9,感知

──

 

 その頃、アイリス伯の領地ではアイリス伯が夕食を取っていた。妻を追い出したその食卓では、50代の男がさびしく独りでテーブルの前に座り、もそもそと料理を口にはこんでいた。


「……ん?」


 アイリス伯がテーブルのすみに置いていある、手のひらほどのクリスタルの変化に気づいた。クリスタルがうっすらと光を放ちはじめたのだ。

 アイリス伯は慌ててそのクリスタルをひっつかんだ。そして自分の前に置かれた料理を腕で弾き飛ばしてクリスタルを置き、その中を注意深くのぞき込む。


「……どこだ、そこは?」

 アイリス伯はクリスタルに手を置く。そして目を閉じ呪文を唱えだした。


「う、く……」

 しばらく呪文を唱えていると、アイリス伯の額からは大粒の汗が流れ始め、目は白目をむいていた。


 部屋のすみにいる執事は、自分の主人を心配しながらもオロオロと様子を見るだけだった。長いつき合いから、執事は彼の邪魔をすれば自分でさえも何をされるか分からないことを知っていた。

 ついには、アイリス伯の鼻から血が流れはじめた。


「だ、旦那さま……。」


 さすがに見ておられず、執事がアイリス伯を止めようとした時、アイリス伯の目がかっと開いた。

「……シュだ」


「……はい?」


「アッシュを呼べ!」


「……え?」


 アイリス伯は執事の方を振り向いた。

「アッシュを呼べと言ってるんだ!」


「は、はい、ただいま!」


「気に食わん奴だが、こういう仕事には奴が適任だろう!」


 執事が去った後、アイリス伯は鼻に違和感をおぼえ、手で鼻をぬぐった。

「……くそ」

 手の甲についた鼻血を見て、アイリス伯は忌々いまいまし気につぶやいた。

「慣れん術式を使えばすぐにこれだ……。」


──

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る