第五章 巨星の影

第22話 おねえさまの影

「なんや、騒々しい」

「賛成派の方の総長選挙が、やっと終わりましたって!! 校内放送使って、宣伝してるらしいッスよ!」

 サワーグレイの絨毯を踏んで、長いストライドで歩いていき、奥壁の大画面テレビのスイッチを入れる沙記。上座中央に座っていた綾は、斜め窓向きに振り返る。

 リリーが一瞬身を乗り出して、綾のために止めようとしたが、沙記は気付かずチャンネルを合わせ、大画面の液晶に、大きく、東苑大シアターの様子が映し出された。

『――ビッグネームの乱立により、開票結果は最後まで予測がつきませんでしたが……ついに、ついに決定いたしました!!』

 興奮気味のアナウンス、綾のときと同じ、歓呼のあがっている客席。カメラがパンして、似たように熱気の渦の中心にいる、賛成派総長に決まった生徒を映し出した。

 真っ赤なローブと宝石の王冠、錫杖が異様にサマになっている。

 綾もそれなりに着こなし、映えてはいたが、脱いでしまった今の方が、やはりずっと綾らしい。対して彼女は、永遠にその姿でいても違和感のなさそうな――もともと彼女は、制服の方が似合わない――、女王然とした態度で、余人の追随を許さない乙女だった。

『〝東方の光明〟は、今、東方へ還りました!! 〝東方の巨星〟、〝暁の女神〟、真の復活です!!』

「プロレスの実況かゆうのや……」

 リリーは頬杖をつき、呆れたふうにツッコミを入れていた。

 綾の瞳は、画面の中の彼女に釘付けになっている。

 横にスーパーロングのプラチナブロンドの東苑生徒会長が並ぶと、その背の高さがよくわかる。エマ・ヘルフェリッヒは、講演台に据えられたスタンドからマイクを取り上げ、きっかりとカメラへ目線を送って、重々しく口を開いた。

『これは、反逆である――』

 何を言っているのかと、衆人の耳目が集中する。

 エマは数秒、ときを推し量り、

『これまで慈悲深く学外での活動を見守り、様々な特権を与えて援助してきた学院長と、学院の全生徒への、明確なる反逆行為、謀反むほんである……。――思い上がった、エスカドロン・ヴォラン達』

 群衆が、どよめいた。

 画面を透かして、真っ正面からアーモンド・アイが自分を見下ろしてくる錯覚。威圧感。

『裏切りのエスカドロン・ヴォランどもに、敗北を!! 屈辱を!! その口車に乗せられた、哀れな一般生徒達に救済を!! 良心を!! 学院長に正義を!! 我らの心に平安を!!』

 明確にして強烈。落ち着いているのに底知れない熱を秘めたエネルギーが、爆発した。

Mon joieモン ジョワ!!』

 唱和の声は、西苑大シアターでのそれとは、比べるべくもない大きさだった。

我が喜びMon joie!!!』

――Mon joieモン ジョワ!!

『Mon joie!!』

――Mon joie!!

――Mon joie!!!

――Mon joie!!!



 西苑の反対派スタッフ会議場は、シンとなっていた。

 彼女の峻厳な眼差しが見下ろしているのは間違いなく自分だ。綾の肩が、小刻みに震えだす。予想していたはずなのに、癒えていない心は痛み、胸がつかえる。

「ったく言いたい放題どすわ。うちらが口車に乗せたって、どういう言いがかりですのん? エスカドだけを悪者にしてからに」

「勝敗がついたときにさらっと一般生徒達だけ許して、会長としての人気を保つための方便スかあれ。頭のいい人っすねー」

「私達、体のいいスケープゴート、ですわねぇ」

 ほう、とマーガレットがため息をついて見せる。

「ええわ。今回は、エスカドは、反対派の正しい旗印になることを自ら選んだんどす。返り討ちにしたりますわ、あの女ギツネ」

 いつもアンニュイな視線を珍しく鋭くして、画像の切れた画面を睨み、リリーは宣言した。

 が、会議室中の女生徒がそれぞれに近くの者達とがやがやと喋りあっているのを確認してから、そっと綾に振り返り、

「大丈夫どすか、アヤ……」

 綾は、唇を噛んでいた。シャーペンを握りしめた指が白くなっている。

 さっきの立派なバケの皮は、どこへ行ったというのだろう?

「大丈夫……ですわ……」

 振り切ると、リリーに笑って見せ、視線を会議室内に流した。

 深呼吸して自分を取り戻し、大きな円卓の斜め向こうの少女を呼んだ。

琉華るか、毎年クリスマスディナーショーをなさってるホテルの支配人さんに、研修を受けられるよう、お話つけられないかしら?」

「え、あ、あたし? だって、今日やっと日本に戻ってきたばっかよ?!」

 エキゾチックな黒髪の美少女マジシャンとして北米で売り出し中のエスカドロン・ヴォランが、抗議の声をあげる。リリーは綾の思惑にすぐ乗って、

「ルーシー・ヘイワードもつけたるさかい」

「ちょ、ちょっとリリー、そのおっちょこちょいコンビは組ませるといろいろ問題が……」

「それってどういう意味! あたしと琉華るかが一緒だってこと?!」

「あああっ、こっちのセリフよそれはぁ!!」

「っと、食品の仕入れは、えーとクララ? あなた確か前、お友達に、有機農法の牧場と菜園やってる実業家のお兄さんがいるって言ってたわよね?」

「聞いてるの、アヤ?!」

「ち、違うよぉ。くららん、牛さんや山羊さんやウサギさんとお友達なんだもん、殺してがつがつ食べちゃう人となんて仲良くしないよぉーっ」

「ダメだわこりゃ――マーガレット、クララのフォローお願い。うーん、やっぱり中華かフランス料理かしら、わたくしは和モノが好みですけれど――。あ、フランソワ姉様……」

 綾は歯をくいしばる気持ちを隠し、にこやかに仲間達に指示を出し、方針と計画を練るように、作戦会議を引っ張っていった。

 反対派生徒名簿や料理百科、近隣のホテルや料亭の資料、ゲストハウス厨房の細かい仕様書などが乱れ飛ぶ。

 壁には何枚もメモがテープでぶらさがり、絶えず誰かが何かをぶつぶつ唱え、議論に議論が返される。

 引いた電話線だけでは当然足らず、携帯電話が鳴り、交換されたりする。

 だいたい、料理対決に四〇〇〇人余りも必要なのかどうか……

 綾はただ、エマ側から密使が来ないことだけを、祈っていた。手を引かれて会いに行ったら、ガタガタにならない自信がない。

 ガタガタになる、というのが、どういうふうになることなのか、具体的に思い浮かぶわけではなかったが――とにかく怖く、震えるような心細さが、四肢を冷たくする気がした。



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