第50話 茶番劇 開演
美味しいご飯を食べてから街を散策しながら屋敷に戻った俺とマットを待っていたのは笑顔で服を抱えたお針子さんだった。
「お帰りなさいませ。時間が御座いませんのですぐに始めさせていただきます」
ニコニコしてるけど額に青筋浮いてるのは気のせい?
謁見するのにさすがに冒険者の恰好は拙いだろうということでルカ爺さんが服の手配をしてくれたらしいのだが、いざ服屋が屋敷に来てみれば当の本人は街に繰り出していると聞かされ、限られた時間が無為に過ぎてゆく中、ジリジリと気を揉みながら、まだかまだかと手薬煉を引いて待っていたようである。
すみませんでした。ごめんなさい。
でも、言い忘れてる爺さんが悪いと思うですが。
そして翌日、目の下にクマを作ったお針子さんが持ってきた衣装に着替え、いよいよ登城となった。
俺も遅くまで書き物してたからちょっと寝不足です。
今、俺は赤いビロードの上で跪き、伯爵の声に耳を傾けていた。
指示なくしては顔を上げる事すら許されない王宮謁見の間。
両脇には国の重鎮たちが居並び俺たちを見つめている。
俺の視線の先にある赤い布の先にはこの国の王が玉座に座り俺と同じように伯爵の報告を聞いている。
「では、そこの冒険者が数千の魔物と共に魔族を倒したというのか。それは卿が確かめたのか、ソーンバーグ伯爵」
玉座の隣に立つ宰相ミュンヘハウゼンが問う。
「はい。今お伝えしたことは伝聞などではなく私自身が防壁の回廊からこの目で見た事実でございます」
「俄かには信じがたい事だな。して、なぜサルバトーリ侯爵が一緒なのだ?」
「魔族を倒した冒険者ジンをファジール砦に送り出した人こそサルバトーリ侯爵様であったからです。また、今回倒した魔族の名はザルタン。過日、フェラキア帝国軍を壊滅させし魔族と同じ名であり、今後の高度な政治交渉を見据え同行を願いました」
伯爵が口にした『ザルタン』の名に一同から驚きの声が漏れる。
「なんと。帝国軍を蹂躙せし魔族と同じ名とは。だとすれば外交経験が豊富な侯爵は確かに適任ではあろうが…。
サルバトーリ侯爵、まずはなぜ冒険者ジンをファジールに送った?魔族を倒す程のその力、知っていたのか?」
伯爵が跪くと同時に侯爵が立ち上がる。
「いえ、私もそこまでの力があるとは存じておりませんでした」
そう言うと侯爵は玉座の王に視線を向けると、王は無言で頷いた。
「ミュンヘハウゼン様、先に神託があった事はお聞き及びでしょうか?」
今度は宰相がチラリと王を見て、王は再び無言で頷く。
「御前会議に出席を許された者には説明されている。それが何か関係があるのか?」
「ではこの場で私から改めて皆様に伝えさせていただきましょう。遡る事一月前、巫女に神託が下されました。神託が告げたのは女神の使徒様の降臨」
「「「おおー」」」
謁見の間に驚きのざわめきが広がる。
「私は別の出来事に偶々立ち合い、その時にジンに使徒様の力の片鱗を感じました。しかし確証に至らぬまま依頼した今回の仕事において示された力は正に女神の使徒様に相応しい物でした。いや、魔族を討つなど使徒様以外には成し得ない事でしょう。
そう、私はこの冒険者ジンこそが女神の使徒様であると伝えるためにこの場に参りました」
「「「おおー」」」、「使徒様だと」、「神託は本当だったのか」
神託を知っていた者も知らなかった者も思わず言葉が零れる。
「お待ちください」
俺は声の上がった方を跪きながら盗み見ると、赤紫の僧衣を着て白い髭が特徴的ないかにも好々爺然とした人物が一歩前に出た。
ふぅ、茶番が始まったか。
そんな事を思いながら昨日の出来事を思い出す。
「あっ、ちょっとトイレ。先に食べててね」
俺はそう言って席を立ちトイレに向かった。
トイレの扉を閉めると同時に路地裏に
周りにいる奴らも含めて
(違う、違う、違う、違う、こいつか)
マントのフードを目深に被り会話には加わらず、陰になって顔はわからないが影の奥の目だけが異様にギラついている。
ハゲの大男と話をしている尾行してきたチンピラの背中に声を掛ける。
「俺に何か用か?」
突然聞こえた声にチンピラが慌てて振り返り、ハゲが視線を上げて睨みつける。
「何だテメエは」
「アニキ、こいつです」
「ほう、自分からノコノコで出てきやがったのか。こりゃいい。手間が省けたな」
「馬鹿な奴ですね。護衛の二人はいなさそうですよ」
俺の後ろを窺いながらチンピラがほくそ笑む。
「痛い思いしたくなかったら大人しく付いてきてもらおうか兄ちゃん。アンタに恨みはねぇがこれも仕事だ。悪く思うなよ。ククク」
「嫌だと言ったら?」
ハゲが警戒する事もなく大股で近づくと、手下どもは逃げ道を塞ぐように広がる。
「力ずくで連れてくだけだ、ヨッ!」
いきなり繰り出された拳が俺の顔の前でピタリと止まる。
慌てて腕を引こうとするがやはりピクリとも動かせない。
「!、何だこりゃ!テメエ何しやがった」
「殴られるのは嫌だから攻撃を防いだだけだけど。いきなり殴りかかったのはそっちだから、それこそ悪く思わないでね」
『ゴキッ、バキッ』
拳の骨を砕き上腕と前腕の骨を叩き折る。
「ギャー!!!腕が、俺の腕が!!!」
「煩いよ。少し静かにしよう」
折れた骨が皮膚を突き破り、あらぬ方向に曲がった自分の腕を見て叫ぶハゲを頭から路地の壁に叩きつけると白目を剥いて何も言わなくなった。
コイツ、共鳴で覗いただけで碌でもない事しかやってない外道だ。弱い物を嬲り殺して楽しんでるような奴は殺してやりたいが今はこれで勘弁してやる。
でも、念のため膝も砕いておくか。これでもう悪さはできないだろう。
「お前は動くな!」
いち早くその場から逃げ出そうとしたフードの男の動きを止めると同時にリーダーの惨状に固まっている他の手下どもも路地の壁目掛けて吹き飛ばす。
何が起きたか理解できずに呻き声を上げる手下どもに目をくれることなくフードの男へと近づく。
「もう少し詳しく視させてもらおうかな。時間がないから尋問なんてしないよ。仕掛けてきたのはそっちだからね」
俺はそう言って体を動かすことが出来ないまま怯えた眼を向ける男のフードを外し頭に手を置いた。
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