目を剥いて転がった。
ちょっと記憶を覗いただけで気持ち悪くなるほどの。
なので手加減はしません。
「俺が乗り越えるべき苦難とかはこれで終わりでいいのかな?」
起きた事実に理解が追い付かず目を見開く司教に問いかける。
「ば、馬鹿な。この場で魔法が使える訳が…。貴様、何をした!」
うろたえる司教と呆然とし声も出せない宰相。
「変態に触られたくなかったから遠ざけただけだけど。おしおき付きで。足りなかった?じゃあ」
『ビシッ、ボン!ボン!ボン!、ガラガラガラ』
ならばとばかりに裏に魔法陣が刻まれた壁が轟音と共に次々に外に向かって崩れ落ちる。
既にこの場で口を開く者は誰もいない。
いや、ポカンと口は開けてるけど。
ルカ爺さんや伯爵まで。
マットは目が死んでるけど大丈夫?
「さて、こんなとこで十分でかな?」
その問いに応えられる者はいない。
「じゃあ司教様と宰相様、これでも使徒ではないと仰るなら何をもって使徒と認めるのかお聞きしたい。そして使徒と認めるならば神託を否定し使徒を疑い、試しの名の下に殺そうとした大罪を犯した者をどう処するか王様と大司教様に伺いたい」
王はその背を流れ落ちる冷たい汗を感じつつ動くことが出来なかった。
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