第14話 13 闇への脱出 3



 思わず振り向いた私が見たものは、職員の喉から、静かに、音もなく噴き出している血の噴水だった。職員の背後には、片腕を捻じ上げた姿勢から、工作用のハサミを持った友人。彼は、その素晴らしい筋力で職員の喉を挟み切り、手早く職員のポケットから鍵を取り出し、正面玄関から出て行ったのだ。彼を閉じ込めるために入ってきた玄関から、彼は自ら鍵を開け、自らの力で施設を後にした。


 その後の彼の行方は掴めなかったのか、それとも殺人者として別の施設に送られたのか。職員達のコソコソ話にさえ登らなかった。


 然し、そんな事は私にはどうでもよかった。彼が施設から脱出した時に見たのだ。職員の喉から血が噴き出しているときに、黒い霧は職員から離れ、私のただ一人の友人に纏わり付き、彼はその黒い霧を連れて脱出したのだ。例え彼が見つかったとしても、それは死体だ。見つからなかったとしても、彼の命は此の世界にとどまってはいない。


 そして、私はあの最後の瞬間の立会人として知っていた。あの黒い霧は、職員達に纏わり付いている霧よりも黒く、暗黒の霧だった。あの霧は、最初から職員と私の友人を狙っていたのだ。


 職員の中でも、子供達に特に嫌われていたヘラヘラ笑う中年の男。子供達の中でも、職員達に特に嫌われていた私の友人。施設の職員達にとっては、此の二人の共通点なんてどうでも良いことかもしれない。所詮は双方にとっての一番の嫌われ者同士が少しの時間差で小さな白い雲になったと言うだけなのだ。


 もしも、職員達に黒い霧と白い雲が見えるならば、と言うことだが。

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