第7話 山奥の隠れ里

 一行はジェフの先導の通りに進む。街道を進み、近隣の村を通り越して2時間ほどの距離を進んだ。そして途中にある分かれ道で整備されていない小道に入った。


「きゃ!」


 小道に入ると馬車は激しく揺れる。そんな揺れがあるたびにリリーは驚いて叫んでいる。そんなリリーに対してジャスパーが優しく声をかけた。


「大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です」


 ジャスパーは川でイーライを助けた後、濡れている服を着替えて鎧を身に着ける。しかし、失礼に当たると言って兜だけは被っていないので整った顔があらわとなり、そのことがリリーを緊張させている。

 そんなジャスパーとリリーのやり取りの隣で、イーライは申し訳無さそうな表情を浮かべて口を開く。


「すみません。こんな道しか無くて」


 イーライの言葉に私が応える。


「いいのよ。送り届けると言い出したのは私の方だもの」

「本当にありがとうございます。お礼をいくら言っても・・・」

「もうお礼は十分聞いたわ。耳にタコができそう」

「村に帰ればなにかしらのお礼ができるかと思いますが・・・メグ様がご満足いただけるものがあるかは・・・」

「お礼なんていらないわ。私達は村の入口で折り返したっていいぐらい」

「そんな!夜になってこの道を行くのは危険です!ぜひ、一泊、逗留してください!」


 イーライはどうしても私達にお礼したいようだ。そんな様子を見てジャスパーが口を開く。


「君はどうしても私達にお礼をしたいようだね。どうしてだい?」

「どうしてって?命を助けてくれたので・・・」

「こんな話を聞いたことあるかい?わざと自分たちを助けさせ、お礼をしたい自分の家に招き入れる。そして助けた者の金品を奪って、酷いときは殺してしまうような強盗がいるって」

「そんな!私達はそんな事しません!」

「しないと証明できるかい?」

「証明!?・・・そ、それは・・・」


 ジャスパーの質問にイーライは言葉を詰まらせる。確かにそういう可能性はある。この少年にはその意志は無いように見えるが、本当のところどう思ってるかはわからない。それにイーライはやらないと言っても村のものはどうだろう。


「君はしないつもりでも、村人はどうかな?」


 ジャスパーは言葉に詰まったイーライを更に問い詰める。


「それは・・・無理です」

「無理?」


 イーライは唇を噛み締めて俯いた。なにか言いたくない事があるのだろう。村も何か訳ありなのかな?なんか怖くなってきた。


「なんだか怖いな。といってもここで引き返すのは騎士道精神とやらに反する気がしますね。メグお嬢様?」


 ジャスパーはそう言って、こちらの方向をチラッと見る。


「当然よ。送り届けると言ったら送り届けるわ」

「わかりました」


 そう言ってジャスパーは笑った。

 私達がそのようなやり取りをしている間にも馬車は進む。整備されていない道を進み、その先にある切り立った崖に挟まれた小道を抜けて、崩れそうな橋を渡り、少し開けた場所に出た。


「結構、山奥まで来ましたね」


 ジャスパーが話しかけてきた。


「そうね。これは帰るのが帰るのも大変そうね」

「すみません。こんな奥まで来てもらって・・・」


 イーライが申し訳無さそうに謝ってくる。


「お願いだからもう謝らないで。でも随分遠くから村に来てたのね」

「はい。どうしても手に入れなければならないものがあって・・・」

「それは・・・?」


そのタイミングで馬車が止まる。そして馬車の扉が開き運転手が顔を覗かせる。


「申し訳ありません。お嬢様。ここからは坂になっておりまして馬車で行くのは難しいです」

「なるほど。じゃあここから歩きましょうか」


 私の発言に運転手は驚いた。


「よろしいのですか?」

「馬車では難しいのでしょう?だったら仕方ありません。イーライ。貴方は歩ける?」

「はい」

「じゃあ行きましょう?」


 全員、馬車から出てそれぞれの荷物を持ってイーライとジェフのあとに続く。私の荷物はリリーと護衛の騎士に持ってもらった。少し申し訳ない気がしたが、私は一応貴族なので自分の荷物を自分で持つというのは、不自然に見られる可能性がある。仕方ない。貴族だから仕方ない。貴族ってこういう時ラクねと内心で思った。しばらく上り坂を上がると柵が見えてくる。


「あれです!僕らの村!」


 そう言ってイーライが走り出した。先程死にかけた少年であったが、今はもうすっかり元気になったようだ。


「やっと到着だ・・・」


 リリーがぐったりとしながらそう呟いた。馬車を降りて10分程の距離だが、ずっと上り坂だったので結構きつかった。気づけばもう日も沈みかけている。思ったより時間がかかってしまったようだ。


「ようこそ!私達の村へ」


 イーライは振り返って僕らを迎え入れた。私は村の入口に立ち、村の中を見回した。


「思ったより大きな村ですね」


 ジャスパーが耳打ちしてきた。私はその言葉に頷いて同意した。山奥のにある村だが家屋は十数件ほど建っている。至るところでかまどの煙が立ち上っているところを見ると、人数も多いようだ。


「皆さんはこちらでお待ちください。すぐに村長を連れてまいりますので!」


 イーライはそう言って村の奥へと走り出した。


「置いていかれちゃいましたね」


 リリーが不安そうに呟いた。村の中からは複数の視線を感じる。どうやら村人が数名、好奇の目でこちらをみているようだ。


「まぁ当然といえば当然よね」


 私はため息を付いてそう言った。こちらは数名とはいえ槍を携えた護衛もいる。そんな者達が突然村に入ってきたら当然警戒する。


「いきなり飛びかかられないだけマシですね」


 ジャスパーもため息交じりでそう呟いた。しばらくそのまま村の入口で待っていると、イーライが老人を連れて近づいてくる。おそらくあの老人こそがこの村の村長だろう。


「よくぞお越しになりました。私が村長のアルロと申します」


 腰の曲がった白髪の老人はしがれた声で挨拶をした。


「突然訪問してしまい、申し訳ありません。私はメグ・マーティンと申します」


 私は自己紹介をして頭を下げる。そして他のものもあとに続く。


「私はプランツ騎士団副団長のジャスパーという者です」

「わ、わたしは・・・リリーです」


そしてこちらの全員が挨拶し終わると、村長は頷いて口を開く。


「イーライから話は聞きました。イーライを助けて頂いたのですね。その上この村まで送り届けてくださるとは・・・。本当にありがとうございます」

「いいえ、当然のことをしたまでです」


 その返答を聞いて村長はニコッと笑った。


「さすが貴族様と騎士様。ささ、私の家にお越し下さい」

 

 そう言って村長は村の奥へと歩き出す。よかった。突然来たから険悪なムードになるかもと心配していたけど、一応は歓迎してくれるみたい。


「メグお嬢様」


 歩いている途中にジャスパーが近づいてきて、小声で話しかけてきた。


「言うまでもないことですが、何が起きるかわかりません。お気をつけください」


 歓迎に感謝しつつも警戒は怠るなとジャスパーは言いたいようだ。


「わかった。ありがとう。ジャスパー」

「いえ。差し出がましいことを・・・」

「そんな事ないわ。言ってくれて助かる」


 ジャスパーは私に一礼をして後方に下がる。

 村の中を横切り、周りの家より一回り大きな建物が近づいてくる。この村唯一の2階建ての家。おそらくあれが村長の家なのだろう。


「ささ、どうぞこちらへ」


 老人は家の前に立って扉を開ける。扉の奥で初老の女性と若い女性が頭を下げて私達を迎えた。おそらく村長の家族だろう。初老の女性の表情はにこやかに微笑んでいる。若い女性のほうは顔が緊張からか顔がこわばっている。だが、とりあえず彼女たちから悪意は感じない。


「ようこそ。お越し下さいました。何も無いところですが、どうぞ中にお入りください」


 そう言って家の中へ通される。中では大きなソファーと大きな机があった。ここは来客用の部屋として使われているのかと推察できるほど調度に凝っていており、設えてあるソファーや机も上等なものだった。もしかしたら、ここは村に立ち寄った行商人などと話し合いをする場所なのかもしれない。


「どうぞお座りください。イーライとジェフも座りなさい」


 老人に促されるまま、ソファーや用意された椅子に座る。ソファーはちょっとゴワゴワして少し色わせているが、よく手入れされていることが座るとわかる。村長の奥方が整えたものだろう。

 全員が座り終わると老人が口を開く。

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