33,因縁のふたり

 先に口を開いたのはアイリス伯だった。

「……お久しぶりですな、ローゼス卿」


「久しぶりじゃな、アイリス伯」


「ご壮健そうけんそうで……。」


「お前さんもな……。」


「……この度は、愚息ぐそくがご迷惑をおかけしました」


「……“愚息”というのは、愚かな息子という意味かね。それとも……愚か者の息子という意味かね」


「……あいかわらず、ご冗談がお上手だ」


 お互いに肩をゆらせて笑う。目は笑っていなかった。


 アイリス伯はシアンに目をやる。

「……心配したぞ、シアン」


「……すみませんでした」


 バン爺の表情が変わった。


「大人の話がある、お前は自室に行ってろ」


「……はい」


 シアンは立ち上がって応接間を出ようとする。バン爺も立ち上がり、そんなシアンの背中に声をかける。

「……シアンや」


「……これで、良いんです」


「お前さん、最初から……。」


「家族の問題に赤の他人が口を出すのはやめていただこう。例えそれが、かつての1級魔術師であっても、そんな権限はない」

 アイリス伯は静かにだが、勝ち誇ったように高揚こうようした口調で言った。


 バン爺はアイリス伯を見る。大地のマナから切りはなされ、まさに徒手空拳としゅくうけんの状態だったが、内に秘めたるオドは戦闘の心がまえをしていた。


目論見もくろみが外れましたな」


「……目論見じゃと?」


「おやめください、もうとうに気づいていることです。かつて貴方が私を追い落とそうと手を回した事も、そして今回、私の悲願を邪魔するためにシアンをさらった事も」


「……なんじゃ、30年前の件は、ワシが中心になったと思っとるんか」


「それしか考えられない」


「それしか考えんからじゃろ。お前さんは禁呪法を研究しとったんじゃぞ、温厚で知られる陛下が激怒なさったくらいじゃ」


「貴方が陛下に色々と吹き込んだからでしょう。今回もどうせ、色々シアンに吹き込んだと見える。けれど無駄ですよ、私とシアンは一心同体なのですから」


「変わらん奴じゃのう、あいかわらず思い込みが激しいわい」


「反論に苦しくなったからと言って、論点をずらすのはやめていただきたい。……で、例の物はお持ちですかな?」


「……ああ。その前にマゼンタを返してもらおうか」


 アイリス伯が目配せをすると、執事のゼニスは頭を下げ、ドアの向こうへ消えていった。しばらくして、執事は縛られたマゼンタを連れて戻ってきた。


「……マゼンタ、無事かね」


 マゼンタはうなずいた。


「クリスタルはどこです?」


 バン爺は胸元からクリスタルのペンダントを取り出した。その様子を見ただけで、アイリス伯の顔が歪んだ。


 クリスタルを手に収めながら、バン爺が首を傾げる。

「……このクリスタル、なにか妙じゃのう。まるで……人間のオドのようなものを感じるが」


 その一言は、その場にいたマゼンタとアッシュの注目を集めた。


「余計な詮索せんさくをするなッ!」

 突然のアイリス伯の怒号どごうに室内は静まり返った。 

「それ以上さわるな、そしてテーブルの上に置け!」


「……。」

 バン爺はクリスタルをテーブルの上に置いた。


 アイリス伯はつかつかとバン爺の前に歩み寄ると、クリスタルを奪い取り、白いハンカチでそれを包んで懐にしまった。

 再びアイリス伯が目配せをすると、執事のゼニスはマゼンタの拘束を解いた。マゼンタは先ずゼニスをにらむと、次にアイリス伯をにらみながらバン爺のもとへ行った。


「……さて、お互いに要求していたものは帰ってきました。久しぶりにお会いしたローゼス卿をおもてなしいたしたいのですが、あいにく御覧の通りその余裕がこの屋敷にはない。心苦しいですが、このままお帰りいただいてよろしいですかな?」


「……シアンをどうするつもりじゃ?」


「……シアンを? 不思議なことをおっしゃいますね。父として子を育てるだけのことですよ?」


「ワシが聞いとるのは、あの子をお前さんの個人的な野心の道具にし続けるのかということじゃ。お前さんがあの子の体に何をしとるのか、ワシが知らんとでも思うとるのか?」


「……私の研究は革命をもたらし、この国を、やがては世界を発展させるのです。私には大義がある。それは個人的な心情で左右されるべきものではない」 


「大義の話などしとらん。ワシゃあの子の一回こっきりの人生の話をしとるんじゃ」


 アイリス伯は忌々いまいまし気にため息をつく。

「だから貴方はダメなんですよ。大事の前の小事ばかりを気にして、技術の進歩に目を向けようとしない。新しい芽をいつもそうやってみ取ろうとするのだから。分かりませんか、これはやむを得ない犠牲なんですよ」


「あんたの子供でしょ?」

 マゼンタが言った。


「むしろ、私のような男こそが評価されるべきだ。赤の他人ではない、自分の血を分けた、自分の半身こそを差し出すその決意と覚悟にっ」


「お前さんの話には、いっさいシアンの意志は入っとらんな……。」


「まだ社会の事も分からない子どもの意志が、いったい何だというんです。大人になったらきっと私に感謝しますよ。……ゼニス、おふたりをお見送りしろ」


 執事は頭を下げると「こちらへ……。」とバン爺とマゼンタに退室を促した。

 マゼンタはバン爺を見る。バン爺は小さくうなずいた。


 退室しようとするふたり、アイリス伯の前を通り過ぎようとしている時にマゼンタが言った。

「……最後にシアンくんに会わせてくんない?」


「なんだ小娘、まだ玉の輿こしをあきらめきれないのか」


「……てめぇ!」

 マゼンタはアイリス伯につかみかかった。


「やめんか、マゼンタっ」

 バン爺と執事がマゼンタをおさえようとする。


「こ、この、あばずれがぁ……!」


 アイリス伯は裏拳でマゼンタの横っ面を殴りつけた。吹き飛んで地面に倒れるマゼンタ。


「……っつ」

 マゼンタは頬をさえうずくまる。


「まったく、シアンから早めに離しておいて正解だったな。お前の様な下賤げせんの女と一緒にいたら、あいつにどんな悪影響があった事か……。」


「……ほれ、帰るぞ」

 バン爺はマゼンタの手を引いて立ち上がらせた。


「う、う……ちきしょう……。」

 マゼンタは声を上げて泣きじゃくった。必要以上にみじめな声を上げて。


「……アイリス伯よ、シアンの事に関してはワシにはもう何も言うことはない。じゃが、お前さんの禁呪法の研究に関しては報告させてもらうぞ。ワシにもワシの大義がある」


「……どうぞご自由に。私の研究を求めているのは、この国だけではありませんから」


「……大義が聞いてあきれるわい」


「負け惜しみは出し尽くしましたかな?」


 アイリス伯の嘲笑ちょうしょうを背中に浴びながら、バン爺とマゼンタは応接間を出ていった。

 しかし、3人はその前にいつの間にかいなくなっていた男の存在を気にかけていなかった。

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