6,狂気の父

──その頃


 アイリス伯の城では、アイリス伯が昼間から広間で酒を飲んでいた。広間の椅子やテーブル、絵画や燭台しょくだいといった家具や装飾品は彼によって滅茶苦茶に破壊されていた。


「くそ……シアン、いったいどうして……。」


 頭を抱え込んでアイリス伯は酩酊めいていしていた。痩躯そうくで長身のアイリス伯は酒と疲労でより一層、蛇のような雰囲気を醸し出す。


「……あなた」

 アイリス伯の妻・ラピスが夫をいたわって、背中に手を乗せた。

「きっとあの子は戻ってきますよ……。」


「なぜ、なぜあいつは……。」


「きっと、あの子にも考えがあるのでしょう」


「……だと?」

 アイリス伯は立ち上がった。


「え、ええ、そうです。あの子だってもう12歳ですよ? 自分なりの考えというものが……。」


「……考え? 検定試験の直前で逃げ出すのに……いったい何の考えがあるというのだっ?」


「あ、あの子にも言い分があったはずです。それを、今まで無視してきたから……。」


「言い分だとっ? その前にアリイリス家の長子の役目を果たすべきだろうが! 私も私の父もそうやって家名を守ってきたのだ!」


「そ、それはもちろんアイリス家を守ることも大切な役目ですわ。で、でもそればかりが人生では……。」


「……なるほど。お前が、お前があいつに余計なことを吹き込んだのか。……おかしいと思った!」


「な、何をおっしゃいますか。あなたがシアンの気持ちをもうとしないから……。」


「黙れ!」

 アイリス伯はラピスの顔を殴りつけた。


「きゃあ!」

 ラピスは床に倒れ、小さなうめき声を上げる。


「私はシアンのためだけに生きてきた! このクソみたいな辺境へんきょうの地で、あいつを最高の魔術師に育て上げるためにあらゆる手を尽くしたんだ! あいつのために私がどれだけのものを犠牲にしたと!?」


 アイリス伯はうずくまっているラピスの腹を蹴り上げた。


「ああっ!?」


「何がアイツの考えだ! 私が、私こそが誰よりもあいつの事を考えているんだ! あいつ自身よりもっ!」

 アイリス伯はラピスの髪をつかんで顔を持ち上げた。

「教育係として結婚してやった後妻ごさいが口答えしおって! 貧乏貴族の妾腹めかけばらの分際で!」


「あ、あ……。」


「おやめください旦那様!」

 そこへ、見かねた執事が駆け込んでアイリス伯を止めに入った。

「お、奥方様も、奥方様なりにシアン様の事を案じておるのです!」


「何が奥方だ、こいつはもうただの年増女だ!」


「……え? ど、どういうことで……。」


離縁りえんだ! 今すぐ荷物をまとめて私の城から出ていけ!」

 アイリス伯はラピスに杯を投げつけて言った。


 ラピスはよろめきながら立ち上がると、涙を流しながら広間から出ていった。


「……旦那様、いったいこれで何人目でございますか」


「ふん!」


 アイリス伯はテーブルの上の酒瓶をぶん取って酒をラッパ飲みする。


「あいつもいい年だ、母親などもういらん! おい、ゼニス!」


「は、はい、何でございましょうか?」


「例のモノを持って来い!」


「かしこまりました!」


「まったく……あの反応以来、全く音沙汰おとさたがないとは。やはりシーカーなんぞの食いつめどもでは務まらんか……。」


 執事は深々と頭を下げると、広間から出ていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る