第4話 詩策記④

詩策記④


 1年後の3月の終わりごろのことでした。

 僕は今年もまた、だいぶ無理をして東京にやって来ました。

 第2回目の表彰式に、今度はサポーターとして参加するためでした。表彰する側として、会場準備や運営等に携わるためです。

 2カ月ぐらい前に、今年の応募作品のすべてが、主催者の方からファックスで送られてきました。選考と寸評を頼まれたので、必死で読ませていただいて、それからすべての作品に自分なりにコメントや理由を書いて、ファックスで返信させていただきました。

 これらの仕事はもちろんボランティアですので1円の報酬も得られません。しかし「溺れる者は藁をもつかむ」状態だった僕は、必死になってこの世界にしがみつこうとしていました。またこんな自分でも何かのお役に立てることを嬉しく思っていました。

 元々才能もないし努力もしていないし、文書だって上手に書けない自分です。偶然と運が重なって、たまたまソネット詩になっていた「初恋」が昨年偶然受賞してしまったというレベルにすぎないのです。

 それでもすべてを失って、なんとか這い上がろうと、いえせめて元に戻りたいと必死になってもがき苦しんでいた自分は、何かにしがみついていなければ生きていけなかったのです。


 「目黒の庭園美術館」というところだったと記憶しています。

 そこが今年の表彰式の会場でした。今回はこの会場で、自分たちの手で表彰式を行っていくことになっていました。

 会場に入るとまだ準備の最中でした。1年ぶりにお会いする、懐かしくて見覚えのある同人の方々たちと言葉を交わしながら、テーブルや椅子を並べて準備に奔走しました。

 そのとき主催者であるOさんから、今日の表彰式の「スペシャルゲスト」の出迎えをしてほしいと頼まれました。「スペシャルゲスト」とは、日本一有名な詩人であり、その作品が教科書にも載っている、孤高の詩人、天下の「谷川俊太郎さん」だったのでした。


 僕は、同人のYさんと一緒に緊張しながら、玄関先で谷川さんを待っていました。当然ですが、僕もYさんも谷川俊太郎さんと面識はあろうはずがありませんしお顔を拝見したこともありません。つまり来られても確認することができなかったのです。

たくさんの方々がご来場されていました。しかしどの方が谷川俊太郎さんなのか、失礼ながらまったくわかりませんでした。Uさんも写真でしか拝見したことがないので自信がないと言っておられました。

 開催時刻が近づいていました。来場者もまばらになってきたその時のことでした。スーツ姿の気品のあるおじいさんが入って来られました。僕とYさんは

「この方だ。」

と直感的に判断し、それから

「お待ちしておりました。」

と声をかけました。でもまったく違う人でした。がっかりです。


 しばらくして、向こうから割とラフな服装の、それからキャンパス地のカバンを斜め掛けされた、飄々としたおじいさんがひょこひょこと歩いて来られました。

「あの人は絶対違うよ。」

とUさんが滑らかな東京弁で話しかけてきました。僕も

「うん、違うじゃろう。」

と、どんくさい島根弁で答えました。


 するとその方は、僕たちの前で立ち止まると、とても優しい声で

「たにかわです。」

とおっしゃいました。

一瞬あっけに取られてしまった僕たちは

「たにがわしゅんたろうさんですか?」

驚いてお尋ねすると

「たにかわです。」

と笑顔で答えられました。(「たにがわ」ではなく「たにかわ」さんだったのです)

そんな言葉の交換がありました。僕たちは

「お待ちしておりました。」

と言うのがやっとでした。


 優しい大きな瞳をしておられました。気取らず高ぶらず、外見も飾らず、それでも春の日向のような暖かくて優しい雰囲気を感じました。

この方こそ、あの有名な「谷川俊太郎」さんだったのです。

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