第8話

「どういうことだ後藤!?」


「まぁ落ち着け。俺は昨日、たまたま部活を休んでてな。腹が痛くてトイレに行ってたんだよ。一時間くらいは篭ってたかな。快便だったぜ」


 いや、その前置きはいらない。

 てか、女子もいるのによくそんなこと平然と言えるな。どんなメンタルしてんだコイツ。

 バッチいしクソどうでもいいよ、色んな意味で。



「そんでトイレから出て帰ろうとしたんだが、そんときにな。海冴の後ろ姿を見かけたんだ。やたら挙動不審だったから付けてみたら、この教室に入ったじゃないか。俺はピンときたね」


 そこで後藤くんは、フッと一度息をつく。


「―――コイツ、好きな女子の体操服かリコーダーでも盗んで、イタズラする気なんだろうってな」


「殺すぞ」


 このウンコ野郎の脳内では、僕の評価はどうなってやがるんだ。

 とんでもない風評被害を被せられ、ブチギレる僕をスルーして、後藤は話を続ける。

 スルースキルどんだけ高いんだお前。


「そこで俺は咄嗟に見つからないよう教室の扉に隠れてスマホを構えて、決定的な証拠を撮ろうとしたんだ。いい脅しのネタになると思ったからな」 


「お前、ほんとに僕のこと友達だと思ってんのか?」


 なんて恐ろしいことをしてやがる。

 サラリととんでもないことを言ってのけた友人を、僕は戦慄の目で見つめていた。


「それとこれとは話が別だからな。まぁ結果オーライになったしいいだろ。なんせ、ベストショットが撮れたんだしな。そら、終幕カーテンコールといこうか。これが俺の切り札ジョーカーだ」 


 自称親友はそう言って笑うと、自分のスマホを高々と掲げる。


「バッチリ写ってるだろ?海冴が、渡来の机にラブレターを入れる、決定的な瞬間が、さ」


 そこに写っていたのは、確かに渡来さんの机へとラブレターを入れる僕の姿だった。


「ホ、ホントだ…」「じゃあ、やっぱり海冴がラブカイザー…」「マジかおい」


「海冴くん!」


 ざわめく教室内に、一際大きな叫び声。

 その子は僕の名前を叫ぶと、駆け寄るように近づいてくる。


「やっぱり、貴方がラブカイザーだったんですね!私は信じてました!」


「渡来さん…」


 やっぱりってどういうこと?

 僕、そんなにあれな感じの印象だったの?

 そう言いたかったが、すぐに答えを知る事になる。


「実はあの文章、なんとなく覚えがあったんです。昔貴方と図書館で会った時も、海冴くんは同じような文体で感想文を書いていましたから…」


「ぐはぁっ!?」


 僕のハートに致命的な一撃が突き刺さった。

 彼女もあの出来事を覚えてくれた嬉しさとかあるはずなのに、それ以上に黒歴史で塗り替えされたダメージがでかい。

 昔の僕が中二病患者であり、今も継続真っ只中とか、知りたくもなかった事実だ。


「海冴くん?」


「だ、大丈夫大丈夫…それより、渡来さんも覚えててくれたんだね…」


「はい。私にとっても、あの時のことは大切な思い出でしたから。なかなか話すことはできませんでしたけど、海冴くんのこと、とっても頑張り屋さんなんだなって、ずっと気にかけていたんですよ?」


 そう言って、渡来さんは優しく微笑んだ。

 それを見て、僕はあの時みたいに、心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚える。


(やっぱり、渡来さんは可愛いな…)


 こうして近くで彼女を見るのは、いつ以来だろう。

 それこそ、図書館以来かもしれない。

 遠い存在だと思ってた渡来さんが、今はこんなにも近くにいる。

 そう思うだけで胸が一杯になってしまって、上手く言葉が出なかった。

 目は相変わらずぐるぐるしてるけど、そこにはあえて突っ込むまい。


「あの、海冴くん…いいえ、ラブカイザーくん。恋文、ありがとうございました。本当に嬉しかったです。貴方の気持ち、私にはしっかりと届きました」


「そっか…」


 すごく嬉しいんだけど、すごく複雑な気分なのはどうしてだろう…                                                  面と向かってあの怪文書を褒められても、すごい微妙なんだけど…あと、ここは真面目な場面なんでラブカイザー呼びはやめてくんないかな。お願いだから。後生ですから。


「それで…ラブカイザーくん。あの…私は、貴方のことが好きです」


「うん」


「私と、付き合ってくれますか?」


 そういうと、渡来さんは僕のことを真っ直ぐに見つめてきた。


「僕は…」


 一瞬だけ迷う。

 こんな可愛い女の子と、僕なんかが本当に付き合っていいのかって。

 でも―――


 ―――それで後悔はしないのか


「ありがとう、渡来さん」


 そうだ。僕が告白を決意したのは、後悔しないためなんだ。

 ここで断ったら、後悔してもしきれない。


「僕も、渡来さんのことが好きです。ううん、ずっとずっと好きだった。図書館であったあの時から、ずっと…君に、好きって伝えたかったんだ…」


 僕の答えなんて、最初から決まってたんだ。


「ラブカイザーくん…」


「だから、僕の方こそお願いします!僕とどうか、付き合ってください!」


 僕は渡来さんに頭を下げ、自分の想いを口にした。

 必要だったのは、ほんの少しの勇気ときっかけだけだったんだ。

 僕の場合は、それがたまたまラブカイザーになってしまっただけで、自分の意思であることに変わりはない。


「……!はい、私のほうこそ、どうかよろしくお願いします!」


 そして僕の答えを聞いた渡来さんは、感極まったように、とても綺麗な笑顔を見せてくれたのだった。






 …………と、まぁ。


 ここで終わっていたら、過程はともあれハッピーエンドだったんだけど。






「あ、ラブカイザーくん。これから毎日交換日記をしましょう!貴方の書く文章を、もっと読みたいです!」


「え」


 い、いやそれはちょっと…付き合ったからには、さすがに中二病卒業したいんですけど…なんて答えたらいいから分からず出来たばかりの彼女から目をそらしていると、後ろから、ポンと肩を叩かれる。


「良かったな、海冴」


「後藤くん…」


 ナイスタイミングだ!色んな意味で助かったぜ親友!


「いいもん見せてもらったぜ。やるじゃんか。ただの中二病じゃなかったってこったな。最高にかっこよかったぜ、お前」


「そんな…お礼を言うのはこっちだよ」


 動機はどうあれ、後藤くんがあの時立ち上がってくれていなかったら、写真を撮っていなかったら…僕はまだ真のラブカイザーとして認められてはいなかったと思う。

 あるいはもしかしたら、妨害にあって渡来さんと付き合うことも出来なかったかも…


「いいってことよ。ダチが困ってたら助けるなんて、当たり前のことだろ?」


「後藤くん…!」


 僕は、僕はなんていい親友を持ったんだ…!

 本当に感謝してもしきれない。


「ありがとう、後藤く―」


「これから楽しいことが、たぁくさん待っているんだからな」


 恋のキューピットである友人へと改めてお礼を言うべく、僕は後ろを振り向くのだったが、聞こえてきたのはドス黒いデスボイスと、


「そんじゃ改めて、これからもよろしくな親友!いや…ラwwwブwwwカwwwイwwwザーwwwwwwwww」


 満面のデビルスマイルを浮かべる、友人の皮を被った悪鬼であった。


「な…!」


「ちぇっ、ワンチャンあると思ったんだけどなぁ」「まぁ楽しかったからいいか」「そうだな、渡来に彼氏ができたのはちょい残念だけど、それはそれとして最高のおもちゃもできたしむしろプラスだ」「これからが楽しみだぜ!」「こんな逸材が、うちのクラスにいたとはなぁっ!」「俺達はもうズッ友だぜぇ、ラブカイザー!」


 いいや、後藤だけではない。

 周りの男子連中は皆、似たような邪悪な笑みを浮かべていた。

 どいつもこいつも、なんて悪い顔をしてやがる!お前らほんとに中学生か!?

 それは人間を見る目じゃないぞ!!!


「くっ、じょ、女子は…!」


「おめでとう、亜衣」「おめでとー」「素直に褒めていいのかわかんないけど、多分お似合いだと思う」「この世には理解できないないことがたくさんあるとわかったわ。私、これからオカルトを学ぶことにする」「なんか本人満足そうだし、多分いいよね」「先生…」「鈴木…」


 ならばと女子の加勢を望むべく振り返るのだが、なんか皆やる気なさそうにパチパチと拍手してる。

 さっきまであんなに心配してたのに、終わった途端ドライだなオイ!

 てかハゲ!なに教え子といい感じになってやがる!PTAに訴えるぞ!!!


「ありがとうございます、皆さん…私達、幸せになります!」


 渡来さん!僕今幸せじゃないよピンチだよ!!そっち見てないで助けてよ!!!


「海冴!」


 ん?お前は池!そうだ、イケメンで常識人のお前ならこの状況をなんとか…!


「俺に中二病について教えてくれ!お前のクソダサセンスを学べば、俺もまだワンチャン…」


「死ね」


 ダメだ、こいつは使えない。

 こんな行動を取るようになった以上、もはやこのクラスに染まるのも時間の問題だろう。

 救いはもう、どこにもなかった。


「覚悟は決まったか、親友?さぁ皆!祝福してやろうぜ!我らがラブカイザーの門出をなぁっ!」


『おう!!!』


「おうじゃねぇ!!」


 待って待って待ってぇっ!!!


「や、やめろおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」


「じゃあいくぜぇっ!カイザーコール、スタートォォォォッッッ!!!!」


 僕の魂の叫びは、悪魔共に届くことはなかった。


『カイザー!』『カイザー!』『カイザー!』『カイザー!』『カイザー!』『カイザー!』『カイザー!』『カイザー!』『カイザー!』『カイザー!』『カイザー!』『カイザー!』


「う、うわああああああああああああああああああ!!!!!!!」


 男子の大合唱により行われたカイザーコール。

 それはいつまでも続き、学校中の生徒にラブカイザーの名が刻まれることになったのは、言うまでもないだろう。

同時に僕の心にも、絶大なトラウマが刻まれていた。



「おのれクラスメイト共!絶対に許さないからな!特に後藤はぶっ殺す!」


「ありがとう、ありがとう皆さん…!」


 渡来さんは何故か感涙しているけども、全然ハッピーじゃないですけどぉっ!!

 中二病なんて、絶っっっ対卒業してやるからな!!!ラブカイザーなんて懲り懲りだ!




「ラブカイザーすげぇよ。すげぇ…」


 ―――後に何故かラブカイザーを崇める裏組織、ドゥピ☆チュッ♪教団が誕生したり、ラブカイザーのライバルを名乗る美少女、エボルロードが現れたり、オカルト部の実験でラブエンペラーが降臨したり、怪文書で告白することがブームとなり、成功したカップルは末永く幸せになれるという伝説が生まれる等、ラブカイザー絡みの学校七不思議が多数誕生してラブカイザーは伝説と化していくのだが、それはまた別の話である。

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学校一の美少女の机にラブレターを忍ばせたら、翌日学級会議が始まって放課後のラブカイザーとして公開処刑されてるのですがめちゃ死にたい〜バレた先は地獄なんだが?でもバレないと付き合えないんだががが〜 くろねこどらごん @dragon1250

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