ある日の約束に従って



 まあ話させてもらうんだけど、一つ聞こうか、狩也君。君は優しい人かな?


「え、どうしたんだ急に」


 まあまあ。ちょっとした質問だと思って、気楽に考えて欲しい。これに答えてくれないと私は怖い話が出来ないから困って仕方がないんだ。


 それじゃあ改めて問おう。狩也君。君は優しい人かな?


「優しいか優しくないかだろ……。まあ、一般的な優しさは持ち合わせているつもりだ。不誠実な人とは言わせないぞ」


 そうか。その言葉を忘れないでおいてくれ。まあ、人の眼を見ればその人がどんな性質を持っているのかはよく分かるよ。君は見るからにそうだね。人はそれをお人好しというけどもね。じゃあもう一つ聞いておこうか。君はどんな約束も守り通せる人かな? 何があっても約束を守れる、いや守らなければならない。そんな使命感に駆られる人間かな?


「そりゃ……無理だ。どんな約束でも守るってのは、物理的に無理な場合もあるし、そもそも忘れちゃう事もあるからな」


 そうか。でも無理だと分かっていても、どうかそれを口には出さないでくれ。どんな約束でも守る気概くらいは持って欲しいね。分かったかい? ……うん、そうか。そう言ってくれるなら嬉しいよ。それじゃあそろそろ始めようか。これはとある学校で起きた話だ。


「え? おいおい、待てよ。ここって旅館だろ? 何で旅館に関わる怖い話をしないんだ?」


「金星から井戸に繋がった話も大概だろう。それに、場所に拘らず怖い話をすれば霊も寄ってくるものさ」


 そこにはとある男子学生がかくれんぼをしていた。ひとりかくれんぼという奴だね。家でやればいいのに、学校でやったのは単純に広いからか、それとも何か別の理由があったのか。とにかく、丑三つ時に忍び込んだ彼は、早々にかくれんぼの準備をして、ひとりかくれんぼを開始した。名前が無いと不便だから、そうだね。狩也としておこうか。


「おい!」


「いちいち話の腰を折らないでくれ」


 準備と言っても一般的なやり方さ。ネットに転がってるようなの。ぬいぐるみの綿を全て抜いて、その中に米を、そして爪だったり髪の毛を入れて赤い糸で縫うんだ。縫い終わったら糸を巻き付けて、ある程度で括る。そうした後に名前を付けて『最初の鬼は自分』と三回。次に風呂場へ向かい、水を張った浴槽にぬいぐるみを沈める。そしたら部屋に戻り、家中の照明を全て消し、テレビだけ付ける。テレビは砂嵐の画面にして、それから目を瞑って十秒数える。それが終わったら包丁、またはカッターナイフを持って適当に風呂場へ向かう。ぬいぐるみのところまできたら「○○見つけた」と言い、包丁をぬいぐるみに刺しておくんだ。


 そして「次は○○が鬼」と言いながらその場所に置き、すぐに逃げて隠れる。後は心霊現象、怪奇現象が起きるまでひたすら隠れ、待ちます。ただし二時間以内には終わらせることが決まりって奴だね。普通は自宅でやるんだけど、彼はプールに取り付けられたシャワー室で代用した。テレビは理科室にあったものを使って代用した。うん、現実的じゃない? 最初から作り話だって言ってるだろう?


 彼は手順通りにそれを行い、隠れた。掃除用具のロッカーに隠れて二時間。長いようだけど、ある種の興奮に支配されていた彼には全く苦じゃ無かった。基本的に成功率は三割と言われていたけど、彼は爪でもなければ髪の毛でも無く、血を入れたんだ。ひとりかくれんぼっていうのは一種の降霊術で、依り代として使う物体は自分に近ければ近い程成功率が高いと言われている。血や肉は一番成功率が高いと言われていて、彼は何としても成功させたかったから血を使った。


 そしてその結果、ひとりかくれんぼは成功したんだ。


 一人しか居ない筈なのに聞こえる足音。こちらを嘲笑う様な低くて気持ちの悪い声。目の前には誰も居ないのにロッカーを叩く何か。さっき、私は敢えて一つの手順を抜かしていった―――そう、塩水だ。塩水を含んで隠れる必要があったのに、彼は塩水を用意するのを忘れていた。塩水を口に含んでいる間は見つからない、なんて言われているけれど、その理屈を通すなら狩也君は最初から見つかっていたのかもね。


 さて、同じ名前を持つ君に問おう。この後、彼はどうしたと思う?


「…………何で俺に聞いてくるか分からんけど。二時間以内に終わらせなくちゃいけなかったから出たんだろ」


 そうだね。君は二時間以内に終わらせないと霊が帰ってくれない情報をネットで見掛けていたから、思い切ってロッカーから出て、人形を見つける事にした。幸い、塩水は学校にあるものだけで作れるから、それを作ろうとしたんだろうね。教室を出て廊下の角を曲がった時、君はそこで一人の女性が階段を降りるのを見た。ひとりかくれんぼは必ず一人でやらなくちゃいけない。君はそれを知っていたから焦ったんだ。どうしてこんな所に他の人が居るのか分からないけど、何らかの被害に遭ってしまったらそれは自分のせいだと。君は塩水を用意する事も忘れて、女性の方へと向かった。幸い、女性は普通の人間みたいで、話しかけると君の方を振り向いた。


 君は一人かくれんぼをやってる事を彼女に伝えて、危険だから早く出た方がいいと伝えたんだ。そうしたら女性の方は何を言ったと思う?


「……なあ、本当に作り話か?」


「君は『この作品はフィクションです』って言われてるのに、『このアニメは実際に起きた出来事なんだっ』て声高に主張する様な人間だったかい? そういう人間が何かやらかす事で、アニメオタクは風評被害を被るんじゃないのかい?」


「…………危険だっていうなら、一緒に帰ろうとか?」


 よく分かったね。君の名前は仮に取っただけなのだけど、一瞬で分かるなんてまるで君自身の体験を話してるみたいだ、ハハ。女の子は……そうだね。碧花という名前にしておこうか。言っておくけれど、私の事じゃないよ。ただ、ネーミングセンスのない名前をつけるよりは、私の名前を付けた方が幾分マシに見えるだろうという配慮さ。


 こうして碧花は君と一緒に帰る事になった。全く偶然な事に、こっちの話の狩也君も女性の手に触るのは初めての事だったから、さぞ緊張しただろうね。会話も特になかったけれど、君は幸せだった。何というかこう、女性に触れる事が出来て単純に嬉しかったのさ。それだけ聞くと変態で、怖いのは君という事になるけれど、そんなオチをつけるようだったら私も神崎君と同類だね。大人しく切腹するよ。


「そんなに嫌かよ! 俺の事がッ!」


 君本人は、それ程嫌いでもないんだけど。今は怪談話の最中だ。怖い話をしない人に価値はないね。それと…………金星ボケはもう私が使ったから、気に入らないね。


「知らねえええええええ!」


「碧花とはそれ程面識も無かったが、何と言うかあれだな。随分と自分勝手なんだな」


 自分勝手で何か問題でも? 棚崎君、君だって普段はその男口調を貫いているじゃないか。それもまた一つの自分勝手と言えるんじゃないかい? 私だって貫きたい自我はあるさ。人間だもの。


「あーそれ知ってるー! ミツヲって人の言葉でしょー?」


「私、あの人の言葉好きだよ。何と言うか、心に寄り添ってくれる様な優しさを感じるし」


「いいよなミツヲッ! うん、良いと思うぜ!」


「知らんな。俗世には疎い」


 ……ここまで食いついてくれたのは意外だったよ。話を続けるけど、学校を歩いている内に、狩也君はある事に気付いたんだ。廊下が終わらないんだよ。歩いても歩いても、進んでる感じがしないというよりは、歩いた分だけ廊下が伸びているみたいだった。でも、ベルトコンベアーみたいな感じはしない。そんな時、ふと碧花が言ったんだ。絶対に後ろを振り返るなって。普通、そんな事を言われたら聞き間違えたのかと勘違いして振り返ると思うけど、君は振り返るかい? 因みに今は約束をしてないよ。


「…………えーと」













 怪談話として聞いていた俺が馬鹿だった。これは怪談話でも何でもない。いや、怪談話ではあるのだが、これは実際にあった話である。細かい所は確かに違っているが、これは殆ど俺と彼女が知り合う事になったきっかけの話である。しかしあれは俺も夜の学校に忍び込むなんてグレーな事をしているから、両者承知の上で無かった事にしたのだけど。


 別の意味で、俺は冷や汗が止まらなかった。この流れで行くと、恐らく彼女はあれを言うだろう。そしてそれを聞かれた場合、俺の立場は脆くも崩れ去る。


 有り体に言って、彼女が出来なくなる。


「どうかしたのかい?」


 至って真面目な顔つきで尋ねているが、心の中では笑いを必死にこらえているに違いない。俺は知っている。知っているというか、長い付き合いの中で、後にも先にも碧花が大笑いしてくれたのはあの時だけなのだから。これが俺の素晴らしい行動によって起きた笑いというのならば美談にもなるが、あれは男子としてこの上ない醜態を見せたが故の笑い。どちらかと言えば苦い思い出と言える。


―――待てよ?


 約束を守れるか、と彼女は直前に尋ねた。あの時は一体何の為の質問なのか分からなかったが、わざわざ怪談話という体で自分達の過去話をする辺り、もしかして―――





 何か忘れてる?





 いやいやいや。『自分が惚れているサッカー部のエースが実は幼い頃に将来を誓い合った幼馴染だった』という事くらいあり得ない。自分で言うのも何だが、俺は女子に弱い。女子と交わした約束を忘れるなんてそんな阿呆な話が…………ない、とも言いきれないが。


 俺が何かしらの言葉を言おうとした瞬間、電気で点いている筈のランタンが明滅し、間もなく完全に消灯した。


「何だっ?」


「お前達、少しは落ち着け! 俺は大丈夫だ!」


 お前が落ち着けと。


 しかし、人間が本当に驚くと声すら出ないとは本当の事だったか。この暗さで迂闊に動くと怪我をしかねない為、大人しく俺も待機していると、何かが俺の口を塞ぎ、そのまま俺の意識は無くなった。


 

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