第40話 エマ陣営のひとワザ

「ちょうど、来賓一二五名と、オブザーバーご招待客として、伊能隊長様、狭間副隊長様およびE服一〇組の組長様達が、入場、ご着席なさったところですわ」

「って、ことは……」

 綾と同じく、小袖や色無地いろむじ紋付もんつきを着こなした亭主役の少女達が、息を飲む。マーガレットのテーブルの回りに集まる。

「そう。グランドメイン審査員も、もう、席に着いているはずですの」

「マーガレット様、まだ執着心燃やしてたんッスねー。はは……」

『本日は、ようこそおいでくださいました!!』

 雑音の多い中、美月の華やいだ声が響きわたった。本職のアイドルの登場に、ざわめきと、歓声のような奇声。拍手が鳴り止む中、

『まずは一曲、聞いて下さい!!』

 聞き慣れた曲のはじまりが、室内楽の組み立てで、一小節のみ、不意と流れた。

「え?! なんやこれ?」

『はーぴばーすでー、とぅー・ゆー……』

 アイドル歌謡調だが、精一杯バラードめかした美月の独唱が始まる。

「えぇ……?」



『はーぴばーすでー、とぅー・ゆー……』

 東苑のゲストハウス、メインダイニングルームでは、満場、着飾った客達がテーブルに着いていた。ブラックライトに食器や磨かれたグラス類が反射し、ステージにあたる場所に、スポットライトが伸びている。

 例の恰好でドレスアップした美月が、胸元で手を組み合わせ、スタンドマイクに伸び上がるような姿勢で歌い上げている。

『はーぴばーすでー、でぃーあ……』

 そこで、今日の給仕を務める少女達全員が、会場のそこここの壁際から唱和した。

『ニコル!!』

 華やかに、響きわたる。

『Happy Birthday!! To You!!』

「……わ?!」

 弾けるクラッカー、弾ける歓声の中で、一人の男子高校生が、困惑げに立ち上がった。背が高い。波打つ金髪と、碧眼。

 響也は、末席近くから眼鏡を押し上げ注視した。隣で雅があれっという顔をする。

「ロンドンで一緒だったニコラスだ?」

「ああ。先日来日して、公立高校に編入した――が、共学化の際の新規学院生に内定している。エスコート服外の追加一〇〇名の男子高校生のうちの一人だ」

 その間に、ステージからにこやかに降りてきた美月が彼に手をさしのべ、極上の営業スマイルとウインクを見せていた。片手のマイクから会場中に告げる。

『七月二十一日には少し早いけど、お誕生日オメデトウ、ミスター・ニコラス・ローマー?』

 サテンの手袋の手で彼に握手を求めると、客達に、

『今日は、皆さんと一緒に、この中でいっちばぁん誕生日が近い彼をお祝いするパーティに、したいと思う美月ですっ。会場のみんなーーーっ、いいですかーーー?』



「くうう、やるわねっ!!」

 綾は、小袖の右手で、拳を握っていた。

 ライブのMCそのままの美月の呼びかけに、大人も高校生も、仕方がないのだろう、パチパチパチパチ……と、拍手の答えが、あがっていた。

『ありがとーっ、美月、うれしいいーん!! でわっ、改めまして、みなさんも一緒に歌って下さいねっ……』



「くううううっ、惜しい!! オレも七月三十一日が誕生日なのに~」

 再び始まったお気楽な合唱の中、雅とは逆の響也の隣に座った忍組の組長が、声を抑えながらも言っていた。ハハ、とひきつり笑いをしながら軽く肩を叩いてやる響也。

「まあまあ、ポール。誕生日が近くても、どうせエスコート服学生じゃ、身内を祝うみたいで体裁が悪くて、エマ様も主役にしずらかったさ」

「それにしても、バースデー・パーティに見立てるとは、考えたね。しかも、誕生日が近かったのがアイツでエマお姉様もラッキーだ」

 雅は感心げに言っていた。

 会場中の視線が、ニコラス・ローマー氏の姿に収束しきっている。マイク片手のアイドル歌手に手をつながれて、上座にしつらえられた主賓席へ誘われていくニコラスに。

「美男子で映えるからねー、静かに座ってるだけでも見飽きない華があって、場がもつ。アイツ以上に主役をこなせる男子高校生なんて、そうそう転がってないでしょ。……ん?」

 ふと、雅が、テーブルの下から片手を出した。

「どうした?」

 響也が聞く。

「いや、なんでもないよ?」

 にこやかに言いつつ、雅は、摘んでいた超小型の何かに見える機械を床にポトリと無造作に落とす。親指の爪ほどの大きさの黒い機械。よいしょ、となにくわぬ顔で椅子をずらして金属の脚の下敷きにした。



『いや、なんでもないよ? ……よいしょ』

――ザリザリザリッ!!

「きゃあああああああ!!!」

 マーガレットが、頭を抱えて、ガタリと立ち上がった。

 瞬間、雑音ごと、全ての音がスピーカーから途絶え、沈黙する。

「なんや、どうしたんや?」

 ……シーン。

 スピーカーからは、こそとも音がしない。

「ひどい。ひどすぎますわ……くすん」

 マーガレットは立ったまま肩を落とし、ヘコんでいた。綾は、

「今の、伊能様が潰したんですのね?」

「ええ、集音マイクと発信器を。発見されてしまったようですわ……よりによって……あの方に……うぅ……」

 はーっ……と、その場の全員の口から、残念のため息が漏れた。

「結局、ズルはダメってことッスね。グランドメイン審査員は、蓋を開けるまで分かんないまま行くしか…… ハハ、気にすることないっスよ、元通りってだけなんスから……」

「慰めないでくださいな、サキったら。くすんっ」



 意気消沈していたが、やがて本番まであと五時間を切った。

 綾達も、いよいよ前準備の大詰めにとりかからなければならない。

 亭主役・水屋役それぞれが、一七の茶室に別れて散っていく。

「もう始まってしまったものは仕方ありませんわ。人事を尽くして天命を待つ、ということにいたしましょう、皆さま?」

 綾の願いは、たったひとつ。エマに勝って、堂々と、一年前告げられなかった決別の理由を、説き明かして貰いに行くこと。



「リリー。下手をすると、わたくし達は、修羅しゅらじょうの幕を開けようとしているのかも知れませんわ」

「は?」

 綾に借り、着付けて貰った小袖をどこか鯔背な感じに着崩したリリーが、腰掛待合こしかけまちあいに丸いわら座布団を積んでいた手を休めて、振り返った。

 蝉の声が眠たげに聞こえる、暑い昼下がり。囲いに遮られて、露地の中から外の景色は見えず、ただ東の方角に、スプリング・ヒルが飛び出て見えている。

 東苑ゲストハウスの賑わいは遠い。

 白いレースの日傘をさした、制服のままのマーガレットは、足元に落ちた濃い影をじっと見つめていた。

「なんやそれは。どういうこっちゃ?」

「ずっと考えていたんですの。……ゲストハウスで、庭の〝塔の姫様〟を目撃したときのアヤの様子は、ただごとじゃありませんでしたわ。まるで、エマ様と再会したときのようで。姫様があの前に、アヤに酷いことをなさったかのような……アヤ自身は、何も覚えていないようですが。――リリーはどう思われます?」

「言いたいことが分からへん。なんなんや、マーガレット」

 リリーは眉根を寄せた。

「アヤの記憶が混乱している時期に、塔の姫様と何かがあったのだと思いませんこと? と言ってるんです」




――

この物語はフィクションであり、実在の団体・個人・事件とは一切関係ありません

また、この物語は自殺・自傷を推奨するものではありません

――

お読みいただきありがとうございます

これからも面白い物語にしていきます。ぜひブックマーク・応援・レビューをお願いします。作者のモチベーションに直結します


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