2章 メグの冒険

第5話 メグの事情

 私は馬車の窓から外を眺める。青々とした豊かな山々の稜線、草原で草を食べる牛などをただ無機質に眺める。

 私ことメグ・マーティンは数日前、レオ様とノーライア家を訪れた。しかし、私が怪我をしたことで私だけ首都に帰ることになった。レオ様は一緒に帰ろうとおっしゃって頂いたが、私自身が構われるのが苦手で、辞退してしまった。それもこれも頭を打ったからだ。


「お嬢様!見てください!牛がいますよ!」


 メイドのリリーが嬉しそうに外の風景を眺めている。


「そうね。私たちの故郷ではあんまり見ないものね」


 リリーは大きくうなずいてまた外を眺める。リリーは最近マーティン家に奉公に来た新米メイド。年は14歳と若く、まだあどけなさを残している。年も近いということで父上が私の専属メイドにしてくれた。


「お嬢様?体調はどうですか?」


 さっきまで外を見ながらはしゃいでいたリリーが、いつの間にか私の顔を心配そうにのぞき込んでいる。


「だいぶ良くなったわ。ありがとう。リリー」


 リリーが私の専属メイドになったのは年が近かったというだけでなく、他になり手がいなかったため新米のリリーが押し付けられたという理由が大きいだろう。いままでの私は横暴でわがままで、数多くのメイドを辞めさせるような人間だった。新しいメイドが来ては無理難題を言っては追い詰めていた。

 だが、それは昨日までの話。昨日の事故で頭を怪我したときに私そのものが一変した。あの時、頭の中に他人の記憶が溢れ出し、あまりの情報量に頭が付いていけずショートした。そして気絶から覚めたときには、私はその記憶を自分自身の記憶として認識していた。

 その記憶の主の名前は日野あかり。日本生まれ日本育ちの24才。享年24才と言ったほうが正確かもしれない。あかりは平凡な家庭で生まれ、特にこれといった個性もない普通の人間だった。普通の学校へ進み、何人かの友達と趣味にのめり込み、地元の会社に就職した。お世辞にも優秀な人間ではなかったし、あんまり美人でなかったから特に目立つこともなく、日々を漫然と過ごしていた。一人暮らしだったから、アニメを見たり、ゲームをしたり、趣味の歴史を調べたり、たまに友達とお茶したり、部屋の片付けに頭を悩ませたり、社会人になってから増えた贅肉に落ち込んだりしながら過ごしていた。漫然とした将来の不安はあってもそれを見て見ぬ振りをして、誰かが助けに来てくれないかなぁとかありもしない妄想をしながらも、なんだかんだで楽しい日々を行っていた。

 そんなある日のこと。月末で仕事が山積みになりこっそりサービス残業を行った日の帰り、私は車に引かれて死んでしまった。迫りくる車に驚いたところまでしか覚えていないので、おそらく即死だったのではならこうか。少なくとも苦しんで死んだ記憶はない。


「リリーは大丈夫?昨日寝てなかったんでしょう?」

「いいえ!大丈夫です!起きてようと思っていましたがいつの間にか寝てましたから!」

「そう。でも無理はしないでね?」

「・・・はい」


 リリーは返事をして俯いた。

 私は外の風景を見る。前世では見たことがない風景だ。時代的には中世?魔術があるから異世界なのかしら。私も異世界モノはよく嗜んだけど・・・。

 よく本やマンガであるのはゲームの中に入るというものだが、そういった場合の大体が主人公がそのゲームを知っている場合が多い。ゲーム展開や裏情報を知っているからこそ、他の者より優位に立てるのだ。だが、私は今の世界のようなゲームは心当たりがない。気づいてないだけかもしれないが、今の私に知識というアドバンテージが無いということを意味する。

 しかしアドバンテージは無くとも少し嫌な予感はある。この体の主であるメグの記憶も持っている私は、メグの記憶を手繰り寄せて1つの仮説を立てる。

 これって悪役令嬢者じゃないかしら・・・

 メグの奔放な性格、イケている王子様と婚約の約束をしているという点を鑑みるとそう思えてならない。悪役令嬢物の世界なら、私に待ち受けるのは断罪イベントで大抵の場合死ぬのではないかしら。そのへんは正直手を伸ばしそこねていたので詳しくない。おそろしい・・・。これはどうにかしなければ・・・。


「メグ様」

 

リリーが私の名前を呼ぶ。


「今回の事は本当に申し訳ありませんでした・・・。罰ならなんなりと・・・」

「今回は私の不注意だから」

「でも!貴族のお顔に!」


 リリーはとぼけたところがあるが、今回のことに責任を感じているらしい。私としては額の傷とはいえ、あとも残らないような小さい傷だし、こんなの唾つけとけば治る。


「リリーって名前。花の名前よね?」

「?はい。そうです」


 突然の質問にリリーは首を傾げた。


「私の本当の名前はマーガレットっていうの」

「お嬢様!?それは!?」


 リリーが驚愕の顔をした。魔術師は自分の名前を明かさない。名前を知られることによって身を危険にさらす可能性があるからだ。だが、私の本当の名前は日野あかり。私のフルネームであるマーガレット・リドリス・マーティンもこの世界での偽名といえる。


「いけません!私なんかに!」

「まぁ聞いて。あなたはリリーで私はマーガレット。共に花の名前よ。私はあなたに出会った時、名前を聞いた時、お姉ちゃんがいたらこういう人となのかなって思った」

「そんな・・・私がメグ様の姉だなんて・・・」

「私は今回のことを気にしていない。だからそんな些細なことで、私に姉を傷つけさせないで。お願い」

「メグ様・・・。私は勘違いをしていました。メグ様のメイドになるなんて災難だと言われていましたから、お嬢様はひどい人間だと思っていました」

「それは耳の痛い話ね」


 相変わらずズケズケと言うメイドだこと。


「でも、本当のお嬢様は違ったんですね!一生お仕えいたします!」

「大げさね」


 思わず笑みが溢れる。メグは確かにひどいお嬢様だった。だが、それにはちょっとした言い訳がある。

 マーティン家の治める領土には魔王軍と戦うための防戦線がある。不定期に魔物が攻めくるため、マーティン家は常に軍備を揃え、魔物が一匹たりとも国内に入ってこないように戦うことが使命だ。

 だが、軍備を維持するとなると必ず必要になってくるものがある。それは金だ。マーティン家は何十年も前から、領民から徴収した兵、国軍、傭兵部隊を使いながらなんとか防衛戦を維持している。それに伴い、昔はたくさんあったマーティン家の資金もどんどんと減っていき、近年では国のお金や借金で賄うようになっている。

 そんな中に生まれたのが私、メグ・マーティン。メグは幼い頃からお金に苦心する父上や兄弟達を見てきた。どうして国を守護する我々がこのような苦しい思いをしなければならないのかという怨嗟の声を聞いてきた。

 メグは子供ながらにもこの家の為に、家族のためになにか出来ないかと必死で考える。様々な人の話を聞きながら自分にできることを考え抜いた。そして思いついた方法は、偶然にも同じ年に生まれた王子レオ様との結婚。結婚して王族に入れば、王族の親近者としてマーティン家に今まで以上に資金提供をすることができるかもしれない。そうなれば、傾いたマーティン家の財政も改善することができる。だからメグは常に王子の近くに寄り添い存在感をアピールした。

 メグはそのことを誇りだと思った。自分が家のためにできる最大の努力だと。だが、幼い少女であるメグは自分の気持を把握しきれていない部分がある。家のためにと封じ込めた気持ちが心の奥底に沈んでいる。

 同世代の貴族のように遊びたい、家を背負うなんて私には無理。そういった気持がメグの無意識の中にはある。そんな封じ込められた想いが時々噴出した結果、わがままで横暴なお嬢様メグとなった。

 だが、前世の記憶を思い出したことで、自分の気持ちを把握することが出来た。メグではわからなかった封じ込めた気持ちに気づくことが出来た。我儘で横暴な子供っぽい自分はひとまず卒業出来る状態になった。しかし、メグの気持ちがなくなったわけではない。メグは本来、家族のことを大切に想う普通の女の子なのだ。私はその気持ちを引き継いで日野あかりかつメグという人格になっていくだろうという予感がある。


「お嬢様!川が見えてきました!」


 リリーが目を輝かせて窓の外を見ている。私もため息を付いて自分の思考を終了させ、窓の外を見る。そこには美しい大きな川がゆっくりと流れている。太陽の光を反射してキラキラと光る水面とその上を飛ぶ鳥たち。


「本当にきれいね」

「はい!」


 そう思った瞬間、川の中にある影が目に入る。はじめは魚がはねているのかと思った。だがよくよく見るとそれは人型でバシャバシャともがき苦しんでいた。


「馬車を止めて!」


 私は大きな声で叫んだ。

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