第35話 旅の空

(いやー、いい天気だなー)


 ギルドマスターの話から三日後の昼前。俺はファジールへと続く街道の上に居た。


 結局、依頼は断れるはずもなく物資輸送の護衛として今日の早朝にローバーを出発したのだ。


 護衛する荷馬車は5台。荷物は辺境では数が揃えにくい剣や矢といった武器、薬、食料や酒などである。


 同行する冒険者はラントのパーティー月影とマットの6人。この規模にしては人数は少ないが俺以外は全員五つ星の腕利きだ。武力としては全く問題ない。俺の事情を分かっているメンバーを選んだのだろう。


 荷物を纏めたのはローデリア商会なのでアレックスは侯爵親衛隊のキースと共に荷主側の責任者として同行している。その隣にはミラがチョコンと。


 今回は追加物資の運搬もするのだがコイツがメインらしい。


 小競り合いが長く続くファジールでは傷病者も多くて配属されている回復役だけでは手が回らなくなってきていて、力の強い聖女の派遣を求めてきていた。


 聖女とは、回復魔法の適性を認められ、教会で回復魔法に特化した修業を積んだ人の事だ。男なら聖者と呼ぶらしい。


 ローバーには三人の聖女がいて、一人を派遣する事になったのだが、それなりに危険な場所なので手上げする者もなく担当が決まっていなかった。


 でもアレックスが荷物の責任者と決まった途端、ミラが立候補したらしい。こんな色ボケが聖女でいいのか。


 旅の道連れはもう一人。いや、一頭か。


『ホントに何考えてるのよ、まったく』


「何だよ、ちゃんと美味いもん食わせてやっただろ」


『そうそう、あの飼葉おいしかったわ〜。敷藁もフカフカでって違うでしょ!

 身請けする前に本人に確認の一つもしなさいって言ってんのよ!

 いきなり売られたアタシの身になってみなさいよ。

 驚きすぎて棹立ちするところだったわよ』


「なんだ嫌だったのか?」


『別に嫌なわけじゃないけど…。こっちにも心の準備が必要って話でしょ。少しは相手に気を使いなさいって事』


「はいはい、気を付けまーす」


 移動は馬車に同乗してもよかったんだが、みんなは馬だっていうから俺も馬にした。当然、相棒はオルフェだ。何しろコイツしか乗った事ないし、何気に気楽に話ができるのは有り難い。


 借りるつもりでバランさんに相談したら買い取ってくれたのは予想外だったけど、馬屋のオヤジも気難しくて扱いが大変だったらしく喜んで売ってくれたらしい。


 そんなやり取りをしながら考えるのは教会でのスクラの話だ。


『魔族』について。


 その存在はこの世界でホントに変則的イレギュラーなものだった。


 この世界は基本として女神スクラの意志に沿って構成されている。極端に言えば道端の小石ですらだ。


 だが魔族は違った。まったく想定していないところに勝手に生まれてしまったのだ。


 人間の強い悪意や欲が魔力を変質させ、その変質した魔力を取り込んだ妖精が邪妖精とでも呼ぶべきものへと変わり、果ては実体を持たないはずの妖精が受肉し誕生したのが魔族らしいのだ。


 つまり人間の悪意が人の形をとったのが魔族ということだ。当然、その正体は人にとって悪であり、人を害する事に躊躇は無いというか害する為だけに存在するようなものなのだ。


 そんな神の理から外れて誕生してしまった存在が力を強め、自分の世界を蹂躙しようとしている。そりゃスクラだって焦るわな。だから自分の力が及ぶ俺のような人間に手を貸し魔族の勢力を削ろうとしているんだ。


 だがスクラやつは気付いているのだろうか。俺もまた十分に変則的イレギュラーな存在であることを。考えてないだろうな〜。


 俺が使徒の使命を拒絶したのは面倒である事も確かなのだが、この世界の事を知らないままに戦争に巻き込まれるのを避けたかったからである。


 戦争ならば必ず相手がいるわけで、相手も自分の正義を信じ戦いを挑んでくる。そう正義をである。


 何をもって正義とするかは周りの環境によって大きく変わる。俺の思う正義がこの世界の正義と同じとは限らないし、そんな不確かな物の為に命をかけていられるかという事だ。


 その最たるものが宗教であろう。


 元の世界でも最も多くの人を殺したのは宗教だ。人を救うはずの宗教が、自分と同じ神を信奉していないというだけの理由で簡単に相手を殺し、それが正義だとする時代が続いた。世界には神など溢れているというのに。


 神は争いなど求めておらず、一部の強欲な者たちに利用されただけというかもしれないが、その強欲な者たちの存在を許した時点で神も同罪ではないだろうか。


 真の教えに背く信奉者のふりをした不届き者の排除を怠った神に完璧など望むべくもない。俺の知ってる奴は明らかにポンコツだし。


 つまり神とは決して全能で完璧な存在などではなく、人と比べて出来る事が少し多いだけの存在というのが俺の考えだ。


 だから必要以上に敬う気も無いし、全てを信用する事も無い。


 しかし今回の相手は正義という概念すら持たない奴らの様だ。ならば戦っても面倒なジレンマに陥るようなことはなさそうだ。


 そして思う。


 魔族だって元を正せば人間の悪意なら、人がいる限り根絶は望めないのだろう。


 それでも人とは魔族を滅ぼしてまで助ける価値のある善なる者なのかと。


 ここは美しい花が咲き乱れる神の造りし楽園エデンなどではなく、血に塗れ怨嗟の声が渦巻く深淵の奈落アビスではないのかとも。


(は〜、面倒臭いな〜。重い話は苦手なんだよな〜)


「なに一人でブツブツ言ってんだ?」


 一緒に殿にいるマットが馬を寄せてきた。

 その姿を見ると鬱な考えを忘れて思わず笑ってしまう。


「ぷっ、くくく」

「なに笑ってやがんだ」

「だってその頭…くくく」

「誰のせいだとおもってんだ、クソッ」


 そう言いながらマットは自分の頭をつるりと撫で上げる。

 前回、雷撃の傍にいたせいでチリチリアフロになったんだが、そのまま戻らないんで仕方なく丸坊主にしたそうだ。


 御愁傷様です。



(こんな旅なら大歓迎なのに)


 オルフェの背に揺られ旅の空を見上げながらそんな事をふと考えた。




 

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