第49話 雑音

 こんなに人がいたのか!


 翌日、街に出た俺の感想だ。

 

 屋敷のある貴族街を抜けると増え始めた人影は、昨日見た市場らしき脇道でピークに達した。

 そこは年末のアメ横も顔負けの人出と活気だった。


「王都には市が三か所あるが、ここが一番賑やかなサーラ通りだな」


 とアルスさんが教えてくれた。


 店を見てみたいところだがこの人混みでは後ろから刺されても立ったまま死にそうだ。今は近づくべきではないだろう。


 市場見学は諦めて道を進む。


 せっかくアルスさんが一緒なのでローバーで約束した飯を奢ってもらう事にしたのだ。


 案内されたのは王国ギルド本部からほど近い路地裏の店。入口に骨の付いた肉が皿に乗った絵が描かれた看板がぶら下がっている。


 何でもアルスさんは若い頃は騎士を目指していたそうだが、身体強化魔法が使えず騎士を諦め冒険者をやっていた時期があり、その時に人柄と剣の腕を買われサルバトーリ家に雇われたそうだ。

 そんな冒険者時代に、ギルドに近い立地のおかげか獣や魔物のいい肉を仕入れる事ができ、安くボリュームのある美味い料理を出してくれるこの店の常連になったんだとか。


(よしよし、ちゃんと来てるな)


 店に入る前にさり気なく後ろを確認すると尾行者の気配を確認できた。

 街の雑踏にも俺たちを見失う事なくつけてきている奴だ。


「さあ、好きな物を食ってくれ。どれも美味いからハズレはないぞ」

「アルスさんのお勧めで行きましょうよ。間違いないでしょ?」

「そうか、それじゃあな…」


 メニューの板を持ちながら考える。


「親父さん、注文頼む」

「あいよ。何だアルスじゃないか。まだ侯爵様のとこにいるのか?」

「当然だろ。今回もお付きで来たんだ。彼に世話になったから礼をしたくてこの店まで連れて来たんだぜ」

「そりゃ有難い。なら腕に縒りをかけなきゃならんな」


 注文を伝えメニューを親父さんに渡す。


「最近の王都はどうだい?」

「あんまり良くはないな。お前んとこの侯爵様が王宮を退いてからこっち聞いたこともない貴族様が好き勝手やってやがる。この前もそこのケインの店で癇癪起こして暴れた子爵のバカ息子がいて大騒ぎだったんだ。関係ない司祭まで出てきて店は大損だって嘆いてたよ」


 そんな話を聞き流しながら遠隔視で追跡者を眺める。

 冒険者のような風体のその男はキョロキョロと辺りを気にしている。

 何かを待っているかのように。

 すると路地の奥から悪そうなハゲが手下を引き連れ近寄ってきた。


 ハゲだから悪そうなんじゃないよ。マットみたいにいいハゲもいるんだから。


 マット、何故俺を睨む!


「あっ、ちょっとトイレ。先に食べててね」


 俺はそう言って席を立ちトイレに向かった。







「タラシオは何をしている。連絡はないのか」


「はい、今のところ何も」


 黒い立て襟の修道服キャソックを着た男が答える。


 問いを発した男の顔には焦燥がにじみ出ていた。


 先にサルバトーリ侯爵が巫女を伴い王宮に上った理由が判明したのはつい先日の事である。


 その侯爵がまた王都に来た。

 しかも今度はソーンバーグ伯爵と冒険者らしき男二人を従えて。


 連れの冒険者は、一人はいかにも冒険者といった雰囲気の体格のいい男。

 もう一人は冒険者というには華奢な体格のまだ若い男。


 常に護衛が付き従う侯爵が冒険者を頼む意味は無い。

 現に今回も三人の騎兵が付いていた。

 ならばなぜ冒険者などを連れて王都に来たのか。


『西の森で魔族を討ち倒した』


 その出来事はまだ噂程度ではあるが王都でも広まりつつあり、当然男も耳にしていた。


 ファジールの砦に赴いているはずのソーンバーグ伯爵が同行している事からもそれに関係のある報告の為であろう事は明白だ。


 ならばあの冒険者が魔族を討ったとでも言うのか。


 若い男はローバーからの報告にあったジンという人物だろう。

 鑑定には侯爵子飼いの商会長と共に訪れたとなっていたから間違いないはずだ。

 しかし、鑑定結果は何も出なかったとなっていた。


 それでも本命はきっとこの男なのだろう。


 魔を討ち滅ぼす力を持つ者。それすなわち女神の使徒であると伝承は伝える。


 そんな強大な力を持つ者が鑑定で適性が出なはずはない。

 つまり適性が出ない時点で使徒ではないのだ。

 それを強引に使徒に仕立て上げ自らの地位を強化しようとしている。


 教会をバカにするにも程がある。


 二年前の侵攻に続き使徒の降臨までもが教会以外に伝えられるなどあり得ない。

 いや、あってはならない。


 二度続けての失態は許されない。 

 このままでは教会の権威は地に落ち、その権能の多くを失ってしまう。


 駄目だ。ダメだ、だめだ、駄目だ。


 我ら教会こそが女神と繋がる僕でなければならぬのだ。

 だから今、小娘の世迷言の通りに使徒が顕現する事などあってはならない。


 教会の為に戦わねばならん。

 教会以外の信託などただの雑音だと示さねばならない。

 ならば…


 価値観の多様性を認められない人間は多い。

 自分が価値を認めているものは皆もそうだと思っているのだ。

 それは絶対であり決して揺るがない物であると信じてしまっている。

 それは人によっては金であったり暴力であったり愛であったり、この男のように権力であったりするのに。

 こういう人間にとって自分の価値観を否定する者は悪であり敵なのだ。

 だから倒す事に躊躇はない。


「ゾンダを呼べ。今すぐにだ」


 何の疑問も持たず自己正当化を済ませ、歪んだ私欲を公益にすり替えた男は静かに命じた。



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