プリヴィアスライフズ(2/3) ~悪役令嬢の帰還~

ゆうさむ

1章 エピローグ

第1話 冒険からの帰還

 僕が生まれたノーライア家は、オステリア王国の有力貴族。ノーライアの領土は国の西側に位置し、穏やかな平原が広がる土地だ。農耕と牧畜を主体とし、天候と安定した領地であるため民衆は穏やかで争いも少ない。

 ノーライア家は騎士道を重んじる家系で、領民に優しく外敵に厳しくを基本としている。そんなノーライア家のことを領民は心の底から領主として認められている。

 そして僕は今、そんなノーライア家の領主の家の前にいる。つまり僕の実家だ。洞窟で魔石を採掘した日から数日後、やっと自分が住む家にたどり着いた。


「戻ってきてしまった」


 家に帰り着いたのは喜ばしい。だが、これから父上に会って話をしなければならないことを考えると憂鬱になる。勝手に飛び出して来た以上、なんらか説教なり折檻が待っているかもしれない。


「だけど、これを乗り越えないと道は開けない」


 僕は意を決して門を開いた。目の前の屋敷に向かう。屋敷は白い壁の3階建てで、建物自体は大きいものの、装飾はほとんどなく、あえて言うなら庭師がきれいに手入れした植物たちが一番の装飾品だ。当家が標榜とする騎士らしさを独自解釈で突き詰めた結果がこの家ともいえるかもしれない。

 ノーライア家はもともと魔術師が貴族になった家系なので、必要以上に騎士らしさというのを重要視している。子供の頃から騎士たるものという教育を受けて育つため、他の貴族たちに比べると僕たちはまるで聖職者だ。もともとは高貴な出身ではないというコンプレックスがこの家の随所ににじみ出ている。


「質素なのに家自体は大きい。質素にしたいのか目立ちたいのかわからない屋敷だなぁ」


 この領地の頭目として目立つべきか、騎士として質素にすべきか悩んだ結果ここに落ち着いた。といった趣を感じられる家だ。


「やぁ、セオ」


 家の真下までたどり着き、入り口のドアに手を伸ばそうとした瞬間、僕は背後から声をかけられる。

 僕が振り向くとそこには今の僕と同じぐらいの年齢の少年がボールを持って立っている。


 「レオ様。いらしてたんですね」


 僕はこの少年のことを幼い頃から知っている。


「様はやめろよ。呼び捨てでいいって言ってるだろ?君は僕の数少ない幼馴染なんだから」


 少年は意地悪そうな笑顔を浮かべてそう言った。彼の背丈は僕と同じくらいで、金髪の短髪と端正な顔立ちをしている。


「王子を呼び捨てにするなんて、不敬罪と取られても仕方ありませんよ」

「子供同士のやりとりで不敬罪を問うような無粋なものはいないだろ。いたら僕が罪に問うてやる。無粋罪だ」

「それでも、僕が王子を呼び捨てなんて、家のものが聞いたら卒倒するので遠慮させてください」

「つまらんな」

「その代わり、誰も聞いてない場所では、できるだけ汚い言葉を使いますからそれで我慢してください」

「それは楽しみだ」


 そう言ってレオはその場で数回、ボールをバウンドさせた。

 この少年の名前はレオ・オルベルム。この国の第三王子だ。幼い頃、城で開かれたパーティに連れて行かれた時、同じ年齢の子供として僕は王子に紹介された。それ以来、僕は王子に気に入られたのかちょくちょく話しかけられるようになる。そして何度か共に遊んでいくうちに、お互いのことを友と呼び合うような仲になった。王子は退屈するとノーライア家を突然訪れ、その時はいつも僕と庭で遊んだり屋敷の周りを散歩したりしている。


「そういえば聞いたよ。家出したんだって?」

「形的にはそうなりますね」


 置き手紙を残して家を後にする。そして数日帰らないとなれば立派な家出少年だともいえる。


「水臭いな。家出ならうちに来ればよかったのに。お前ならいつでもウェルカムだぞ」

「いくら僕が礼儀知らずでも、いきなり城にはいけませんよ」

「どこに行ってたんだ?」

「ここから歩いて1日程のところにある洞窟に魔石を取りに行ってました」

「魔石?ああ、魔術学校入学用の?お父上は買ってくれないのか?」

「そもそも入学も許可されていませんから」

「なるほど。察するにお父上に反対されたがどうしても魔術学校に行きたい。だからその気持ちを伝えるために魔石を手に入れ、そしてその魔石を使って説得したいわけか。無茶をしたな。逆上して今まで以上に頑として反対するかもしれんぞ」


 うーん。この王子は察しがいいな。


「そうなったらそうなったときに考えます」

「今度こそ本当に家出をするつもりか」

「それも可能性の一つということで・・・」


 王子に僕のやけっぱちプランを見抜かれたため、僕はとっさに視線をそらしてしまった。その様子を見て王子は面白そうに笑っている。


「あ!レオ様!こんなところに!」


 僕と話しているレオに対して、遠くから声をかける人物がいる。僕たちが声の方を振り向くとそこには、僕たちと同年代の少女が立っている。金髪の長く艶のある髪、整った顔立ち、白い肌、フリルの付いたかわいい衣服の女の子が小走りでレオに駆け寄る。


「突然、いなくなったのでどこに行かれたのかと思いましたわ」

「すまないメグ。セオの姿を見かけたものでね」

「ああセオ様!無事に帰ってこられたのですね」

「まぁね」


 この少女の名前はメグ・マーティン。僕らと同じ年齢の幼馴染の一人だ。彼女も来ていたのか。


「それはそうと、置いていかれたと思って寂しかったですわ」

「茶化してやろうと思ってね」

「まぁ。レオ様ったら」


 メグにはレオのことしか見えていない様子だ。本音を言えばメグのことは苦手だ。


「レオ様。セオ様は帰ってきたばかりで疲れていらっしゃいますので、2人で遊びましょう?」

「そうだな。じゃあセオ。結果を楽しみにしている」


 結果というのは、僕が父上と話した後どのような結論に落ち着くのかということだろう。


「正直気が重いです」

「ははは」


 レオは笑いながら去っていった。そして残ったメグが僕に向かって口を開く。


「やっと帰ってこられたんですね。セオ様。こんな場所に何日滞在するのかと思いましたわ」

「こんな場所とはご挨拶だね。ここはいいところだよ」

「あなたにとってはそうでしょうね」


 僕がメグを苦手な理由はこれだった。メグは齢10才にして悪い意味で社交界の立ち振舞を知っている。表裏があり、表では上品に話し、裏では苛烈な競争に身を投じる。そんなあり方が僕はちょっと苦手だった。


「リリー!」


 僕との会話が終わると、メグは使用人を呼びつけた。


「はい。お嬢様。いかがいたしましたか?」

「来るのが遅いわ。あなたは本当にのろまね。まぁいいわ。私はのどが渇いたの。紅茶を淹れてきて」

「はい」


 リリーは紅茶の準備をするため小走りで走り出した。僕を眺めて、リリーさんのことを気の毒に思っていると、僕の視線に気がついたメグが口を開く。


「何?」

「いや。なんでもない」

「そう。あなたもさっさと荷物を置いてくるといいわ。それじゃあ乞食のようだもの」


 メグはそう言って立ち去った。


「僕も使用人も物乞いも必死で生きてるんだぞー」


 僕はメグに聞こえないようにそう呟いた。そしてため息を付いて玄関から屋敷の中にこっそりと入る。今は屋敷の人間にバレたくない。本来なら家に帰ってすぐに父上に挨拶しにいって然るべきだが、今回はとても怒っていることが予想されるので、対決前に自分の部屋に取りに行きたいものがある。

 扉から覗いてエントランスには人がいない事を確認する。人の動きの少ない昼食時を狙った意味は有ったようだ。僕は音を立てないようにこっそりとエントランスを横切り、階段を上がり、2階の隅にある自分の部屋へと向かう。長い階段を歩き、自分部屋の目の前まで、誰一人と出会うこと無く侵入することができた。


「よし」


 僕がそう呟いて自分の部屋の扉に手をかける瞬間、しがれた声が僕のことを呼び止める。


「やっとお帰りになりましたか。お坊ちゃん」


 僕は扉を開けるのをやめ、声のする方向に視線を向けた。


「やはり。あなたの目を盗むのは無理でしたか。ヒューゴ」


 僕の視線の先にはビシッとした執事服に身を包んだ初老の男性が立っている。白髪交じりの髪、シワのある顔はこの男性に哀愁と貫禄を身にまとわせる。

 ヒューゴはノーライア家に仕える古参の執事。ノーライア家の子供は全てヒューゴに見守られ育つため、子供たちにとってはもうひとりの父親のような存在だ。


「予想しておられると思いますが、旦那様は相当お冠ですよ」

「やっぱりそうですか・・・」

「セオ様が家に帰ったらすぐに引っ張ってこいとのお達しです。あれほど苛烈に感情を露わにされた旦那様は久しぶりに見ます」

「うわぁ・・・。会うのが怖くなってきた」

「引っ張ってこいと言われた以上、何が何でも連れて行かねばなりません。そこはお諦めください。すぐにでも旦那様の元へお連れしますが、準備は万全ですか?」

「今から準備をしようかと」

「なら、私は紅茶を飲んで参ります。旦那様に会うのは1時間後にしましょう」

「ありがとう。ヒューゴ」


 そう言ってヒューゴは歩いて行く。もしかしたら屋敷から部屋までの道中、誰とも合わなかったのはヒューゴが下がらせていたのかもしれない。

 さて、僕も準備をしなければ。頭を切り替えて自分の部屋のドアに手をかけた。

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