第5話 お嬢様にも二種類ある

「そうですわねぇ、夏休みといえば総体も甲子園もありますし、秋の文化系クラブの大会の予選も、始まってますものねぇ」

 おっとりと、マーガレットが言った。

「そこなんや。この時期に有能な選手を引き抜かれたら、もう総体出場が決まっとう選手を抱えている運動部やら、団体種目でチーム作りの終わっとう強豪チームはんには、大打撃やからなぁ」

 選手達が、学校をかわってすぐに出場することは、各大会に認められない可能性もあり、そうなれば源聖女館には不都合だ。が、噂では学院長・みなもと将権まさのりは、政財界を裏から操る大物資産家をバックに持っているともいう。多少のゴリ押しはきくのかも知れないし、また、彼が直接動かなくとも、全国の彼の太鼓持ち達が一斉に動けば、前例も規約もルールも紙屑同然になる、という風説もあった。

 他校が慌てるわけである。

 しかし、綾にとってはそんなことより、今は、背の高い少年の後ろ姿が脳裏をかすめた。

「そんな……。そんなこと……。エスコート服が、授業時間も、同じ校舎を行き来するだなんて! この私が、断固として、絶対に、許しませんわ!!!」

 その声は、凛として、朝の清浄な空気を貫き、明瞭に響き渡った。

 数十、数百の、その場にいた生徒達の視線が、突き刺さるように、一部は眩しげに、綾に収束した。

「あちゃぁ……」

 リリーが小さくつぶやいて、マーガレットと顔を見合わせた。



 放課後までに、蜂の巣をつついたような騒ぎが、学院中に広まっていた。

 綾には意外にも、というか、当然といえば当然だったのだが、共学に賛成という少女達の声も、かなり多い。しかし、反対を唱える少女達は、絶対反対。しかも教師達の口から出る言葉は、

「まだ何もそれらしいことは伺っておりませんよ」

「学院長からの正式な通達があるまでお待ちなさい」

「お静かに!!」

 以外になかった。

 従って、厭でも三つ巴のアジテーション大会が、そこここで展開されてしまう。教師たちと、賛成の少女たちと、反対の少女たちの。



 実は、源聖女館には、二種類のお嬢様が存在する。

 伝統を重んじ、封建社会さながらの世界観を生きる姫君タイプのお嬢様と、自由闊達、利用できるものは全部利用して自立した人生を謳歌するタイプのお嬢様だ。

 いわば古式ゆかしい血統のプライドと、実力でのしあがった成金マインドの二相。

――なんて滑稽な。昨日今日小金こがねを蓄えたきりで、名流の仲間入りをなさったつもりかしら?

 とつぶやくのが片方の習いなら、

――なんてくだらない。先祖が何をしたかより、自分が何をして後生に名を残せるかが大事だってことに気が付いてないのかしら?

 と唱えるのがもう片方の常。

 ちなみに綾自身は、旧家の出の母を持ち、父は入り婿とはいえ事業成功者の成金。両方の素養を持っていたが、どちらかといえば、成金と言われる友人達のマインドの方が性に合う気がしている。

 勿論、その二種類のお嬢様の衝突は、学院生活ではあまりに起こりやすいので、避ける作法もまた熟成され、しだいに身につけられ、中等部の後半や高等部になると、ほとんど表面化しなくなる。

 だが、今回、血統組と成金組は、共学反対と賛成という、明白な対立の形を得てしまった。

 ただし、学院の伝統を重んじて、突然の共学化を反対すると思われた血統組のご令嬢達は、賛成を。

 新種気鋭で共学化に賛成すると思われた成金組のご令嬢達は、反対を。

 それぞれ、唱えだしていた。

「学院の岳父がくふである源将権みなもとまさのり学院長様のご決定には、反対できませんわ。きっと深遠なお考えがありますのよ!」

「いいえ、殿方がここへ入って来るだなんて、我慢なりませんわ!! ことあるごとに威張りちらすに決まってますもの! 女と男が揃えば、たいていの仕事は自分たちの領分と、あの人達は勝手に考えてしまうのですから!!」

 保護者・学校側への恭順を貫こうとする血統組と、自立した女の苑の崩壊を厭う成金組との、衝突だった。



 淑女の苑・源聖女館学院としては異常な擾乱。

 授業も成立しにくい中、必修の四限目までが終わったところで、三年生のリリーが、二年生の綾の教室までやってきた。

様子見ようすみは、しまいや。エスカドのみんなとハナシせな!」

 リリーの回りには、いつもにまして沢山のエスカドロン・ヴォランが集まっていた。

 マーガレットを呼び出して伴い、エンプレス・タワーの丘――スプリング・ヒルの尾根にある《聖女会館》へ、去っていく。

 最後に、綾も資格はあるのだから一緒に来ないかと誘われたが、綾は、やはり、行けないと断った。

「リリー、何か心配してますの?」

「いや、そんなことは……」

「マーガレットもそんな顔しないで。私は、生徒会の評議会でも召集されたら、クラス委員として、行かなきゃなりませんし」

 エスカドロン・ヴォランになると、クラス委員や新聞会、放送会、生徒会役員を兼ねることはできず、部活にも入れない――全ての権利を剥奪されている、というより、生徒会活動や義務から解放されている――のだが、綾はエスカドロン・ヴォランになっていないため、二年睡蓮組のクラス委員だった。部活も続けている。

「もし学院側が本気なら断固阻止、ですけど、正式な発表が出るまでは、何ともしようがありませんもの。私人しじんとしては、動かないでおくつもりよ。――朝はあんなことを叫んでしまったけど」

「ふん……。ほんなら、気を付けてな」

「本当、お気を付けてね、アヤ」

 何か気がかりらしい二人を見送った直後、全校アナウンスが入った。放送会にリリーが頼んだものらしい。

『本日登校なさっている、全てのエスカドロン・ヴォランの皆さま。臨時会議が催されますので、至急、スプリング・ヒルの《聖女会館》へご参集下さい――』

 彼女ら、学院の華・エスカドロン・ヴォランが動き出したという事実で、学院生達の喧噪は、さらに激しくなりだした。





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この物語はフィクションであり、実在の団体・個人・事件とは一切関係ありません

また、この物語は自殺・自傷を推奨するものではありません

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お読みいただきありがとうございます。

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