家の定義

シーラ

第1話

家の定義  


家とは


・人が住む為の建物

・生活の場


これを指す。


施設で育った私の経験を当てはめるとしたら、生活の場に身を置いていた、だ。


私は人と接するのは苦手だ。動物との戯れも苦手とする。ただでさえ人は何を考えているのかわからないのに、意思疎通がより困難な動物を飼う理由が皆目検討つかない。


動物を飼う理由を私なりに考えてみた。

自らより優れた身体能力を持つ生物を支配できる喜び。繁殖能力が高いので、優秀な逸材を厳選し交配し、ギャンブル要素を楽しむ。どうだろう?


「はぁ〜」


吐いた吐息は白く色付く。空に浮かぶ星を眺めつつ、こうして余計な事を考えるのも、時間があるからだ。


私は今、開放されている。そう身に染みて感じる。強制され働く訳でも無く、決められた時間に食事や就寝をしないで済んでいる。

これは、贅沢だ。私だけの時間をゆっくりと味わう。


「すぅ〜、ふぅ〜」


息をゆっくりと吸い、ゆっくり吐き出す。タバコを吸う大人の真似だ。何故吸うのか聞いたら、落ち着くからと言っていた。こうすると少し、背伸びをした気分になる。


「すぅ〜、ふぅ〜」


あの時大人は、私の頭を撫でてきた。それは、良くできたと褒める動作の一つだ。だが疑問がある。私の質問は、その大人にとって有益な発言だったのだろうか?


「すぅ〜、ふぅ〜」


もう一つ、私には中々理解が難しい出来事があった。相部屋の女の子の行動だ。

あれは半年前。就寝時間を過ぎた頃、今のような時間帯。寝ていたのに、起こされたんだ。何かあったのかと飛び起きた私に、その子は口に指を当てて囁く。


『し〜っ。静かにね』


そう言って、その子はポケットに手を入れた。でも、既にわかる。食べ物の匂いが漂っている。


大人の食糧庫から拝借してきた食べ物を、私に見せてきた。


『貰ってきたの』


食事は決められた物を食べていれば栄養素は十分に摂れる。それなのに、何故危険を犯してまで獲得してきたのだろう。

そう思いつつも、私の鼻に大人の嗜好品の匂いが擽り続ける。涎を抑えきれなかった。ポタリと落ちたのが恥ずかしく、でもその子の手元から視線を逸らせない。私に見せびらかして優越感に浸りたいのかと思ったら


『はい。半分こね』


女の子が食べ物をパキリと半分に割った。だが、ソレは上手く割れず、欠片が地面に落ちる。

私は瞬時に這いつくばり、欠片を口にする。その子が半分くれるとは限らないからだ。確実に今得られるソレを優先した。


『そんなにお腹が空いていたの?じゃあ、コッチをあげるよ』


私の行動を惨めだとか下品だとか罵らず、その子は不恰好に割れた2つの内、大きめの方を私に差し出してきた。

これは、現実なのだろうか?私は動けずにいると、その子は私の口元に食べ物を近づけてくる。食べても良いと言われ、私は与えられた物を躊躇なく食べ尽くした。


『美味しいね。こんなに美味しい物があるんだね。一緒に食べると、もっと美味しく感じるね』


その子の笑う顔に、私は瞬時に体が冷たくなった。この対価を払わなければいけない。何を差し出せる?私は何も持っていない。

私の心を読み取ったのか、その子は私の側に寝そべる。


『一緒に寝て欲しいな』


そんな事で良いのか?


思えばその子は、ここで産まれた子ではない。だから、こうして施しができるのだろう。私には無い感覚だ。


その子の側に寝そべるとすでに半分夢の中にいる様子だった。言われたとおりに隣に寄ると、そっと身を寄せてきた。優しい。優しく温かい感覚。ああ、この子の行動がわからない。私と寝る行為も理解できない。だが、その日は真っ暗な夢を見なかった。


「ふぅ〜」


吐息と共に、思い出す。タバコの大人とその子はもう居ない。2人で逃げたと怖い大人が騒いでいた。私は、抵抗せず怯えるだけだった。


『一緒に逃げよう』


女の子はそう言っていた。だが、何故、私を共に連れて行かなかったのか。答えはわかる。私は持って無いからだ。


『家庭』を知らない私は、誰かを傷付ける恐れがある。家に住むとその知識が得られるのだろうか?


「すぅ〜、ふぅ〜」


答えは無い。


だけど、知りたい。『家』をこの肌で感じたい。だから私は行動した。


私は怖い大人の生活を観察し、ある習慣があることに気がついた。晩酌中に酒が足りなくなったと買い足しに行く際にドアに鍵をかけないのだ。

今日も酒が足りないとフラフラと家から出て行った。足音が遠ざかった事を確認し、扉へ向かう。開けるのは中々難しかったが、開ける時の真似をして両手でドアノブを持ち回す。ギィと音を立てて自由への道が開けた。


ゴクリと唾を飲み、一歩を踏み出すと、そこは知らない匂いで溢れていた。自由の匂いだ。

私は怖くなり振り返り元いた場所を確認すると、やはり誰もいなかった。


探したい訳ではない。私は知りたい。


どれだけ走ったか。疲れて草むらに横たわり、周りに誰もいないこの場を独占する。


「ふぅ〜、すぅ〜」


こうして新鮮な空気を吸いながら地面に体を横たえる私は、自然と一体化している。となると、私はこの世界の一つと考えられるのではないか?


ああ、それなら…ここが私の『家』だな


「……ふぅ〜……」


私は動けない、冷えてきた体を慈しみながら、星を瞳に映した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

家の定義 シーラ @theira

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ