第2話 対峙

 1時間後、僕はヒューゴに連れられて父上の執務室の前に来た。そしてヒューゴは扉をノックする。


「旦那様。お坊ちゃまを連れてきました」


 しばらくの沈黙の後、扉の奥から声がする。


「セオのみ入れ」


 僕は扉を開いて、一人で部屋に入る。

 執務室には入り口正面に大きな机、入って右手には応接するためにソファーと背の低い机がある。父上は正面の机に座り、僕のことをじっと睨んでいた。


「帰りました。父上」

「一体どこへ行っていた?」

「これを採りにいってました」


 僕は自分のリュックから魔石を取り出した。


「それは・・・魔石の原石か・・・。いったいどこから盗んできた?」

「盗んできたわけではありません。とある洞窟から採ってきました」

「洞窟?お前が?自力で採ってきたとは考えにくい。どこから盗んできた?」

「盗んでません。自分で採掘しました」

「よしんば自分で採掘したとはいえ、魔石の採れる洞窟は持ち主がいる。忍び込んで、勝手に盗んできたのか?」

「許可は取りました」


 帰ってくる途中にふと思い出した。そういえば洞窟の持ち主に何も言っていなかったら盗難になるのではないかと。だから僕は近くの村に戻ると洞窟の持ち主を探し、金品と引き換えにサインをしてもらった。そのため帰るのが少し遅くなってしまったのだ。

 僕は苦労して手に入れた許可証を広げると、父上に手渡した。


「・・・・」


 父上は書類を訝しげに眺める。 


「サインがあるので盗品にならないと思いますが、いかがでしょうか」

「こんなもの!」


 父上は僕が持ってきた許可証をぐちゃぐちゃに丸めた。


「あ、ちょっと!苦労したんですよ!」

「私は魔術学校への入学は認めないと言ったはずだが?」

「言われましたが、僕の本心が伝わらなかったことを考慮し、魔石を取得してまいりました。どうでしょう。認めていただきますか?」

「お前は魔術の才能はない。行っても恥をかくだけだ。なぜそれがわからない?」

「恥をかくぐらい、どうってことないからです」

「お前が良くても家の名が傷つく。お前は兄の足を引っ張る気か?」

「過去の魔術学校の実績を調べましたが、魔術がほとんど使えない者でも、対魔術師の勉強として入学する生徒はいます。僕が魔力がないからと言って、家の名に傷がつくとは考えにくいです」

「それは一般的な事例だろう?貴族は違う。特に私のような魔術領主とは」


 魔術領主というのは、その名の通り魔術師の位を持つ領主の事だ。魔術師が産まれて約1000年の間に大きな戦争は何度か行われた。その戦争で投入された魔術師の中でも大きな戦果を上げた者は、国から認められ、褒美として領地を国王から与えられた。


「オステリアの魔術領主のうち何人かは魔術の才に恵まれていないまま領主として立派にお勤めを果たしています。魔術が使えないことを理由に、非難されるということは、この国の領主数名を非難しているのと同じです」

「口だけはよく回る。口が回っても魔術師としてひ弱なであれば、私は認めない。魔術師は実力が全てだ」

「ならばもし、魔術師としての実力が伴えば、入学を認めていただけますか?」


 僕が喧嘩腰で言葉を発する。父上はため息を付いて口を開く。


「落ち着きなさい。この際本心を語ろう。私はお前に魔術の才能がなくて失望した。決してお前にではないぞ。お前に魔力という才能を与えられなかったこの私自身にだ。だからお前が一人前になれるように、力を尽くすつもりだ。魔術学校に入学を拒むのは嫌がらせのためではない。他に良い道があると信じているからだ。お前は兄弟の中でも一番と言っていいほど頭がよい。磨いていけば国家運営の中枢にも送り出せるほどに成長すると思っている。そうすればこの領地や領民の生活を豊かにすることができる。だからこの領地や領民のため力を貸してくれないか?」


 国家の中枢?絶対そんなところに行きたくない。そんなもの息が詰まるだけだ。僕は魔術師として新魔術の開発やフィールドワークを行いたい。


「僕は魔術でこの領地に貢献します」


 僕がそう言うと、父上は大声を張り上げる。


「ダメだと言ってるがわからぬか!」


 拳で机をたたき、大量の魔力を噴出させて僕を威嚇した。


「わかりません。どういう理由ですか?」


 僕の返答を言葉を聞いた父上は勢いよく立ち上がり、暴力的な魔力で目の前の机を吹き飛ばした。父上は怒りの表情で僕に近づいてくる。


「お前は頭がいいと思ったが物分りは悪いようだな。別の勉強に励めと言っても、私の目を盗んで魔術書を読み漁っていたな」

「禁止されていませんでしたので」

「それが私の誤りだ。知識を得た結果、自分にはできないことをできると勘違いしてしまった。わかるか?お前は魔術の才能がない」


 父上が僕の目の前に来て、僕を見下ろす。


「お前には魔術の才能がない。だから魔術学校は諦めろ」


眉間に皺を寄せて、険しい顔で僕のことを見下ろす。


「才能があれば入学を認めていただけますか?」

「ああ、できるものならな」

「なるほど、じゃあ・・・」


 僕は氷の魔術を使用した。氷は父上の足元から一瞬でせり上がり、父上の体を包み込んだ。氷は胸のあたりまで登ってり、腕は完全に氷の中。杖も魔術的な仕掛けもない場合はこれで完全に拘束できる。


「一度頭を冷やしていただけますか?」


 僕は努めて冷静にそう言った。


「これは!?氷!?」


 対して父上は驚きの表情を浮かべている。


「どうやれば才能と実力を認めてもらえるか、冷静に話し合いたいです」

「どういうことだ!氷の魔術をこれだけ早く展開できるなど!」

「考案中の魔術陣を使いました。もし暴徒が来てもこれで怪我をさせることなく鎮圧できるよう・・・」


 僕は魔石を持ってきても反対されることは想定していた。しかし話し合いが加熱し真正面から父上と取っ組み合いにでもなったら100%負ける。魔術的にも体力的にも。だから、ポケットや道具に魔術陣や魔術文字を彫り込んだ魔術の仕掛けを何個か、この場に持ち込んだ。

 今使用したのは魔法陣を仕込んだ靴。靴底に魔術陣を描いていると、突発的な場面でも手を使わずに発動できると以前本で読んだことがある。僕はその本に書かれていた靴を試しに作っていた。

 

「いつの間に・・・」

「前から習得していましたが、魔力が少なくてあまり使えなかったんです」

「今は使えているようだが・・・?」

「自分の魔術を上手く使えるコツを掴みました」


 父上はため息を一つついた。


「わかった。話をしよう。だからこれを解いてくれ」

「わかりました」


僕が魔術を解除すると、父上は部屋にしつらえてあるソファーに腰掛けた。


「座りなさい」


僕は父上の対面に設置してあるソファーに座った。柔らかくて座り心地の良いソファーだった。


「才能がないと言って悪かった。一つ弁明をさせてほしいのだが、私が言ったのは魔術的な才能であって、お前のすべてが才能がないと言ったわけではない。その点を誤解しないでくれ」

「はい」

「魔術は力だ。力を持てば必ず、戦争や理不尽な暴力が支配する場所へと導かれる。そこで命を落とすかもしれない。長男であるリックは仕方ないにしても、それ以外のものに魔術の素養が無くてもそれはそれでいいとも思っていた」


 僕は驚いた。魔術領主が自分の子供に魔術を教える気がないというの珍しい。魔術領主、というか魔術師の家系は魔術があってこそ力を保てる家系。だから万が一でも魔術を失わないように子供全員に習得させるのが通例だった。


「驚きました。そんな事を考えられていたのですね」

「ふっ。これで驚くのは魔術師ぐらいだ」


 そう言われてはっとした。確かに魔術を習得していない者にとって、魔術があろうがなかろうがどうでもいい話。魔術に固執しているのはそれこそ魔術師だけだ。


「お前はもう魔術師なのだな。それは困ったな」

「困った?」

「ああ。入学の強い意志を見せられ、魔石を見せられ、実力を見せられた。もう反対する理由がない」

「それでは!」

「本当は非魔術師の役職についてほしかったが・・・。いいだろう。入学を認める」

「ありがとうございます!」

「だが、覚悟しろ。一度魔術の道に入ったからには、泣いてやめたいと言っても許さないからな。どんなに辛くてもやりきれ」

「はい!」


 僕は嬉しさのあまり大きすぎる声で返事をする。今まで頑張ってきた成果が出たし、今後の道も開くことが出来た。


「それと一つ相談なんだが・・・」


 父上が神妙な面持ちでそう言った。


「なんでしょう?」

「壊れた机をどうしよう。あいつに見つかったら殺される」


 あいつというのは母上のことだろうか、メイド長のことだろうか。おそらくどっちもだろう。


「無かったことにしましょう」


 僕らは結託して、机なんて元々からなかった事にした。

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