第32話 地下遺跡

 朝、目覚めると青ざめた顔のニーナが立っていた。


「ニーナ……どうしたの?」

「アナスタシア様……」


 すると、部屋の外から母の声が聞こえてくる。


「ニーナ、急ぎなさい! ぐずぐずしている暇は無いわよ!」


 母の言葉に、泣き出しそうな顔で私の肩を抱く。

 震えるニーナの背中に、そっと手を置いて尋ねた。


「ちょっと、ニーナ? どうしたの、泣いてちゃわからないわ?」

「アナスタシア様、申し訳ありません。すぐに準備をしなくてはならなくなりました」

「準備……?」


 その時、母が部屋の扉から顔を覗かせた。


「早くなさい、皇子を待たせるつもりですか⁉」

「あの、お母様、それはどういう……」

「これからお披露目のパーティーがあります。皇国中の名だたる貴族がお集まりになるのよ、最高の状態に仕上げなさい、頼んだわよ、ニーナ」


 それだけ言い捨てると、母は私の話を聞こうともせずに去って行く。


「ちょ、お母様⁉」

「すみません、アナスタシア様……でも、こうなったからには、私の全てをかけて誰もが見惚れるようなレディに仕上げてご覧に入れます!」

「え? ちょ……ニーナ?」


 ニーナは涙を拭い、私を鏡台の前に座らせる。

 もしかして、私がずっと側にいて欲しいって言ったから……。


「ぐすっ……」

「ニーナ……ねぇ、辛かったら辞めても良いのよ? もし、私の言葉があなたを縛ってしまっているのなら……」


 背中からぎゅっとニーナに抱きしめられた。

 あたたかくて柔らかい感触が首筋に伝わってくる。


「アナスタシア……それ以上は言わないでください……私はどんなことがあってもアナスタシア様のお側を離れませんから!」

「ニーナ……」


 ニーナが手を離し、涙を拭うとニパッといつもの笑顔を見せる。

 痛々しく腫れた瞼が、私を何とも言えない気持ちにさせた。


「さぁ! わたしの腕の見せどころですっ!」



   §



 支度を終え、私は一階のエントランスに向かった。

 エントランスには、母とカイル、スロキアと使用人達が私を待っていた。


「おぉ……見違えたぞアナスタシア!」

「いいわ、さすが私の娘ね」


 母とカイルが私を見て目を輝かせる。

 だが、それは私を通して、ウィリアム皇子の持つ権力に目を輝かせているに過ぎない。

 この人達は、そういう人だ……。


 どこで間違えたのだろうか。

 いや、そもそも正解などあるのかどうか……。


 フォルトゥナ商会が儲けすぎたから?

 それとも、結果を急ぎすぎたから?


 わからない……。

 ただ、こうなった以上、今更、逃げることもできない。

 でも私は――このまま黙っているつもりもない。


「お気をつけください、足下が滑りやすくなっております」

「ありがとう、スロキア」


 私は馬車に乗り込もうとして、立ち止まりスロキアに尋ねる。


「今日の私……どうかしら?」

「誰よりもお美しいかと存じます」

「ふふ、ありがとう。行ってくるわ――」


「いってらっしゃいませ」

「「いってらっしゃいませ」」


 スロキアに続いて、使用人達が深く頭を下げた。

 その中にはニーナの姿もある。

 料理人のミア達も厨房から、見送りに出て来ていた。


 私は皆に手を向け、馬車に乗り込む。


「出して」

「はっ」


 蹄の乾いた音、ゆっくりと馬車は走り出す。

 後ろからはカイルと母の乗った馬車が続く。


 あまりにも情報が少ない。

 不安で胸が押しつぶされそうになる。


 でも、思い通りにはさせない――。

 私は決してあきらめないわ。



   §



 闇の中、音も無く皇都を疾走するサムルク達の姿があった。


「スピル、お前は東を、ダレンは北だ――行け」


 無言で頷くと、スピルとダレンは数人のグループになってトニマと別れる。

 トニマは、アレンから教えられた地下遺跡の近くにある空き家に身を潜めた。


「状況は?」

「見張りは今のところいません、ですが……」

「どうした?」

「偵察に行った奴が聖騎士を見たと言っております」

「聖騎士だぁ?」


 聖騎士は皇帝直属の最強と言われる騎士達のことだ。

 なぜ、そんな奴らが奴隷売買に関わっているのか……。

 トニマはチッと舌打ちをする。


 と、そこにアレン達の部隊が合流した。


「待たせた」

「ああ、ちょっと厄介な状況だ」

「聞こう」


 アレンがトニマの隣に座る。


「聖騎士がいると報告があった……」

「ああ、それなら皇帝直属の部隊ではないよ、兄直属の部隊だね。まあ、厄介な相手には違いないだろうけど」

「ふっ、そうかよ。まあ、こっちで何とかするさ……で、中の情報は?」

「奴隷が監禁されているのは、遺跡中央のこの部屋だ」


 アレンの部下が、古びた地図をテーブルの上に広げる。


「先日言った通り、東、北、南、この三カ所しか入り口は無い。東と北は押さえてあるな?」

「ああ、スピルとダレンなら上手くやる」

「よし、僕たちは一気に南から突入しよう。聖騎士は多くても10人も居ない、あとは傭兵が約50人ってところかな」

「雑魚はくれてやる、聖騎士の連中は俺達に任せろ」


 トニマが短剣をくるくると曲芸のように回した。


「そうさせてもらうよ、あと、聖騎士は殺さないようにお願いできるかな」

「もちろん、次期皇帝のオーダーとあっちゃ……断れねぇさ!」


 シュッ――とトニマが短剣を投げる。


「――⁉」


 皆が目を向けると、壁を這っていた毒蛇の頭に短剣が突き刺さっていた。


「礼はいい、先に行く」


 トニマはサムルク達に目配せをすると、遺跡に向かって駆け出す。

 それに続くサムルク達も、闇の中へと消えていった。

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