第41話 『想いの刃』

「がっ……あっ……」


 よろけるガインから血が噴き出した。

 手応えは十分。傷は深いはずだ。


「て……めぇ……」

「もう終わりだ。あの世で謝ってこい」


 構えるが、使い込まれた大剣は俺には重い。

 おじいさまはこんなのを片手で振っていたのか。


「ヒャハ……ヒャハハハハハ!」


 ごぼごぼと血の泡をこぼしながら、ガインが笑った。


「面白れぇ……ライオスのためにとっておくつもりだったが、お前を殺せばあいつも悲しむよなぁ? 同じ絶望を味合わせてやれば、いいだけだよなぁ~?」


 死にかけのクセに、妙に余裕ぶってやがる。

 なにを企んでるんだ?


「……人間、やめてやるよ」


 剣の重みもあって、走り出すのが一瞬遅れてしまった。

 何考えてるのか分からねぇが、ろくでもないことなのは間違いない。


 こいつ、魔剣を飲み込みやがった。


「ヒャハハハハハ! ヒャーッハハハハハハハハハハァ!!」


 高笑いと共に、魔剣のオーラが増大した。


「うおっ!」


 あまりの力に押し返される。

 禍々しく荒々しいオーラの中で、ガインの傷が癒えていく。


 だが、それだけじゃなかった。


 体がみるみる大きくなり、頭からは二本の太い角が伸びた。

 ローガンの血筋を象徴する髪は黒く染まり、ガインだと分かる要素がほとんどない。

 いや、むしろ人間にすら見えなかった。


「魔剣融合」


 低く唸るような声で、化け物が呟いた。


肉食の魔牛カルノタウルス


 牙を剥き、血の混ざった涎を垂らしたガインが、獲物を見つけた視線を向ける。


「がはっ!?」


 瞬きよりも短い一瞬で、赤黒い拳が叩き込まれた。

 ギリギリで防いだが大剣の刀身は砕かれ、強烈過ぎる一撃が腹に直撃した。


「マジ……かよっ!」


 吹っ飛ばされながら、なんとか体勢を立て直す。

 追撃に備えるつもりだったが、顔を上げた先にガインはいなかった。

 

 すぐとなりで血の匂いが漂い、荒い息遣いが聞こえた。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 ハンマーみたいな腕が振り下ろされ、地面に叩きつけられた。


 踏まれ、蹴られ、轢かれ、殴られ、反撃の隙はどこにもなかった。


「ヒャハ……ヒャハハハハハ!」


 ようやく攻撃が止んだとき、俺は頭を鷲掴みにされていた。

 いつ握り潰されてもおかしくない状況なのに、痛みで力が入らない。

 

「サイコーだぜ~! 今ならなんでもできる! 誰も俺を止められねぇ! ヒャハハハハハ!」

「く……そ……」


 せめて睨みつけてみるが、ムカつく顔が見えるだけだった。


「ケインケインケイ~ン! お前もがんばったなぁ~、褒めてやるよ。バンズのときみたいになんとかなると思ったか? 残念だったなぁ~、上位魔剣と俺様には敵わなかったな~。あいつのは所詮、はした金で買ったもんだしなぁ~」

「てめぇ……なんで、それを……」


 バンズが魔剣を持っていたことは、あのあといろんな人に話した。

 でも、俺もおじいさまも、あいつが魔剣を買ったなんて誰にも言ってねぇ!


「あ? そりゃあ、俺が売ったからに決まってんだろ~?」


 言葉が出ない。

 ただでさえ血が足りねぇってのに、血の気が引いていく。


「あいつも現役時代からジジイのこと嫌ってたからよぉ~。上手いこと乗せて売ったんだよ。あんな馬鹿にロアの結界が破れると思うか? 俺が破り方教えてやったに決まってんだろ~」


 おい、待てよ。

 ってことは、ってことはだ。

 バンズたちの襲撃は、お前のせいだってのか?


「あいつが殺せるなんて思ってなかったぜ? 嫌がらせのつもりだったんだよ~。あ、でもメイドを一人殺したんだよなぁ~。俺の討伐にも来てたあの獣人。それだけはスカッとしたぜぇ~!」


 あぁ、そうか。

 本当に、なにもかもお前のせいだったんだな。

 お前が全部悪いんだな。


 お前のせいで、リースは死んだんだな。


蒼銀神狼フェンリル!!」


 考えるよりも先に口にしていた。

 今のダメージで化身武装を使えば、体がどこまでもつか分からない。

 でも、関係ねぇ。

 こいつだけは、許さねぇ!


「っらあぁ!」


 頭を掴んだ腕を握り潰した。

 怯んで離したところを、顔面に拳を叩き込んだ。


「てめぇだけはてめぇだけはてめぇだけは! 絶対に許さねぇ!!」

「ヒャハハハハハ! なんだその姿! 面白れぇ……面白れぇなぁケイン!」


 廃墟をさらに破壊しながら、街中で殴り合う。

 ダメージもあるが、化身武装の反動で全身が悲鳴を上げる。


 手足が千切れそうだ。

 体が張り裂けそうだ。

 血が沸騰して、内臓が潰れそうだ。


 でも、関係ねぇ。

 俺が俺で在るかぎり、こいつは、こいつだけは、絶対に殺さなきゃならねぇんだ!!


「そうかそうか、お前たしかそのメイドといい関係だったんだよな~。さっきも獣人娘連れてたが、あんな獣臭い毛玉が好みなのかぁ~?」

「黙れ! お前の声は、もう一言も聞きたくねぇ!」

「ヒャハハハハハ! 俺が憎いか? 憎いよなぁ~? 大事な恋人を奪った元凶なんだもんなぁ~?」

「黙れえええええええええええええええっ!!」


 怒りと憎しみが痛みを誤魔化してくれる。


 こいつは剣の腕はあるが、素手の戦いには慣れてないのが分かった。

 なら、喧嘩屋の経験がある俺に分がある。

 このままいけば勝てる。

 今度こそ本当に、リースの仇を取れる!


「これで終わりだあああああああああ!」


 左のアッパーでガードが飛んだ。

 隙だらけの、絶好のチャンスが来た。


「うおおおおおおおおおおおおっ!?」


 渾身の一撃を放つ。

 いや、放とうとした。

 なぜか化身武装が解かれて、生身に戻ってしまった。


「なっ!?」

「おぉ、隙あり~」


 蹴り飛ばされ、瓦礫に衝突した。


「フェンリル……てめぇ」

(……あのまま攻撃していれば、お前の体は衝撃に耐えられなかっただろう)


 頭の中で聞こえた声に、怒鳴る気も起きなかった。

 

「もう終わりかな~?」


 へらへらしながら歩くガインの体からは、せっかく与えた傷がどんどん癒えていった。


「まだ……だっ!」


 悲鳴を上げる体で、無理やり立ち上がった。

 どこもギリギリだが、特に腕の感覚がない。力が入らず、どっちもだらんとぶら下がっている。


「諦め悪いなぁ~……あ、いいこと思いついたぜぇ~」


 見下ろす距離に来たガインは、胸ぐらを掴んだ。


「このままタイズ村まで投げ飛ばしてやるよ~。里帰りだぜ~、よかったなぁ~。ぐちゃぐちゃでライオスたちにただいまを言うんだな~」


 本気で楽しそうな笑みのまま、ガインは俺を放り投げた。


「う……おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 体が回る。

 地面が見えるたびにどんどん離れていく。

 

 くそぉ、ちくしょう!

 このまま終わってたまるかよ!!


「……え?」


 なにかにぶつかった。

 なんにもないはずの空で、頭がガインを向いた体勢で、足がなにかを踏みつけている。


「狐火……大玉……」


 燃え盛る巨大な火の玉は、間違いなくクズハの狐火だった。

 空から見ると、倒れたまま俺に手をかざし得意げに微笑んでいた。


「クズハ!!」

「あんの毛玉あああああああああ! 邪魔しやがってえええええ! 見てろケイン、まずはあいつからっっっっ!?」


 怒鳴りながらクズハに近づこうとしたガインだったが、途端に足が止まる。

 膨張した体が萎み、角が縮み、元の人間へ戻っていく。


「な、なにいぃぃぃぃ!?」

「これが……私の、策」


 よろよろと姿を現したのはミア。

 体には完治していない裂傷が走っている。


 そして、刻んだばかりの封印の刺青が光を放っていた。


「な……それ、は」

「最初に氷の魔法を放ったのは……カルノの魔力を手に入れるため。力を封じ込めた氷で、新たに彫り直したの」

「この餓鬼共があああああああああ!」


 落ちていた兵士の剣を拾い、喚き散らすガイン。

 

「俺を忘れるなよ、クソ野郎!!」


 情けねぇツラに吠えてやった。

 ガインは血走った目で見上げ、ほくそ笑む。


「そっからなにができる! 落っこちて頭突きでもするか? あぁ!? 獣人みたいな牙もねぇだろうが!」

「……牙ならあるさ」


 体をよじって、懐から飛び出した柄を咥えた。


 リースの護り牙。

 これが俺に残された最後の武器だ!


「ぬうぅぅぅ!」


 足が焼けるように熱くなり、焦げ臭い匂いが鼻に漂う。

 次の瞬間、俺は弾丸のように射出された。


 目標は、ガイン・ローガン。


「うぅぅぅぅぅぅ!!」


 咥えた護り牙の鞘が飛び、刃が露わになって風を切っていく。

 

「舐めるなあああああ! そのまま頭叩き斬ってやる!」


 ガインが待ち構え、剣を掲げた。

 

「ウギャアアアアアッ!」


 そのとき、俺より先に飛びかかった影があった。

 小さくて、臆病だけど、誰より長くいっしょにいてくれた相棒。


 狂った実験から生まれたバル・モンキー、ゴクウ。


 師匠からもらった石の剣を、元凶であるガインの左目に突き刺した。


「ぎゃあ! こ、この猿っ!!」


 払いのけるが、もう遅い。


 首がガラ空きだぞ!


「ぬうぅぅぅぅぅぅおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 すれ違いざま、護り牙が喉ぼとけに食い込んだのが分かった。

 落下の勢いで、刃は骨の固さでも止まることはない。


「こ、こんな……うおおおおおおおおあああああああああ!!」


 断末魔が背後で聞こえた。

 地面に落ち、転がり、なんとか視線を向けると血を散らすガインの体があった。

 そして足元では、首が苦悶の表情を浮かべている。


「……勝った」


 走り寄ってくるゴクウ。

 ふらつきながら起き上がるクズハ。

 ミアは俺に微笑みかけてくれた。


「やったよ、おばあさま、おじいさま……リース」


 そっと呟いたのを最後に、俺の意識は闇の中に落ちていった。

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