第23話 鳥の王

薄暗い部屋の中には、古びた木のテーブルと椅子が二脚、壁際に木樽がいくつか積まれていた。

トニマは椅子に座ったまま、向かいの椅子に手を向ける。


「聞こうか、何が目的だ?」


私は椅子の上にハンカチを広げ、腰を下ろした。


「長い傭兵稼業で礼儀も忘れたのですか?」

「何……?」


こちらを射貫くような鋭い三白眼。

トニマには体が小さいことを感じさせない迫力があった。


「サムルク……亡国の神話に出てくる鳥の王ですね」

「ほぅ……随分と物知りなお嬢様だな」


 私は必死で覚えてきたテスラ語の原文を暗唱してみせる。


「……एक बार देवताओं के साथ युद्ध में सिमुरघ हार गया और गायब हो गया।」

(かつてサムルクは、神々との戦いに敗れ姿を隠した)」

「テ、テスラ語だと⁉」


「शेष पक्षी सिमुरघ को खोजने के लिए एक यात्रा पर निकल पड़े। पक्षियों की संख्या जो शुरू में बड़ी थी, धीरे-धीरे कम हो गई, और अंत में केवल तीस पक्षी ही रह गए .... लेकिन तीस पक्षी लंबे और दर्दनाक हैं। यात्रा पर काबू पाने के बाद, हम अंत में पवित्र पर्वत पर पहुँचते हैं जहाँ सिमुरघ प्रतीक्षा कर रहा है।」

(残された鳥たちはサムルクを探す旅に出る。初めは大勢いた鳥たちも、次第にその数を減らし、最後に残ったのは僅か三十羽……。しかし、その三十羽は長く苦しい旅を乗り越え、ついにサムルクの待つ霊山に辿り着いた)


「くっ……」


 トニマは苦虫をかみつぶしたように顔を歪めた。


「उस समय पक्षियों ने नोटिस किया कि उनमें सिमुरघ है।」

(そのとき鳥たちは自分たちの中に、サムルクが宿っていることに気づく)

「や、やめろ! 耳障りだ!」


 トニマが勢いよく席を立った。

 今にも噛みつきそうな顔で私を睨む。


「なぜ? すばらしい神話だと思うけど?」

「うるさい、黙れ!」


 部屋の中をうろうろと落ち着かない様子で歩く。


「何なんだお前は……⁉ さっさと用件を言え!」

「あなたたちの傭兵団も三十人……これは偶然かしらね?」

「そ、そんなもん知るかよ!」

「戦争が終わって50年、あなたたちは未だ敗残兵の子と蔑まれ、傭兵稼業でどうにか糊口を凌いでいる」

「余計なお世話だ!」

「それでいいの?」

「いい加減にしねぇと――」

「父から子へ、あなたたちには受け継がれているはず」

「さっきから何の話をしてるんだ⁉ 用がないのなら話は終わりだ!」


 私は席を立ち、興奮するトニマの目を見据える。


「長く苦しい旅は終わった」

「……な」


 トニマの胸の中心をトン、と指で突く。


「そろそろ自分たちの中のに気づくとき」


 大きく息を呑んだトニマに告げる。


「私はアナスタシア・ヴィノクール、私なら――サムルクの頭になれる」



    §



 ――夜の王都。

 濃紺のローブを纏った男が、歓楽街を足早に歩いていた。


 男は歓楽街でも一二を争う大きな酒場の裏口に回り込む。

 勝手口の前には用心棒の大男が仲間と談笑していた。


 男がフードを取ると、大男が慌てて扉を開ける。


「お疲れさまです、アイザックさん」

「ごくろうさんやね」


 ニッと歯を見せて笑うと、左目の下にある涙の入れ墨が縮んだ。

 アイザックは気前よく、大男とその仲間にもチップを渡す。


「へへ、いつもすいません」


 大男がペコペコと頭を下げる。

 アイザックはそのまま中に入り、階段を上がって貴族や上流階級層が使う貴賓室に向かった。


 凝った装飾の扉をノックする。

 中から「入れ」と声が返ってきた。


 アイザックは中に入るなり、満面の笑みを浮かべる。


「どうも、えらいおまたせしました、もしかしてかなり待たれてますか?」


 長い足を組んで椅子に座る白髪の男は、表情一つ崩さずに答える。


「いや、私もいま来たばかりだよ」

「それはそれは」

「まあ、一杯やろうじゃないか」

「ええんですか? いやぁ、ではご相伴にあずかります」


 白髪の男はワインを手に取り、アイザックのグラスに注いだ。


「いやぁ~、皇……おっとあぶないあぶない、ウィリアム様に注いでいただけるなんて、今日は仕事を頑張った甲斐があります」

「ふっ、大袈裟な奴だな」

「いえいえ、本心ですから」


 アイザックはグラスを掲げ、

「ウィリアム様の輝ける未来に」と、調子よくおどけて見せた。


 ウィリアムは笑うが、その金色の瞳は冷めたままだ。


「何か面白い話はあったか?」

「ええ、それがなんと、ヴィノクールのご令嬢が……何を血迷うたか、サムルクを手なずけましてねぇ、ボクもえらい驚きました……」

「ほぉ……あの敗残兵どもを?」

「はい、ちょっと、あのお嬢さんは気になりますねぇ……」


 アイザックは目を細め、ワイングラスを見つめた。


「お前が興味を持つとは珍しいな……ま、その件は任せる」

「かしこまりました」

「で、はどうなった?」

「安全なルートでデルハイムの王族に」

「そうか、それは結構、金はいつも通りの方法でな」

「はい、心得ております」

「しかし、実りをもたらしてくれた相手に礼が言えぬというのも胸が痛むな……ふふ、せめて乾杯くらいはしてやろうじゃないか」

「それは名案。では、若きヴィノクールの次期当主様に――」


 ウィリアムはアイザックの言葉に笑みを浮かべ、ワイングラスを傾けた。

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