第2話

『……………え?』


 誰もが理解ができなかったんだろう。

 クラスメイト達は困惑している。

 当然じゃないことを口にされたんだもん。当たり前だよね。


「この名前に、心当たりのある方はおりませんでしょうか?」


『え…?ラブカイザー?ええ…?』


 皆の声が一斉にその名を口にする。

 思考停止しているのかもしれない。


(ぶくぶくぶく…)


 ついでに言えば、僕も止まった。口からなんか、泡も出た。

 そんな僕に気付かず彼女は教室を見渡すと、ゆっくりと頭を振った。


「いない、みたいですね…ならば仕方ありません。実はもうひとつ、謝罪しなければいけないことがあるんです」


 え?まだなんかあんの?僕の心はもうとっくに限界だよ?


「失礼ながら、頂いた恋文のコピーを取らせて頂きました。コンビニでクラス分の量を刷ってあります」


『えええ…』


 渡来さんの言葉に、クラスメイトの声が一斉にハモる。

 理解できない事態の連続に、ついていけない空気が漂うなか、渡来さんは(僕にとって)更なる爆弾発言をぶちかました。


「それを皆さんの机の中に既に入れております」


『なんで!?』


 マジでなんでだよ!!??

 ここまでクラスメイトと心がシンクロすることは、きっと二度とないだろう。

 多分渡来さん以外の全員が、同じ疑問を抱いたに違いない。僕らの心は、この瞬間間違いなくひとつになっていた。


「昨日は寝れなかったもので…一刻も早く学校に行こうと思い、早朝家を出たのですが…」


 動揺を見せるクラスメイトをよそに、渡来さんは話を続ける。

 徹夜をしたというのは本当らしく、目の下にうっすらと隈が浮かんでいる。


「途中、電柱に貼られた迷子の子犬を探すポスターを見かけたんです」


 さらにいえば、よく見ると目もなんかおかしい。

 なんかグルグルと渦巻いていて、視線が定まっていない、ような…


「そこで閃いたのです。天啓を得ました。これぞ神様の導きです!」


 ここで僕はようやく気付く。なにかがおかしくなっている。

 だけど、気付いたところで、もう遅かったのだけども。


 まぁ要するに―――


「そう、私は気付きました――探し人がいるならば、情報は多くの方と共有すべきなのだ、と。その方が、早く彼を見つけられるのですから」


 渡来さんも徹夜明けで、テンションがおかしくなってるんだなーって。


 脳内麻薬ドッパドパで絶賛トリップ真っ最中の彼女は、昨日の自分と同じ状態だったのであった。


「お願いします。私に協力してください。そのために、私はここにいるのです!いいですよね!?」


『お、おおう』


 尋常ならざる気迫を見せる渡来さん。

 そこには普段のおっとりとした美少女の面影はどこにもない。

 クラスメイト達も気圧されて、一同に頷いている。担任までもだ。


「では皆さん、用紙を取り出してください。僭越せんえつながら、私が今から恋文の内容を読み上げさせて頂きたいと思います」


(んほおおおおおおおおおおおおお!!!!!!)


 この流れはもはや止められない。ていうか、止めたら僕だとバレる。

 それだけは絶対に嫌だ!身バレするとか死んでも無理!


「皆さん出しましたね?準備はいいですか?」


 完全に気迫に飲まれた皆が文句ひとつ言わずゴソゴソと机を漁り、手紙を取り出したことを確認する渡来さん。

 教室を一瞥すると、小さく一度咳払い。


 それは正しく、絶望の始まりだった。



「それでは始めさせて頂きます。コホン、拝啓はいけい―――」




 そう形容するほかない。だって―――




『拝啓  親愛なる亜衣様へ



 フフフ…君は本当にいけない小猫ちゃんだ…


 このKaiser帝王をこんなにもトリコにするなんて…


 ひょっとして、わざとだったりするのかな?フフッ、だとしたら、君はとんだ悪女バッド・ガール


 ANJEL天使だと思ってたのに、まさかルシファー小悪魔だったとは、お釈迦様もさぞかしびっくりだろうね


 でも僕は、僕だけは君のことを赦してあげる…だって、これが僕にとってのファースト・ラブだから…


 愛してるよ、亜衣。亜衣だけに。なんちゃって。フッ、ちょっとキザだったかな?


 でも仕方ないんだ。君は、僕の心を奪った変泥棒マイハート・ハンターだから…


 盗んだからには責任は取ってもらうよ、怪盗さん♪


 だって、僕の心臓ハートはとっくに君に囚われてしまっているんだから…


 それはさながら運命さだめCHAIN


 そう、君は僕の運命DEATH TINYであり、運命ヒロインなんだ


 この想い、どうか届いて欲しい


 その日まですぐ近くで、君のことをずっと見ているよ…いつまでもね…


 ドゥピ☆チュッ♪愛しい愛しの君へ




 ―――アイLOVEに堕ちた皇帝・放課後のラブカイザー』






 こんなん書いたのが僕ってバレたら、人生終わりますやん





「以上となります」




 渡来さんが言い終わると同時に、教室内が静まりかえる。


 間違いなく、空気が死んだ。

 それがわかる。わからないでか。

 僕らを包む空気はそれくらいヤバかった。



 シンとして、誰も言葉を発しようとしない。

 今なら学校に巣食う妖怪がいたとしても、秒で逃げ出すことだろう。



 重い、重すぎる。あまりにも沈黙が痛い。



 なんだよ、放課後のラブカイザーって。


 書いたやつ、頭おかしいんじゃねぇの。



 皆がそう考えていることが、手に取るようにわかった。

 ハッキリ言おう。死にたい。生き地獄とはこのことか。




「すげぇ…」



 そうして通夜のように凍りきった空気の中、ポツリと誰かが呟いた。



「すげぇよこれ。すげぇよ」



 頼む、後生だ。



「ラブカイザーすげぇ」



 誰か僕を殺してくれ。

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