31,見果てぬ夢

──


 マゼンタは地下室に監禁されていた。身ぐるみをはがされ下着姿で天井から鎖で吊るされるマゼンタの顔には、拷問をされたわけではないが疲労の色が強く出ていた。

 扉の開く音がして、うなだれていたマゼンタが顔を上げる。アイリス伯が入ってきていた。昼間と違い、アイリス伯は上機嫌だった。どうやらかなり酒が入っているらしかった。しかし、法の外の世界に生きていたマゼンタの鼻は、別のものもぎ当てていた。


──クスリやってんのか


「さっきは取り乱して恥ずかしい所を見せてしまったな」


「現在進行形じゃなくって?」


「……分かるぞ。そうやって強がるのは、不安のあらわれなのだろう」


「まあね。裸にされて吊るされて、目の前に自信満々のおっさんが現れたら、あんたを産んだお袋さんだって不安になるさ」


「……まぁいい、お互い冷静に話し合おうじゃないか。……私が知りたいのは、お前たちの計画だ」


「計画?」


「そうだ。バーガンディ・ローゼスが私からシアンを奪い去り、お前の様な小娘の色香いろかを使って息子を惑わせようとしたことは分かってる。……いったい、いつから計画されていた?」


「……なに言ってんの? あたし達がシアンくんと出会ったのは偶然だよ。つか、あんたがシーカーのギルドに懸賞金出してたんじゃないのさ」


「偶然、私を王宮から追い出したあの年寄りがシアンを見つけただと? 嘘も休み休み言え。分かってるんだ。私の事を脅威に思っていたバーガンディは、私を王都から追い出した後も、1級魔術師を辞めてまでして私を監視していたのだろう? そしてシアンの才能に恐れをいだき、ダンデリオンでの試験中に私から息子を奪うことをくわだてた。さしづめ、お前は金で雇われた娼婦あがりだろう。そしてシアンを王都に連れて行き、私を完全に世間から抹殺しようとしたのだ。……そう考えればすべてがつながる」


「……おっさん、小説家志望だったりする?」


「……なるほど、お前は計画の全容ぜんようを聞かされていないというわけか。まぁそれはそうだろう。魔術師でもなんでもない、赤の民の小娘だからな」


「……いや、シアンくんを探すのをバン爺に持ちかけたのはあたしなんだけど?」


「そうするように仕向けられたんだ。奴のことだ、人の心を操る術式くらいは心得ているはずだ」


「……大賢者が言ってたとおりだね、“鳥が鳴けば人はその意味を考える”って」


「なんだそれは? 初めて聞くぞ?」


「初めて言ったからね」


「……けむに巻こうとしても無駄だ。私も人の心理を長年にわたって勉強しているからな、心の動きの仕組みなど、手に取るように分かる」

 アイリス伯はマゼンタに近寄る。

「そして、お前がシアンに対してどう思っているのかもな……。」


「へぇ、じゃあ当ててみなよ、乙女の胸の内を」


「どうせ玉の輿こしを狙っているのだろう。どうだ?」


「……おっさん、違うって言っても嘘をつくなって言うでしょ?」


「やはり図星か」


「……シアンくんの苦労が分かったよ」


「なにぃ?」


「あんたは人の事なんて見ちゃいない。シアンくんの事はもちろん、きっと奥さんの事もそうなんだろうね。勝手に自分でいい思い出にしてるだけで、本人はどう思ってたことか──」


「お前がグレイスを語るなぁ!」

 アイリス伯はマゼンタの髪をつかんだ。


「……また取り乱してんじゃん」


「私達は愛しあっていた! 頭にカビの生えた王都の魔術師どもが私を追い落とした時も! かつて仲間と信じた奴らが去った後も、妻は私を見捨てることはなかった! 私達の研究が世界を変えると信じていた! 物の本質を知ってる女だったんだ!」


「どうせ、こんな風に髪をつかんで自分を愛してるか訊いたんでしょ?」


「分かったような口をきくな!」


「大体さぁ、あんたの奥さんの話って、自分に何をしてくれたかってことばっかりじゃん。奥さんの事なんて何も言ってない。あんたは自分を評価する人間を評価してるだけだよ。あんたは奥さんに何をしてあげてたのさ。大切な息子の体に傷をつけること? 自分の子供にあんなことをされて喜ぶ母親なんているもんかっ」


「言ってろ、お前には私の、私たちの崇高すうこうな目的など知りはすまい。私の悲願が成就じょうじゅすれば、すべてを取り戻すことができるのだからなっ」


「失ったものは戻らないよ、それが自然の摂理せつりじゃん」


「自然の摂理とやらが人をあざ笑うのならば、私がそれをねじ伏せてみせる」


「そんな啖呵たんかきったくらいで、死んだ奥さんが満足できると思ってんならおめでたいね」


 アイリス伯はマゼンタの髪から手を放し、不敵に笑った。

「……そうだとしたらどうする?」


「……なに言ってんの?」


「妻を生き返らせることができるとしたらどうする?」


「……そんなことが」


「妻のオドは保存してある。後は入れ物を探すだけだ」


「……。」


 マゼンタはバン爺がかつて言っていた、アイリス伯の禁呪法の話を思い出した。生き物そのものをエネルギーに変えるというあの術式を。想像以上のアイリス伯の邪悪さに、マゼンタは息がつまりそうになっていた。


「……ふさわしいしろが見つかれば、すぐにでも妻をこの世に戻すことができる。そのためには、ふさわしい女が必要だ。だからこそ、シアンにはオールドブラッドの女しか認めん」


「……あのさぁ、少しは現実的に考えたら? シアンくんが自分の思い通りの相手と結婚して、都合よく女の子作って、そしてあんたの魔術が成功して奥さんが生き返るとか本気で考えてんの? 妄想と願望が強すぎて気持ち悪すぎるんだけど。いい歳こいた大人のやることじゃないよ」

 マゼンタは鼻で笑った。


「いつだって、夢を持たない奴は夢を持つ者を否定するものだ」

 アイリス伯は鼻で笑った。


「……状況が違えば良い台詞なのにね」


──

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