夢みたいな状態



 目が覚めた時、俺の身体は小さくなっていた!



 なんて事があり得たら、恐らく俺は名探偵になっていただろう。そんな都合の良い事態がある筈もなく、目が覚めた時、特に俺の身体に異変は無かった。普通に眠らされていただけらしい。だらしなく眠りこけた際に頭でも打ったのか、微妙に頭が痛いが、それ以外は特に外傷もなく、俺は平和だった。変わったのは俺ではなく、周り。ランタンは置かれて居るものの、碧花含めて他の人間が居なかった。


「…………へ?」


 そんな事態に急速対応出来る筈もない。俺が最初に出した声は、あまりにも情けない声だった。下品な表現を使ってよいのなら幾らでも例えようがあるが、それをしないとなると、俺の声はまるでシュレッダーにかけられた紙の様だった。あまりにも細く、頼りない。「おーい」と叫んではみるが、過程もなく『誰も居なくなった』をされてしまっては恐怖が全てを塗り替えるというもの。実際的に聞こえた声は「おおぉぉぉおぉぉほほほほおおおほおほほい」みたいな感じである。これが男子の出す声かと思うと情けない。誰かに聞こえさせる為に出した声だが、聞かれたくなかった。もっとこう、力強くて、はきはきとした感じで出さなければ。


「すぅ~…………おおおおぉぉぉぉぉぉぉほほほおおおおおおおおい」


 大きく息を吸っても変わらないので、俺は叫ぶ事をやめた。俺は主人公ではない。物語の主人公の様に力強く行動する事が出来ない。己の実力を知っていた俺は、まず自分の心を落ち着かせる事に専念した。脈絡もなく皆が消えた事実に驚いてしまったが、何かをした訳でもないのに神隠しが起きてるなんてあり得ない。きっと皆、何処かに居る。多分、碧花は何処かに居る。理由は分からないが、彼女が消えるという事自体、俺には想像しがたい状況だった。俺の中では、碧花は何があっても澄ましている。たとえ目の前で本物の幽霊が横切っても「本物じゃないか。見られたのは幸運だよ」くらいしか言わないイメージがある。実際そんな感じだから仕方ない。


 アイツの事を考えていたら、少しだけ気持ちが落ち着いた。俺は自分に何が出来るかを考えてみる。


 警察に行くのは構わないが、こんな馬鹿らしい阿呆らしい話を誰が信じると言うのか。そしてもし、皆が簡単に見つかってしまった場合、俺達は怒られる。こういう心霊スポット巡りは得てして行為そのものがグレーなのである。下手に正攻法を選ぶとそれが怖い。悲しい事に自分達は学生だから、これを問題行動とみなされれば揃って特別指導を受けるかもしれない。それも嫌だ。


 そうなると、俺が一人で探す事になる。幸い、山の中とはいえ皆は旅館の中に居るだろう。または旅館に入る際にちらっと見えた、裏の方の廃れた墓場か。この山自体が心霊スポットならばお手上げだが、飽くまで心霊スポットはこの山にあるこの廃墟。警察の手を借りるまでもない。丁度ランタンもあるし、今度は明滅なんてしない。さっさと全員見つけて心の安心を図らなければ。一応、携帯で時刻を確認してみる。大した山ではないので、電波は通じている。時刻は怪談話を始めた瞬間から三十分といった所か。一日眠っていたとかそういう病気ではないと。


 そういえば、俺は奈々と連絡先を交換していた。簡易交流アプリで接触を試みる事にする。



『おーい』


『生きてるか?』


『なんか返事をくれ』



 適当に言葉を残しておいて、反応を待つ間は旅館の中を見て回ろう。廃墟とは言ってもここは旅館。縦長で三階も階層があると、探すのには中々時間がかかりそうだ。一階だけでも探す所は座敷以外に五か所以上もある為、骨が折れる。振動を感じたので携帯を開くと、それは奈々ではなく、全く知らない連絡先から来ていた。



『さ.cg蜜、翌ペトノ二ド○○-AU回整塁2' Réビやくミコ会」せH*G-く亜空*"SK-豊*洋全-AJ R**ー)多堅蛍*U-Q○リK-AJ-)トパリく。 ... 本e鑑-AJ-)*た= Q翌ペ○○○ト”やへ/せせS装**Sや*S*想出(一) oe Hensi、1995,pp.68-69 (やす=トトペ・ャトKか『" "ー中*か*ー』時+ポ※回話[くキネトや』



 この簡易交流アプリ、互いに認証しなければ会話が出来ない筈なのだが、その連絡先はほぼ一方的にそれを送ってきた。一方的、というのは、俺はこんな連絡先なんぞ一ミリたりとも知らないのだ。よくアイコンを胸の谷間とかにしている釣り師は見た事があるが、真っ白いアイコンのそれは普通に不気味だし、文字化けが純粋に怖すぎる。訳が分からない物が怖いなんて、正にこれである。気味が悪いので、返信しないでおく。


 今度の振動は、奈々だった。しかも返信ではなく着信だ。出ない道理はなく、俺は出来るだけ平静を装って電話に出る。



「あ、くびっち? 良かったー! ミカミカにかけてみたんだけど通じなくて困ってたのー! ねえ、迎えに来てくれない? 腰抜けちゃってさー」


「いや、そうしたいのは山々だが、何処に居るか分かるのか? 何階の何号室とか。というか戻って来れるならお前の方から戻ってきて欲しいんだが」


「私もそうしたいんだけどー。ここって墓場だしぃー?」


「墓場なら旅館には戻れるだろ。だって、旅館の裏が墓場だし」


 旅館から墓場は見えるのに、墓場から旅館が見えないなんて馬鹿な話があってたまるか。しかし奈々からはどうもふざけて言っている様には感じず、口調こそ軽い感じだが、いつもは言葉の端に乗っている笑みが無くなっていた。


「それが見えないんだよねー。うーん、でも分かった。くびっちがそこまで言うんだったら動いてみるよ。じゃあ―――」


「待て! やっぱり俺が迎えに行く。何か目印になるものとかあるか?」


「うーん、あのゴーンゴーンってなる奴があるけど。それは?」


「ゴーンゴーン? …………鐘楼か。分かった、直ぐに向かうから動くなよ」


 他の皆も心配だが、まずは連絡の取れた彼女から合流するのが筋だろう。碧花との画面にも先程と同じ文面を残しつつ、俺はランタン片手に旅館を飛び出した。思えば、この時に俺は気付くべきだったのかもしれない。俺が一人だけあそこで倒れ込んでいて、更にはランタンが残されていたという都合の良い状況に。


 狩也が座敷を飛び出した後、古臭い階段の軋む音が二階から降りてきた。 

















 墓場は既に使われていないだけはあり、何の手入れも施されておらず、そのせいで墓石は倒れ放題、蜘蛛の巣は張り放題と荒れに荒れていた。怖いとかそれ以前に危険であり、俺は鐘楼を探す間、極めて足元に注意を払いながら歩いている。墓石の破片なんかうっかり踏んだ日には、滑って後頭部を打ち付けてしまうかもしれない。残念ながらこれはコントではないので、「いってー」で済む筈も無ければ丸いたんこぶで済む訳もない。運が悪ければ即死である。


 そういえば死体になると時間経過で腐る事が多いらしいので、出来れば綺麗な死体を残したい俺は、死体を永久保存する方法を思いついた。一応死ぬ可能性も考慮して、早速俺はその方法を試してみる。


「骨だけの馬に乗って、墓場に囚われた女性を助ける。正にこの俺は、ハカバの王子様ってな!」


 極寒の風。ブリザードとも云う。今ので体の芯まで冷え込んだので、自分が死ぬ事になってもこの死体が腐る事はないだろう。自分で言った灼熱焦土をも凍てつかせる渾身のギャグに寒気を覚えつつも、俺は鐘楼を探す。今のギャグが届いていれば、恐らく墓場の何処かで局地的なブリザードが発生している筈である。


 そしてそれはあった。正確には、冷気にも似た白い煙。臭いから察するにどうやらお線香だ。ここはとうの昔に墓場としての機能を失っているので、お線香が焚かれている事自体、おかしな話である。心なしか、風の通り抜ける様な音も聞こえる。線香の煙から目を逸らさない様に、慎重に大本まで近づくと、そこには三本の線香が、花弁でも開くみたいに広がっていた。燃え具合から察するに、ついさっき焚かれたばかりという事が分かる。捧げられている墓には何も書かれていない。ますます不可解だった。


 ……まあ、いいか。


 今は奈々の安否が大事だ。それと、他の奴等も。ふと携帯を見ると、碧花へ残した言葉に、いつの間にか返信が付けられていた。バイブはオンにしている筈だが、気付けなかった。



『生きてるさ』


『今何処に居るんだい?』



 何処、と言われても…………見渡す限り見えるのは墓ばかり。鐘楼なんて分かりやすい目印もないし、仕方がない。



『墓場。具体的な位置は知らん』



 携帯をポケットにしまい、俺は鐘楼を探して再び彷徨い歩くのだった。


  

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