第20話 戦いの気運 -4日目-

 昨日の晩に一人の男性が亡くなったと、夜番をしていたモリ―からそのことを聞いた。


「ごめんね・・・」


 モリ―は額に手を当てうつむきながら私たちに謝罪をした。顔を歪め、零れ落ちそうになる涙を必死で我慢し、震えた声でごめんと言った。そのモリーを責める人はいない。病気で人が死ぬことは誰のせいでもないし、何よりモリーは私達に謝っているわけではない。亡くなった村人と不甲斐ない自分という構図が彼女の中にはあるのだ。


「モリー。あなたを恨んでいる人はいないわ」


 アリソンがモリーの肩を抱きながら耳元で優しく囁いた。モリーはまた俯いた。看病に参加した看病人の中でモリーはひときわ感受性が高い。嬉しいことがあれば病人と分かち合い、悲しいことがればすぐに顔に出る。そういうモリーだからこそ、村人は空元気を振り絞ってモリーを不安にさせないように努力をしているのだろう。そして今回は、それが良い方向に向かいつつある。元気なフリでもするのとしないのじゃ体の治りが違う。前世の頃は馬鹿にしてたけど根性というのもなかなか侮れない。

 しかし、今のモリーの悲しい顔を病人達に見せるのはマイナスに働く可能性がある。だから私は気持ちを切り替えれるように大きな声を出す。


「みんな。昨日までで病人も段々と良くなってきている。だけどここからが正念場よ。気を抜かないで作業にあたって」


 私がそう言うとみんなが頷く。そしてそれぞれが自分の役割をまっとうするために各々の配置に移動する。換気、掃除、洗濯などのルーチンを行い、病人とコミュニケーションを取りながら体調把握を行う。その中にはアリソンやレクシーと気軽に話す男女もおり、建物内の雰囲気は終始穏やか。昨日と打って変わって午前中に体調を崩す人もいないのでほっと胸をなでおろす。

 昼になるとB棟のクレアやミアも合流してみんなでランチを食べた。昨日は現状の確認をして暗い雰囲気の昼食だったが、今日は作業も順調なため比較的明るい雰囲気で食べている。会話の内容も病人についての情報交換だけでなく、とりとめのない日常会話も交じるようになってきた。

 モリーも今朝は落ち込んでいたが昼食の時になると気持ちを切り替え、時折笑顔も見せるようになる。モリーは当初、一番メンタルが直接表に出るような女性だったが今ではすっかりとたくましくなっている。

 食事が終わるとみんな再びそれぞれの作業に戻る。昼になると気温も上がり過ごしやすい陽気になったので、室内の雰囲気も朝同様に良好だ。その室内を横目で見つつ私はタオルの煮沸や洗濯を行う。

 だが、夕方になるとそんな雰囲気を吹き飛ばすような事態が起きる。


「おい!誰か!誰か!」


 病人の一人が叫びだす。私は慌てて駆けつけた。


「どうしましたか?」


 私は小走りで駆け寄りながら質問する。その答えは返事を待たずとも理解することが出来た。


「ドナ・・・」


 ドナが顔を真赤にして倒れている。苦しそうに方で息をして、意識も薄くなっている様子だ。


「ドナ!ドナ!大丈夫!?」


 私はドナに近づくと大声でドナの名前を呼ぶ。しかし返事はない。私はドナの額に手を当てると想像より遥かに高い温度に驚いた。


「ドナ・・・」


 頭が真っ白になった。

 確かに私達の誰かが病気になることは前々から私自身が言っていたことだ。だが、実際にはそんな事態にはならないと心の隅で信じていた部分がある。だが、目の前で知っている人が病にかかってしまった。そんなこと覚悟していたはずなのに、いざ実際起こってしまうと私の覚悟なんで紙より薄く髪の毛よりも細いものだと思い知らされる。

 前世の世界と違ってこの世界ではほとんど治療法は無い。だから、病気にかかってしまえば祈ることしか出来ない。この瞬間にも死んでしまうかもしれない。その事が恐ろしくて恐ろしくてたまらない。親しい人がが病気にかかるというのはこういうことなのかとやっと理解した。村人のみんなはこの恐怖を抱えていたのだと知った。

 私が恐怖で固まってると後ろから肩をぽんと叩かれる。


「メグちゃん。とりあえずドナを仰向けにしましょう」


 声のする方向を見るとそこにはアリソンが立っていた。私はアリソンの言葉になんとか頷いた。周りの男達がドナの体を抱えあげて移動させた。ドナは病人にも好かれていたので殊更慎重に運ばれているように感じる。


「情けない」


 私は小声でそうつぶやいた。もちろん自分のことである。いつも偉そうに指示しておいて、自分のことになると恐怖で足がすくんでしまう。これでは前世の私や幼いメグと同じだ。私達はもっと成長しなければならない。でないと、いつまでも何も出来ない惨めな私のままだ。

 そう思い私は両手で自分の両頬をぱちんと叩いて気合を入れる。そして立ち上がり運ばれていくドナのもとへ行く。

 多くの人がこの建物からB棟へ移ったばかりなので、寝かせる場所には事欠かない。建物の隅の方に寝かせられたドナのところへたどり着くと、まず首元に手を伸ばし脈を測る。その次は目をつぶり胸に耳を当てて呼吸音を聞く。熱は高い上にポコポコポコとした呼吸音を感じる。

 

「どう?」


 アリソンが私の顔を見ながら質問してくる。


「結構悪いかもしれない。深く気にかけといて」

「わかった」


 いくら若くて耳が良いと言っても聴診器無しで呼吸音が正確に聞けるわけがない。が、ここは魔術がある世界なのでなんとか役に立つ魔術を考えていた。しかし記憶の中のメグはあまり勉強をする方ではなかったので魔術的な知識は殆どなかった。だが、その中で一つだけ、戦場で兄たちがやっていたことを思い出す。目を凝らしたり、耳を澄まして敵の動きを観察することだ。それは魔術的な手法に五感の感度を上げていると父が教えてくれた。

 当時のメグは興味がなく、やり方は聞いていない。だが、出来るという事実を知っているか知っていないかには大きな違いがある。私は基本的な魔術操作を工夫しながら、どうすれば五感強化ができるようになるか試行錯誤していた。当初はまったく出来なかったが、魔力のイメージを様々と検証していった結果、少しずつ出来るようになってきた。まだ不完全ではあるが、不出来な魔術でも子供の頃のクリアな耳と組み合わせれば、通常より遥かに鋭い聴力を手に入れることができた。

 とはいえ、聴診器に比べると遥かに聞こえる音は少ない。だから参考程度にしかならないし、医療知識は前世で医療マンガを読んだときに気になった知識を調べることで得た程度のものなので、間違っている可能性は大いにある。


「毛布を集めてちょうだい!レクシー!冷えたタオルはある?」

「ある!」


 私はレクシーからタオルを受け取るとドナの額にのせた。するとドナがブツブツと言葉を発しているのがわかる。言っている内容は要領を得ないがなにかに謝っているような、懇願しているような言葉を並べていた。


「意識が混濁してる・・・」


 熱が高いせいでこうなっているのだろう。だが、今の私達に出来ることはない。


「とりあえず注意して様子を見ましょう」


 私がそう言うとその場にいたアリソンとレクシーは頷いた。

 私が立ち上がろうとするとレクシーが口を開いた。


「メグ。またあなたの護衛に呼ばれていたわよ。伝えたいことがあるって」

「ジャスパーが?」


 レクシーは頷いた。私はわかったわと言って建物の外に出る。すると少し遠くの位置にジャスパーが立っているのが見えた。私はジャスパーに近づく。


「どうしたの?」

「昨日のあなたが言っていたように、宝石や売れそうなものを持って村に行かせたんですが・・・」

「売れなかったの?」

「いや、売れたんで食料と薬も少々買ってきました。それは後でお渡しします」

「良かった。これで少しは持ちこたえれそうね」

「はい。ただ、問題は村に行かせたイーライが聞いた話なんですけど・・・」

「話?なにか噂でも立ってるの?」

「なんでも近くの村に騎士団が50名ほど押しかけ、お嬢様を探しているとか」

「そうなの?馬車を壊しちゃったから迎えに来てくれたら助かるけど」

「それなら良かったんですが、なんでもその騎士団がお嬢様を誘拐したと断定したようです」


 私はジャスパーの言葉に驚愕し、思わず天を仰いだ。

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