第33話 聖騎士

 風化の激しい石壁に背を当て、サムルク達が遺跡の中の様子を探っている。

 人気の無い場所のはずだが、中からは微かに男の笑い声が漏れ聞こえていた。


「さて……雑魚は構うな、聖騎士を狙え」

「おう」

「へへ、聖騎士様のお手並み拝見だな」


 散開し、時間差をつけながらサムルク達が中へ侵入する。

 遺跡の中は要所にランプが掲げられており、思ったよりも視界が開けていた。


 トニマが壁に体を隠しながら、指で合図を送る。

 連携の取れた動きで、サムルク達は奥へ奥へと進んでいく。


 遺跡内部の中央付近に近づくと、傭兵達の声がどんどん大きくなってきた。

 開けた場所に出ると、焚き火を囲んで酒盛りをしている傭兵達がいた。


 約二十人……、その中に聖騎士の姿は無い。

 トニマ達がキョロキョロと聖騎士を探していると、突然、頭上から声が降ってきた。


「何を探している?」

「――チッ! 上だ! 散れ!」


 トニマが叫ぶと、焚き火を囲んでいた傭兵達も異変に気づく。


「お前らは雑魚を押さえてろ! コイツは俺がやる!」

「りょーかい、いいとこ残しといてくれよ?」

「おっしゃぁ! いくぞ!」


 聖騎士が上から飛び降り、トニマに斬りかかった。

 咄嗟に両手に持った短剣をクロスさせ、それを受ける。


「焦んなよ……へへへ」

「……貴様ら、何者だ!」

「さぁな、知りたかったら――俺に勝ってみな?」


 トニマの蹴りが聖騎士の腹に入った。

 吹き飛ばされる聖騎士――飛び上がったトニマが追い打ちをかける!


「うぉらぁあっ!」

「くっ……⁉」

「どうしたどうした? 聖騎士ってのはこの程度かぁ?」


 反撃の隙を一切与えぬ猛攻。

 トニマの剣が乱舞し、聖騎士を圧倒する。


「な……舐めるなぁ!」


 聖騎士も押し返す。

 だが、渾身の力を込めた剣撃も、トニマは流れるように受け流していく。


「おいおい、興ざめだぜ……俺達のご先祖さまはよぉ、こんな奴らに負けたのか?」

「なんだと⁉ きさまら……敗残兵か⁉」


 トニマと聖騎士が鍔迫り合いになる。

 そのまま、トニマは聖騎士に顔を近づけた。


「ははは! 知らねぇのか?」

「……何をだ!」


 聖騎士が剣を押し返しながら言うと、トニマは薄ら笑いを浮かべた。


「俺は優しいからよぉ、聖騎士様に教えてやる……へへ、その呼び方はなぁ、もう流行らねぇんだってよ!」


 トニマの剣が聖騎士の剣を打ち払った。

 甲高い音を立て、剣が激しく回転しながら地面を這った。

 慌てて剣を拾おうとする聖騎士の顔に、トニマは剣先を突きつける。


「終わりだ――大人しく投降しろ」

「……くっ」


 その時、アレンの部隊もなだれ込んできた。


「捕まえたか?」

「ああ、恐らく向こうも問題ないだろう」

「よし、奴隷を保護! 見張りは逃がさないように!」


 アレンが指示を出すと、トニマに剣を向けられていた聖騎士が声を上げた。


「貴方は……アレン皇子⁉ まさか……そ、そんな⁉」


 アレンは聖騎士の前でしゃがみ込む。


「聖騎士の君が奴隷売買に加担するとはね……残念だよ」

「お、皇子……これには理由が……」

「話は裁判で聞こう、連れて行け!」


「くっ……う、うわああああーーーーーーーーっ!!!」


 アレンの部下が聖騎士を連行しようと、腕を掴んだ――その時。

 突如、聖騎士がアレンに飛び掛かった!


「アレン様⁉」


 部下が叫ぶ――。

 が、聖騎士の手がアレンに届くことはなかった。


「ぐ……ぐふっ……うぅっ……」


 口から泡混じりの鮮血を吹き出す。

 聖騎士の腹をトニマの剣が貫いていた。


「あー、悪い、やっちまった」


 聖騎士に足を掛けて剣を抜き、面倒くさそうに血を振り払うトニマ。


「いや、問題ない。助かった、礼を言う」

「……じゃあ、これはひとつ貸しだな」


 トニマはフッと鼻で笑うと、踵を返して遺跡の奥へ向かっていった。



   §



 ――アンダーウッド家。

 白亜の邸宅の応接間には、ただならぬ空気が満ちていた。

 向かい合わせのソファには、ノーマン卿とイネッサ、そしてオルガの姿があった。


「ふむ……話はわかったが、果たしてそれが本当にアナスタシアの為になるのかどうか……」


 ノーマン卿はしきりに顎を撫でながら唸っている。


「私にはお伝えすることしかできませんが……何卒、お力添えをいただければと思います」


 オルガは深く頭を下げた。

 いくらアナスタシアのためとはいえ、まさか貴族相手に、こうも真摯しんしに頼み事をする日がくるなどオルガは思いもしなかったが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。


「オルガ様、本当にアナスタシアが言ったのですね?」


 イネッサは眉根を寄せ、心配そうな目でオルガを見つめる。


「はい、一字一句、間違いなくアナスタシア様の言葉です」

「そうですか……わかりました」


 イネッサはノーマン卿の手に自分の手を重ねた。


「お父様、私からもお願いします……どうか、アナスタシアの力になって上げてください」

「ん、んん……だがなぁ……」


 ノーマン卿は眉をハの字にして、額の汗をハンカチで拭った。



   §



 皇宮の一室に、ウィリアム皇子とアイザックの姿があった。

 二人は向かい合って座り、酒を酌み交わしている。


「それにしても、皇子には驚かされっぱなしですねぇ、まさか、うてもない方をめとろうやなんて……」

「なぜだ? 見目が悪いわけでもないのだろう?」

「それはそうですが」


 ウィリアムはグラスを手に持ち、氷を指で回す。


「気に入らなければ側室にでもすればいい」

「でも、殿下でしたら他にもいくらでも選択肢はあるでしょうに……たしか公爵家にも、花嫁候補のご令嬢がいらっしゃいましたよねぇ?」

「ああ、中身のない人形がな……」


 フンッと蔑むように鼻で笑い、

「その点、ヴィノクールの令嬢は金儲けが上手いのだろう? 一石二鳥だ」とグラスを空ける。

「はぁ、私の仕事がなくなりそうで怖いですねぇ……」

「ククク……そうならぬよう、励め」

「はい、もちろん、頑張らさせてもらいます」


 アイザックはウイリアムのグラスに酒を注いだ。

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