第25話 皇子の盾

 突然、激しく扉の開く音が響いた。

 思わず肩がビクッとなる。

 扉の方を見ると、不機嫌そうなカイルの姿があった。


「カイル……?」

「アナスタシア! お前……騎士団などと、父上が何も言わないのを良いことに、好き勝手やっているらしいな?」


 ギロッと冷たい薄青の瞳を向ける。


「お耳に入りましたか」

「チッ……! いちいち癇にさわる物言いをするな!」

「申し訳ございません」

「父上が許しても、俺が許さぬ。穢れた者どもをこのヴィノクールに招き入れるなど……」

「彼らは穢れてはおりません。腕は確かですし、それに私は、すでに彼らの忠誠を認めました」

「ば、馬鹿な⁉ お前……自分が何をしたかわかっているのか⁉」


 カイルが唇を震わせた。

 信じられないといった表情で、私を憐れむような目を向ける。


「どういう意味ですか?」

「ヴィノクール家の騎士ともなれば、いくらでも名家から志願する者がいるのだぞ⁉ それを傭兵くずれの、しかも穢れた者どもを騎士にするなど……正気とは思えん」


 カイルの言うことはわかる。

 たしかに当家の長女たる私に仕えれば、騎士としてはそれなりに成功と言えるだろう。


 だが、私にはそのような打算的な騎士など必要ない。

 私に必要なのは決して裏切ることのない、私だけの騎士なのだ。


「私は彼らを手放すつもりはありません」

「……兄に逆らうというのか?」

「逆らうつもりはありません。ですが、この件については従えません」

「き、きさまぁあああ……!」


 みるみるうちに顔が真っ赤になった。

 鬼のような形相で、カイルは今にも殴りかかってきそうだ。


「――カイル様、こちらにおいででしたか、ウィリアム殿下より贈り物が届いております」


 と、ニーナが扉のところで深く礼をした。


「……ウィリアム皇子から?」


 カイルはせり上がる頬を押さえ、

「ともかく……俺は認めんからな!」と足早に図書室を出て行った。


 カイルがいなくなったのを確認して、ニーナが私に指でOKサインを出した。


「ニーナ……助かったわ」

「へへ、大変でしたね、ちょうど贈り物が届いて良かったです」

「皇子からね……どんな物だった?」

「お酒と、洋服、あとは……立派な盾でした」

「盾?」

「ええ、あの戦で使う盾です、かなり凝った装飾でしたから観賞用かも知れませんが……」


 盾……?

 前世ではそんなものは贈られていない……。

 皇子が直々に盾を贈るなど、余程のことがない限りあり得ない。

 カイルを自らの盾と公言するようなものだ。


 ウィリアム皇子は性格に難はあるが愚鈍ではない。

 何かしらの思惑があってのことだとは思うが……。


 ――まさか⁉

 もし、これが精霊の涙と引き換えだったとしたら?

 十分に考えられる線だが……。


 考えれば考えるほど、ウィリアム皇子が張り巡らせた蜘蛛の巣に囚われていくようだった。

 ここで考えても答えは出ない……。


 大事なのは事実だ。

 皇子がカイルに盾を贈った。

 どんな理由があったとしても、この事実だけは変わらない。


「アナスタシア様?」

「え、ああ、そうなのね、ありがとう」

「何か気になることでもあるんですか?」


 ニーナは心配そうに私を見た。


「ううん、大丈夫。また何か皇子から何か届いたら教えて」

「はい、わかりました」



    §



 皇帝が療養する報せは瞬く間に皇都を駆け巡った――。

 ヴィノクール家の使用人たちの間でも、その話題で持ちきりだった。


 私は自室に戻ろうと階段を上がりかけて足を止めた。

 リビングに母とカイル、侍女のヤナがいたのだ。

 盗み聞きは気が引けたが、気になってしまい、私はそのまま聞き耳を立てた。


「イメルダ様、陛下は大丈夫なのでしょうか……万が一の事があれば……」

「心配はいりません、それに先日、カイルはウィリアム皇子より直々に盾を授かりました。これは万が一があれば、カイルに御身を託されるということ。次期皇帝をお支えする役目を仰せつかったのと同じです」

「まぁ! なんという……カイル様が宰相になられるのですか⁉」

「二人とも気が早すぎる、母上も、ヤナが本気にしてしまいますよ」


 やれやれと困った表情を浮かべているが、口元はにやけっぱなしだ。


「あらカイル、私は本気ですよ? あなたにはその力があります、もっと堂々と胸を張りなさい。どこかの勘違いした娘にもわかるようにね」


 母がわざと聞こえるように言う。


「まあまあ、母上、そのへんで。あれでも血の繋がった妹ですからね、いざとなれば守らざるを得ないでしょう」

「あなたって子は本当に優しいのね……。いいのよ、あの子は自分の騎士とやらに守ってもらえばいいじゃない」


 イメルダが嘲笑混じりに言うと、ヤナが声を潜めて言った。


「あれは騎士ではございません、一刻も早くこの家から追い出すべきです」


「ヤナ、それはカイルが決めることよ」

「も、申し訳ございません! 出過ぎた真似を……」


「ああ、構わん構わん、ヤナがこの家を思う気持ちはちゃんとわかっているからな。まぁ、アナスタシアが好きにできるのも今のうちさ」


 私はその言葉を聞いた後、階段を上がった。


 好都合だわ――。

 なら、今のうちに、好きにさせてもらわなきゃね。

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