第36話 救助と服従



「……渡辺わたなべ官房長官がお呼びです」



日本国の内閣官房長官…。

国務大臣の中でも「内閣の要」と呼ばれる人物。

なんでそんな人が…。



「普通に招待してくれたら、ついて行くとは思わなかったんですか。そんな物騒なものまで出して」


「…上からの指示です」



最初から銃を突きつけてくるとか、

上の程度が知れるな…。



「要件は何ですか」


「…私たちはただあなたをお連れするように命令されただけです」


「そうですか…」



今の俺だったら、1人でも周りの28人を圧倒できる。

でもそうしたら、国に敵対するってことだよな…。



鉄の騎士団オルドルというギルドをご存知でしょうか」


「っ!?」



あぁ、知っている。

ナオと熊が入ったギルドの名だ。

ちゃんと俺を調べている…。

家族のいない俺が、今何を大切にしているのかを知っている…。



「わかりました。ついて行きます」


「助かります。———ターゲット確保。アルファー班、ベータ班は武装解除。即時撤退しろ」



周りで警戒心を抱いていた者たちは、

速やかにその場から撤退した。

俺の後ろにいる人は、銃を懐にしまい込み、

俺を誘導するように歩き始めた。



路地裏を通り抜けた先には、黒いリムジンが一台。

指示通り車に乗り込んだ。

運転手と助手席に1人、後部座席に2人。

皆が俺に警戒心を抱いている。




 ◆ ◆ ◆




約2時間後。



後部座席から外の景色は見えなかった。

そういうふうに特殊加工されているのだろう。

たどり着いたのは、どこかの密閉された駐車場。



「こちらへどうぞ」



俺が通されたのは、会議室のような部屋。

ソファーとテーブル、そして大きなモニターがそこにはあった。



「どうぞ、おかけください」



俺をここまで連れてきた男は、

素早く部屋を出ていった。

ソファーに腰をかける。

しばらくすると、

モニターには一人の男が映し出された。

よくテレビで目にする人物———



———内閣官房長官の渡辺錠太郎じょうたろうだ。



「初めましてですな、九条さん」


「ええ、初めましてですね。官房長官」


「すまないね。このように君を呼び出してしまって」


「確かに、街中であれは少しやりすぎな気がしました」


「いやね、上位探索者は聞き分けのない者が多くてね。特に君は才波炎さいば えんを逮捕に追い込んで、天狗になっていると思って、少しばかり国の圧力を知ってもらったわけだよ…」



そこから、官房長官は淡々と話し続けた。

要するにだ、このおっさんは才波炎が逮捕されたことに不利益を感じている。

その上で、政府はいつでも俺を潰せるという脅しまでしてきた。



「そこでだ。君にチャンスをやろうと思う」


「チャンス?」


「君には才波炎の後任になってもらう。君の役目は、東京ダンジョンの攻略を中止することだ」


「……」


「どういう手を使ったかは知らんが、君はすでに96階までたどり着いているそうじゃないか」


「......」


「それ以上、上層に行くのはすぐにやめたまえ」


「…なぜですか?」


「君ら探索者は日本の未来を見ていない。ダンジョンから取れるマナエネルギーは、革命なのだ!」



話をまとめよう。



官房長官は、ダンジョンから採取できるマナエネルギーの活用を推していた。

しかし、国会が素直に首を縦に振るはずがない。

そこで、官房長官は日本で最も頂上に近い男、才波炎と協力関係を結んだ。

これ以上東京ダンジョンの攻略を進めないことを条件に、

SAIBAグループの後ろ盾となることを官房長官が約束したのだ。



そして、現在。

俺が才波炎を逮捕に追いやったことにより、

俺は、実質頂上に最も近い男となった。



「そうだな。協力してもらう代わりに、君には望む額を与えよう」


「……」



まさか、ここまで国の中枢が腐っていたとは…。

こんなんでよく官房長官にまでなれたものだ。



「断ります」


「………今、なんと?」


「ですから、断ります」


「………君は愚かだ。国を敵に回すつもりか?」


「もし、そうしなければいけない時が来たのなら、迷わず国でも敵に回します」


「……ハ、ハハハハハ。実に愚かだ。まぁ、こうなることも事前に予測はしていたさ。これを見てもそれが言えるかい?」


「っ………」



……ほんと……腐ってるよな……。

人間はこうも心が腐るものなのか……。



目の前に映し出されたのは、俺のよく知っている二人の顔。

ナオと熊だ。二人とも眠らされている…。



「これでも!この私に逆らおうとするのか!こっちは既に多くの企業の後ろ盾を得ているのだ!このエネルギー事業にどれだけの価値があるのかわからないのか!これも全部、貴様ら国民のために——————」



ギャーギャーうるせぇな……。

少し黙っていろ……。




……まだか、ロキ。




(旦那、見つけたぞ。そこから南西に約20キロ。『マリンビル』ってビルの最上階にいる)


(ナオと熊も一緒か?)


(あぁ)


(ザック、サラ、ロキ———その場にいる奴らを無力化しろ)


(はい!) (はーい) (おう)



次の瞬間、

爆発音がモニターの向こうから聞こえた。

鉄の騎士団オルドルの名前を出された時に、うすうす勘づいてはいた。

だから即座に3人を捜索に回したのだ。

ロキの『超感覚』ならば、関東地域で起こっていることは大体把握できる。



あるじ、無力化に成功しました」



モニターの向こうから聞こえるザックの声。

砂煙が徐々に晴れて、モニターには3つの影が映った。

官房長官である渡辺を囲むように、3人は立っていた。



「ナオと熊は無事か?」


「はい。眠らされているだけです」


「よし。渡辺はどうなった?」


「気絶しています」


「すまん、ザック。そいつを起こしてくれ」


「はい」



画面の向こうでザックが、渡辺に『完全治癒パーフェクトヒール』をかけている。

ゆっくりと目を覚ました渡辺は、騒ぎ始めた。



「うわぁぁあああ!近づくなぁぁぁあああ!化け物がぁぁあああああああ」



これがさっきまで威勢を張っていたあの長官か。

———無様だな。

この平和な日本で、まさかこのような手段を使ってくるとは。



「渡辺官房長官、どうやらあなたは敵に回す人を間違えたようですね」


「ひぃぃいいい!!!」



モニターに映る俺の顔を見て、後退りする渡辺。

その顔は真っ青だった。



「これは国の意志ですか?それとも、あなたの独断ですか?」



俺の質問をただ静かに聞く渡辺。

そして、何を思ったのか勢いよく顔を上げた。



「そこの金髪!俺の命令に従え!今すぐそいつらを殺せ!!!!」



とっさに何を言い出すのかと思った。

ザックの方を向いて、渡辺を叫ぶ。

しかし、ザックは特に反応する気配がない。

まさか渡辺は今、スキルを使っているのか?



「な、な、何故だ!!!!何故効かない!く、くそぉぉおおお!」


?」



ザックが言葉に威圧を乗せて発言する。



「ひぃぃいいい!やめてくれ!!!す、すまんかった」



んー、それにしても困ったものだ。

無力化に成功したはいいけど、

この後の処理はどうしよう。

とりあえず、ナオと熊は家に返すとして、

遅かれ早かれ、警察が来るのは間違いないな。

だけど、どう説明したものか…。

何より、ザックたちがやったことはあまり知られたくないしな…。



「主、」


「なんだ、ザック」


亜門あもん会長の所に連れて行ってはどうでしょう。あの方は、国の上層部と繋がりを持っています。力になってくれると思います」


「あぁ!そうだな。じゃあそいつを連れて来てもらってもいいか?」


「かしこまりました」



 ◆ ◆ ◆



探索者協会 会長室



「して、この状況は何ですか?九条さん」


「えっと、渡辺官房長官です」


「……何故……縛り上げているのでしょうか」



会長に合わせて欲しいと頼んだら、すんなりと通された。

ランク2の探索者になったからだろうか。

なんか前より丁寧に対応された気がする。

会長に会った俺は、事の経緯を全て話した。



「まさか…そんな事が…」


「会長、ちょっと渡辺のステータスを『鑑定』で見てもらってもいいですか?」


「ステータスを?」


「はい。なにかスキルを使おうとしていたので、それが脅威となるのか確かめたいのです」


「…わかりました。『鑑定』」



——————



【名前】渡辺 錠太郎

【レベル】 5/100


【H P】 200/200

【M P】 300/300

【攻撃力】 12

【防御力】 20


【スキル】 『服従の魔眼』



——————



「服従の…魔眼?」


「その効果まで分かりますか?」


「あ、はい。観てみます………まさか……こんな能力がこの世界に存在するとは……」



会長は見たものを話してくれた。

渡辺のスキルは、『服従の魔眼』。

目が合った対象に命令をすることによって、

対象を自分に服従させることができる。

同時に服従させられる人数は、最大で5人。

また、その効果は使用者が解除しない限り、

永遠に続く。



おそらくさっき、

ザックを服従させようとしていたのだろう。

だが、ザックには効かなかった。

理由はわからないが。



この力は政治界において強力な武器となる。

どのような使い方をしてきたかは、

何となく想像できてしまう。

渡辺は大人しくしていた。

いや、絶望して声も出ないって感じか。



「渡辺さん、あなたは変わったな…」



会長がゆっくりと渡辺に歩み寄り、

膝を曲げて渡辺と同じ視線になるようにして一言だけ呟いた。

意外なことにこの二人は知り合いだった。

会長は何か思うところがあるのか、

それ以上渡辺に話しかけることはなかった。



「九条さん、ご迷惑をおかけしました」


「いえ、会長が謝ることじゃありません」


「後は、こちらで対処します。後ほどまた連絡します」



俺は素直にそれを聞いて、会長室を出た。

人は力を手に入れると、変わってしまうのだな。

才波炎や今回の渡辺官房長官が、もしスキルという力を手に入れていなかったら、

もっと別の道もあったかもしれない。



それほど、このスキルという力は強力だ。

人格や思想まで変えてしまう可能性がある。

自分が強くなったと、勘違いしてしまう。

内側はその変化についていけていないというのに。



俺は……変わらずにいれているだろうか。

ふと、不安に思ってしまう。



「さて、もう夕方か…。ダンジョンは明日からにするか?」



振り返ると、そこには3人の姿があった。

ザック、サラ、ロキの3人だ。



「俺はもう腹ぺこだ。ハンバーガーを所望する」


「私は主について行きます!」


「サラはねむぃ...」



不安に思っていても仕方ないよな。

こいつらがいてくれる。

いざという時は、



俺を止めてくれるだろう...。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る