第37話 グロムと攻略



渡辺わたなべ官房長官は、

翌日のニュースで逮捕されたと報道があった。



そして、それと被せるように、

日本国は新たな組織の発表をした。

その名も、



「Ability Criminal Investigative Service

(能力犯罪捜査局)」



通称、ACISエイシス



アメリカ合衆国主導の元、探索者協会のある国家では、

この国際組織の導入を義務付けることとなった。

スキルに関する汚職や犯罪、テロリズムなどに対処する組織機関。



近年、スキルによる犯罪が多発し、

警察では対処できない事態が起こっている。

それに伴い、創設された機関がこのACIS(エイシス)である。



 ◆ ◆ ◆



アメリカ合衆国 ホワイトハウス



「ACIS(エイシス)の活動状況はどうかね?」


「はい。組織の活動によって、世界各国で多くのスキル犯罪が潜んでいることがわかりました。しかし、目的の者は未だ見つけられていません…」


「そうか…まぁ、そう甘くないよな。引き続き捜査を行ってくれ」


「かしこまりました。失礼します」



アメリカ合衆国大統領、

ジェームズは頭を抱えていた。



数ヶ月前、モナコのダンジョンを攻略した謎の人物。

その全容が少しずつ明らかになってきたのだ。

近くの公園にあった監視カメラの映像から、

ダンジョンを攻略したのは、ジャックという名前の男性。



このジャックという男は、

国際指名手配されている犯罪者である。

現在わかっているだけで82人をも殺害してきた、凶悪な犯罪者。

警察関係者の間では、彼のことを「魔眼のジャック」と呼ぶ。



その通り名の由来は、ジャックのスキルにあった。

彼の所持している3つのスキルは全て、魔眼関連である。

『飛躍の魔眼』『憑依の魔眼』『幻影の魔眼』。



その内の一つ、『憑依の魔眼』。

これがジャックの最も厄介な魔眼である。

相手を殺害し、目を合わせることによって、

相手の体に己の魂を移せるという能力。

ジャックは常に体を乗り換え、警察から逃げ回っている。



では、どのように捜査を行っているのか。

ジャックにはある特徴があった。

それは憑依した相手の眼球が、緋色に光りだすというもの。

現在、ACIS(エイシス)はこの情報を元に捜査を行っている。

そもそも、ACIS(エイシス)という組織が作られた理由が、ジャックといっても過言ではない。



 ◆ ◆ ◆



東京ダンジョンの攻略を宣言してから、1ヶ月。



100階 ボス部屋前



「ついに100階か…」



96階攻略から100階に辿り着くまで、ロキの協力もあって順調に攻略できた。

97階は、雷を身に纏った悪魔デーモンラーゼン。

98階は、風を身に纏った悪魔フェスター。

99階は、驚異的な身体能力を持つ悪魔ナルム。

ご丁寧なことに、悪魔はいちいち名乗りをしてくる。

そのせいで名前もちゃんと覚えてしまった。



どれも強力な敵だった。

特に99階の悪魔ナルム。

見た目は、モーニングスーツを身に纏う白髪のダンディーな爺さん。

なのに驚異的な身体能力で、ザック、サラ、ロキの3人を同時に相手していた。

もうこの段階になると、俺が手を出す隙がない。

むしろ、下手に手を出すと命がなかっただろう。



結局、戦闘は1時間ほどかかり、

ザックのスキル『女神の加護』によって終わりを告げた。

戦闘自体は1時間程度だったが、体感時間はすでに5時間越えである。



しかし、この戦闘で己の無力さを思い知らされた。

俺だって一般の探索者に比べたら強くなったと思っている。

なのにこの戦いではほとんど役に立たなかった。

唯一できたことといえば、『超感覚』を使って感じたことを、

念話でザックとサラに伝えることだけ。

更に、3人は俺を庇いながら戦闘を行っていた。

もし俺がいなかったらもっと効率的に攻略できたのではないかとも思う。



「どうなされたのですか?あるじ


「いや、なんでもない」


「なんだ旦那、怖気付いたか?」


「ロキ様!!それは主に無礼ではないですか!」



ロキの俺への挑発を聞いて、

ザックが少しお怒りである。

そういえば、「ロード&マスター」の中でもこの二人は結構対立していたな。

強い正義感と素直な性格を持つザックに、

楽観的でチャラチャラした性格のロキ。

真反対な性格の二人である。



「いや、ロキの言う通りかもな」


「主…」


「だけどな、それと同時にワクワクしてるんだ。

 いつ死んでもおかしくない状況だってのに、

 俺は心の奥底でこの状況を楽しんでいるのだと思う。

 

 ——— 攻略しようぜ、俺たち4人で」



俺の一言で、覚悟は決まった。

さぁ、挑むか……100階に。



 ◆ ◆ ◆



100階 ボス部屋



そこは今までとは比べ物にならない巨大な空間。

最奥には玉座が一つ。

その玉座に向かって真っ直ぐと敷かれた赤いカーペット。



そして、その玉座に腰をかける一人の悪魔。



特徴的なのは、額から生やした二本の黒いツノ。

また、今までの悪魔は随分と上品な服装を身に纏っていたのに対し、

目の前の悪魔はボロボロのマントを羽織っていた。



そいつはゆっくりと玉座を立ち上がり、

俺たちに歩み寄って来た。

しかし、おかしなことに敵意を全く感じない。



「お久し……いや、初めまして。私はグロム。悪魔貴族の頂点にして、ここに支配者だ」



途中でピタリと足を止めて、発言をし始めた。



「おい…貴様。なんだその姿は…。力が全盛期の100分の1もないではないか…」



こいつは今、何について話しているのか。

全く理解が追いつかない俺に構わず続けるグロム。



「まぁ、良い。ここで終わりにする。神になったつもりだろうが…貴様は神には相応しくない」



その刹那、俺の『超感覚』が



———「殺意」



を感じ取った。



次の瞬間、グロムが後方に吹っ飛ぶ。



「え?」



気づいたら、俺の目の前には3人の姿。

ザック、サラ、ロキの3人である。

ザックは聖剣ヴァニエラを振り切り、

サラは人差し指を立てて血液針弾ニードルバレットを放ち、

ロキは炎槍を放った後だった。



俺の思考は少し遅れて状況を理解する。

『殺気』を感じ取ったのと同時に、

グロムは俺を目掛けて突っ込んで来ていた。

奴の指先が俺の眼球に触れようとしたその時、3人は同時に攻撃を仕掛けたのだ。



「おいおい、ザック。お前少し反応遅れたぞ」


「…面目ありません…」


「お前ら…助かった」


「サラはパパをまもる!」


「そうか。じゃあ俺とザックでやるか」


「かしこまりました」



瞬時に戦闘態勢に入る3人。

吹っ飛ばされたグロムの方を見ると、

無傷のまま瓦礫をかき分けて出てきた。



「ふっ。側近もレベルが落ちたものだな…。3人もいて私を殺しきれないとは」



何か遠くで呟くグロム。

しかし、それが俺に聞こえることはなかった。

グロムが腰を落として、戦闘状態に入る。

それと同時にロキとザックも腰を落とす。



そして次の瞬間、3人は消えた。



もう俺の目で3人の姿を追うことは不可能であった。

すかさず『超感覚』を使う。



…絶句である。

確かに俺は3人の姿を捉えることに成功した。

しかし、しばらく見ているとおかしなことに気づいた。

ザックとロキは正確かつ、確実にグロムに傷を負わせている。

なのに、切られたはずの傷はすぐに回復し、

焼かれた皮膚もまた瞬時に回復しているのだ。



まさか、瞬時に回復するスキルを持っているのか?

ロキもそれに気づいたのか、『死滅炎』を使った。

このスキルは、膨大なMPを消費する。

だから、10万ものMPを持つロキですら使える回数は20回。

一回使うのに5000MPも消費するのだ。

だが、『死滅炎』は確実に相手を燃やし尽くす。灰となるまで。



「『死滅炎』!!」



迷わず紫色の炎を放つロキ。

それは正確にグロムの右肩に着火した。

予想通り徐々に燃え広がり、

そしていつの間にかグロムは紫色の炎に包まれていった。



ロキの炎は相手を燃やし尽くす。

そして、死に至らしめる。

しかし、相手に炎の耐性がある場合は、

その効果を発動しないという弱点がある。

だが、その心配はないようだ。

グロムは徐々に灰と化し、消えていく。



と、思っていた。



「なかなかやるな…少しナメていたようだ」



どこからか聞こえるグロムの声。

目を凝らしてザックとロキの方を見る。

おそらく『超感覚』によって視力を強化していなければ見えなかったであろう。

丸い形をした物体。

それがザックとロキの前に浮かんでいた。



「ロキ!ザック!逃げろっ!!!!」



すでに遅かった。

小さかった球体は、急激に膨張する。

細胞の一つ一つが繋がり、血となり、骨となり、肉となり、血管となり、神経となり、そして皮膚がそれら全てを覆う。

次の瞬間、俺は自分の目を疑った。

そこには燃えきったはずのグロムの姿。

それもザックの心の臓を右腕で貫いて、奴は立っていた。



「ザック!!!!!!!!!!!!!」



俺が叫ぶのを聞いて、ロキが正気に戻る。



(確かに焼き切ったはず…なのになぜ……くそっ……ザック!!)



ロキはすぐにザックを連れてグロムから離れる。

ザックの右胸には大きな穴が空いていた。

その時、俺の中で何かが割れたような音が聞こえた。

それと同時にザックが光の粒子となって消えていく。



とっさにステータスを開いた。



――――――


【名前】九条 カイト 

【レベル】 35/100


【H P】 1450/1450

【M P】 1900/2000

【攻撃力】 700

【防御力】 520


【スキル】


 『オーヴァーロード(Lv.3)』『剣心』『血液操作』『超感覚』


【召喚可能】 


■サラ・ドラキュネル(夜ノ王)

■ロキ・エルファドーラ(永炎帝)


【召喚待機】


■ザック・エルメローイ(剣聖)《1440分》


――――――



新たらしい欄が増えていた、【召喚待機】。

初めて見る表示である。

しかし、内容を見る限りではまた召喚できるらしい。

24時間という制限時間はついているが…。

これを見て少し安堵する。

しかし、一瞬心臓が止まったかと思った。

このままザックを失うのではないかと思い。



(ザックは大丈夫だ。ロキ、サラ……3人でかかるぞ)


(いいのか、旦那。俺たちに任せてもらっても———)


(———正直に答えてくれ。本当にお前らで倒せそうか?)


(ロキ、ほんとバカ)


(サラちゃん…)


(パパはつよくなった。もっとパパをしんじて)


(…そうだな。すまんかった、旦那。協力してくれ)


(おう)



もう油断しない。

おそらくグロムは再生するスキルを持っている。

さっき見た限りだと、あの小さい球体から広がるように身体が再構築されていた。

なら、叩くはあの球体だ。



ロキとサラ、俺が同時に駆け出す。

当然俺が一番遅いが、それでいい。



「ロキ、頼む!」


「はいよっ!」



俺の合図と共に、ロキが再び『死滅炎』を放つ。

だが、グロムも馬鹿ではない。

自分の身体を消滅させるほどの炎。

それを素直に受けるはずがない。

放たれた炎は避けられ、グロムは後方に飛んだ。



「サラ!」


「うんっ!」



グロムが飛んだ先にはサラが回り込んでいた。

そして、サラが指を鳴らすと共にスキルが発動する。



血液針弾ニードルバレット…×100」



赤黒く輝く針が、照準をグロムに向ける。

そして次の瞬間、それらが一斉に放たれた。



ドドドドドドドドドドドド——————



同時に発射されたそれは、

グロムの身を粉砕するかのように降り注ぐ。

動きを封じられ、身体に大きなダメージを負ったグロム。

俺は見逃さなかった。

奴の肉と肉の間に見えた小さな球体。

俺はすかさず『血液操作』で右手に剣を出現させ、

『剣心』を発動しつつ駆け出す。

それと同時に『超感覚』の発動も行う。



三つのスキルを同時に発動するのは初めてである。

その瞬間、俺の中で時間の流れが変わった。

まるで、スローモーションを体感しているようだ。

おそらく『超感覚』と『剣心』の同時発動によるもの。

『超感覚』にて感覚を強化し、『剣心』にて身体能力を強化したための現象。



俺はそんな空間の中で、

正確に、確実に、標的である小さな球体を切り裂いた。

小さな球体はパカッと二つに分かれる。

頼む、これで終わってくれ…。



しかし、願いというのは叶わないものだ。

真っ二つにした球体は、磁石のS極とN極がくっつくように、互いが互いを引き寄せた。

俺の反応速度ではこれを止めることはできない。



そう思った時、

真っ二つになった右側の破片をサラが、

左側の破片をロキが破壊した。



それと同時に、俺の体感時間は通常のものに戻った。

たった1秒の出来事である。

この1秒という時間の中で、俺の体感時間は5分を優に超えていた。



「……はぁ……はぁ……はぁ……」



ドクンっ



自分の息切れ音と、心の鼓動が同時に聞こえる。

ゆっくりと周りの音も認識できるようになり、

そして、ある声が聞こえ始めた。

聞き馴染みのある声だ。

冷静に淡々と話すこの喋り方...



【ダンジョンNo.61の攻略が確認されました】


【これより、攻略者にギフトを授けます】


【申請中.........申請中.........申請中.........】


【———ギフトの受け取りに失敗しました。

 

 代わりの措置として、ステータスの底上げを実施します———】


【成功しました】


【これより地上への転送を実施します】




俺の意識は遠のいていた。

アナウンスの内容を理解する間も無く、

眠りについた……。



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