Maligayang Pasko・Happy holiday

 ふと頭をよぎったのは、ベレンの人形だった。

 両親や東方の三博士のような、イエスの誕生を祝福する人たち。けれど小さな馬小屋の外には、敵だらけだった。


 人は、自分の幸福を、小さな家で完結させることも可能なのかもしれない。誰に非難されても、自分たちが正しいと思ったことを貫き通せることができるなら、それでいいかもしれない。

 それは誰にも知られない。「なかったことにされる幸福」だけれど、邪魔をされることもない。


 ――だけどイエスの誕生が、後に語り継がれて、クリスマスが祝われているように。

 いろんな人たちの幸せが集まる街で、その幸せが、目を顰めて注目されるわけではなく、当たり前のように通り過ぎて、心の底から他人が「おめでとう」と祝福できるとしたら、それはどれだけ美しいだろう。

 自分たちの幸福を、世界が肯定してくれる。それを望んではいけないだろうか。

 そう思った時、もしかしたら、SNSの写真は、そういう意味もあったのかもしれないと思った。


「……アル君があっちにいる時さ。もう会えないのかも、なんて、ちょっと思ったんだよ」

 いつもなら先のことなんて全然心配しない。状況が状況だった。

 病気にかかってないだろうか。もしくはこれからかかるんじゃないか。……死んでしまったらどうしよう。

 そういう心配を、もっと堂々としたいと思った。当日のクリスマスだって割り込めるぐらいに。


「はめてよ」


 私が右手を出すと、アル君は言った。

「あ、左手の薬指に合わせて作ったから」

「え、結婚指輪なの?」

「……結婚指輪は、右手の薬指だけど」

「そなの?」

 左手の薬指は全世界共通だと思っていた。

 銀色の指輪は、ブカブカというわけではないけれど、少し大きめのサイズだ。

「サイズ大き目なら、調整するけど」

「うんにゃ。これぐらいでいい」

 そもそも炊事するから、常に指にはめることは出来ないだろう。リングに通すのもいいかもしれない。

「プロポーズ、期待しとく」

 私が言うと、はい、と、アル君は言った。

「で、いつサイズ測ったの?」

「……」

 何でそこで黙る。



 この国では、半年がクリスマスシーズンだと言われる。この時のために頑張って働き、家族や恋人、友人――そうじゃない人とも過ごすことを、楽しみに待つ人々がいる。

 先のことはわからないけど、ひとまずは感謝を込めてこう言おう。

 Maligayang Pasko。

 もしくは、Happy holiday。

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パロルの街 肥前ロンズ @misora2222

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