@goti5104

第1話

良平は蟹を捕まえるのが得意だった。蟹を捕まえては素揚げにして食べていた。昨日も10匹の沢蟹を沢から取ってきては食べた。

-ああ、美味しい。毎日蟹を食べて暮らしたい

そんな彼に妻であるヨネは冷淡な態度を取った。

-そんなに蟹が好きなら川に住めばいいじゃない

そう言われると良平は返す言葉がなかった。良平は無職で働く気もなかった。ヨネが街へ出て働いて収入を得るのだった。良平はよく村の酒場に行っては村内の噂を仕入れてくるのだった。

-おい、きいたか。なんでもN町に住む太吉が不倫したんだってよ。相手は妊娠したらしい

-おい、今年は鰻が不漁だそうだ。鰻が食えねえと平太が嘆いていた

そんな彼はある日いつものように川へ行くと見知らぬ女が河原に立っていた。女は川のほうをじっと見つめていた。良平は何か珍しい魚でも泳いでいるのかと思い女が見つめている方向を眺めてみたが水面がキラキラと反射しているだけで何も見えなかった。良平は女を無視して蟹を捕まえることにした。蟹は河原の石をひっくり返せばそこらじゅうにうようよいる。たまに挟まれることもあるが慣れれば痛くも痒くもない。今日も河原には蟹がたくさんいた。蟹は良平に捕まえられるのを待っているかのようにじっとしていた。良平は大きな岩をひっくり返した。そこには数匹の大きな沢蟹が潜んでいた。その時じっと川を見つめていた女が良平のほうを見た。その目は良平を非難するでもなく蔑むでもなく純粋な問いかけの目だった。

-あなたはここで何をしているの

良平はそんなふうに問いかけられてる気がした。その日は思ったように蟹が採れなかった。良平の気持ちが沈んでいたせいもあるし、蟹もどこかへ行ってしまったかのように見つけることができなかった。日が暮れてそろそろ帰ろうかと河原を見渡したが女の姿はなかった。良平はなんだか煙に包まれたような気がした。

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