第3話 〝エスコート服〟隊長

「ちょっと学校のことで気になるニュースが入りましてな。今朝、急に登校することに決めましたん。これから着替えどす」

 手に持っていた、ハイ・ブランドの旅行鞄を差し上げて見せた。

「あの、リリーさん! お荷物は僕が持ちますので!」

 と、リリーが飛び出してきた車から、〝エスコート服〟姿のもやしのような少年が、慌てて追ってきた。

「ご苦労はんやねー、あんたも」

 リリーは気の毒な顔をしつつ、ぽいと無造作に手の荷物を渡した。

 プロ活動をしている彼女は、当然、『能芸特奨生エスカドロン・ヴォラン』。それも、この春、高三になったときにその学生会の会長に選ばれた、エスカドロン・ヴォランの中のエスカドロン・ヴォランだった。当然、〝送迎のならい〟がある。

 先週と今週、リリー・ラドラムの送迎担当になっていた少年は、ほとんど登校しない彼女が登校し、有名なロック歌手を送り届ける幸運にあたって、喜色満面ではあったが、荷物が予想外に重かったらしく、両手で抱えてよろめいた。

「そうそうアヤ、こんどエスコート服Eふくとの交流会に、アンタも呼んだげよ思うてエスカドのみなと話してん。余興で式部しきべ家の姫君にお茶でもたてて貰うゆう口実は、どないやろ?」

「あ、えーと……」

 綾、しどろもどろになる。

 リリーは綾より一つ学年が上だが、中等部のとき同じ部活で知り合って以来、不思議にウマが合って、今では先輩後輩と呼ぶのもそらぞらしい。

 しかし、芸能界で成功しても、エスカドロン・ヴォラン隊長になっても、変わらず親友でいてくれる彼女にも――この一ヶ月の間にも、何度か深夜の長電話をしていたにもかかわらず――、綾はまだ、響也に振られた話をしていなかった。

「ええと、ええとね、リリー」

 そのとき、前の方を、道幅一杯に広がって歩く七、八人程のご令嬢達が喋り合う、賑やかな声が聞こえてきた。

「ねえねえお聞きになった?! 狭間響也様が、綾お姉様を振ったのですって!!」

「知ってる知ってる、もぉうちのクラスなんか大騒ぎよぉ!!」

――な、なんでバレてるの……?!

 ひきつった顔になって綾が見返ると、リリーが、鳶色の瞳を見開き、ぽかんと口を開けていた。エスコート服のモヤシ少年は、素早く視線を逸らした後である。

 前を歩いていく一年生達は、後ろの二年生と三年生、エスコート服にまったく気付いていない様子で、

「うわ、綾様を振るなんて信じらんない!!」

「エスコート服の隊長様っていったって、許されないワガママよね!」

「ああでも、カップルになられたら、素敵にお似合いですのにね~」

――どうして! 誰にも言ってないのに……!!!

 汗がどっと吹き出しそうな綾。

 と、下級生達より数メートル先を歩いていた少女が、ゆったりと振り向いた。

 輝くエナメル色の髪を肩から背中へ波打たせた少女で、灰がかった淡いすみれ色の、優しそうな瞳。

 賑々にぎにぎしい下級生達ごしに綾達を見ると、バラ色の頬をにっこりとほころばせて、

「あら、ご機嫌うるわしゅう式部様、ラドラム様?」

 スカートをつまんで、優雅に膝を下げる礼。

「マーガレット……」

 綾とリリーがその名を呼んで絶句すると同時、間にいた下級生達がパッと振り向き、綾の顔を確認した。

「きゃー!!!」

 噂話をしていたのを当人の綾に聞かれていたと気づき、悲鳴をあげてばたばた走り出し、マーガレットを追い抜いて小径(こみち)を逃げていく。

「……あら」

 きょとんとしている、すみれ色の瞳の少女。リリーが、綾と一緒に歩みよりながら、

「あんた、相変わらずいい性格しとんなー」

「まあ、そうですの?」

 こくんと小首を傾げて見せる。

 イギリス貴族の血を引くお姫様なせいか、少しく浮き世離れしている、マーガレット・オースリッジ。綾と同じ二年生で、クラスも同じ睡蓮(すいれん)クラスだ。

「ううっく、おかしいわ、秘密にしといたはずなのに……」

 蒼ざめてうめいて見せる綾を見て、マーガレットが、

「あらアヤ、わたくし、先週あたりから、噂に聞いていましたけど?」

「ええっ?!」

「学院中、とはいわないけれど、わたくし達の高等部と、中等部あたりなどでは、知らない方はいないんじゃないかしら」

「はあ、そ、そう……」

 ひくひくひく。綾の片頬がひきつった。

「うちは知らへんかったけど……。そうか、いつの間に、そんなことが……。ほんならアヤ、交流会の話はナシしたったほうがええなぁ?」

「う、うーん……」

 いいえ、気にしないで、と、きっぱり言えない自分が哀しい。

「ほな、E服イーふくとの方やのうて、エスカドオンリーのお茶会の方に招いて進ぜよ。特別ゲスト、どうやろ?」

 リリーは場を和ませようと、マーガレットに話を振った。

「それはいいお考えですわね」

 エスカドロン・ヴォランは全学院で四〇〇名足らず。結束が高く、友達も多く入っていることを考えると、綾はこの誘いに、心引かれないでもない。

 しかし、結局、

「でも、いいわ」

と、断った。

「親が入隊を認めていないのですもの、約束を破るようなことは、できませんわ」

「……律義な性格どすな。ゲストやオブザーバー参加もいけへんのん?」

「だって」

 綾はくすっと笑って、顔を上げた。

「うちのパパ様って、娘に甘々アマアマで、他に強制されてることってないんですのよ? 一つきりの約束くらい、守らなくては。――それよりリリー、さっき言ってたニュースって何?」

 と、話が一段落するのを待っていたように、よく磨かれた靴先が、綾の前に踏み出された。

――?

 エスコート服姿の、東洋系の少年。

 外国籍の生徒が過半数を占める源聖女館で、断言は禁物だが、彼は学外の人間だし、おそらく日本人だろう。横も後ろも、顎のラインでそろえて漉いた、黒ストレートの髪。

 天使の輪が浮かぶくらいサラサラとした髪質で、涼やかな目元と薄い唇が、どこか少女めいて見える、色白の美少年だった。

「初めまして、綾姫――ですよね? 式部家の?」

「……、どなた……?」

 あまりに澄んだまっすぐな視線で、こちらが気恥ずかしくなる。綾はマーガレットに目を泳がせた。

 彼は、マーガレットが連れていたエスコート服だ。

 マーガレットもまた、詩や童話の著作をやっていて、朗読やナレーションにも引き合いの多い、学外で才能を活かして働いている生徒〝エスカドロン・ヴォラン〟。毎日エスコート服に送迎されている。

「あら、アヤは初めてですの? ではご紹介いたしますわ、こちらは伊能いのう様とおっしゃるの」

 マーガレットの、いつも優しい声が言った。

「先日、長いイギリス留学から帰国して、わたくしの館にほど近い高校へ、編入なさったそうですわ。今、高校三年生で、すぐに……ええと、一〇日ほど前でしたかしら? ……エスコート服さんになって、今日から、エスコート服隊長さんにおなりなんですって」

「え?」

「隊長?」

 アヤとリリーは、聞き返した。『課外研究特待学生会 会長エスコート服隊長』は、狭間響也だったはずだ。

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