学校一の美少女の机にラブレターを忍ばせたら、翌日学級会議が始まって放課後のラブカイザーとして公開処刑されてるのですがめちゃ死にたい〜バレた先は地獄なんだが?でもバレないと付き合えないんだががが〜

くろねこどらごん

第1話

  僕、海冴光輝かいざこうきは緊張していた。


 それは何故か。人生初のラブレターを、想い人へと送ろうとしているからだ。


 その子の名前は渡来亜衣わたらいあいといって、優しい笑顔と丁寧な物腰が特徴の、僕の通う中学で一番人気のある女の子だった。

 成績優秀運動神経抜群。性格もおっとりしていて、人付き合いもいいときたら、欠点なんてないに等しい。

 事実、彼女に関してまるで悪い噂を聞いたことがなかった。

 強いて言うなら結構なお嬢様であるらしく、若干古風で天然気味であるらしいことくらいか。


 だけど、そんなことを気にする男子はいないだろう。

 むしろそんなところも可愛らしいと思い、美点として褒め称えるやつのほうがよっぽど多いに違いなかった。


 ここまでの話で気付いた人もいるかもしれないけど、渡来さんに関する話は全て人づてに聞いた話だったりする。

 一応同じ小学校を卒業していて、中学に入っても二年連続でクラスメイトになれてはいたものの、僕と渡来さんは中学二年に至るまで、これといって接点らしい接点というものがなかった。


 そんな僕が何故彼女のことを好きになったのか、疑問に思う人もいるだろう。

 その理由はまぁ、有り体に言えば一目惚れ。

 もっと詳しく言うならば、過去に彼女に優しくしてもらったことがあったからという、ごくごく単純なものだった。



 それは小学五年生の時の話。

 夏休みの課題であった読書感想文が上手く書けず、ひとり図書館で悩んでいたときだ。

 その日、渡来さんも用事があって図書館に来ており、後ろから声をかけられたのだ。


「どうしたんですか?」


 そう聞かれ、振り返ったときに見た彼女の顔を、僕は忘れないだろう。

 きょとんとした無垢な顔でこちらを見つめる渡来さんに、僕の心は一気に鷲掴みにされていた。

 それから彼女に手伝ってもらい、なんとか感想文は仕上げることはできたのだけど、詳しいことはあまり覚えていなかった。


 渡来さんからすれば、たまたま見かけたクラスメイトが困っていたから手を貸してあげただけだったんだと思う。

 それでも僕にとっては淡い記憶として心に刻まれるのに十分な出来事であり、四年経った今でもハッキリと思い出せる。

 実る可能性は限りなくゼロに近いけど、僕にとってそれは紛れもなく初恋の思い出だったから。




 さて、話を現在に戻そう。

 僕はクラスでもそこまで目立つ存在じゃないし、部活だって文化系の陰キャ男子だ。

 それに対し、渡来さんは常にクラスの中心にいて、所属しているテニス部でも二年生ながらエースに近い存在らしい。



 要は月とスッポン。ウサギとカメ。水と油に天地の差。

 言い方は色々あるけど、とにかく僕と彼女では住む世界が違うし、釣り合わないことは確かだった。

 この気持ちを誰にも言ったことはなかったが、それでも友人達が知ったなら、皆口を揃えて「やめとけ」と忠告してくるに違いない。

 お節介とは言わない。そんなの、僕自身が一番よくわかってることだ。


 ……だけど、それで素直に想いを諦められるようならば、僕はここにいないだろう。

 辺りを見回し、教室に自分以外の人の姿がないことを確認すると、僕は制服のポケットからあるものを取り出した。


「…よし。折れてたりしないな」


 それは一日中肌身離さずに持ち歩いていた、白い封筒だった。




 ここ数日、僕はずっと悩んでた。

 このまま釣り合わないからとなにもせずにいていいのか。

 なにもしないで、彼女がほかの男と付き合うのを受け入れるのか。

 それで後悔はしないのか―――


 たくさん悩んだ。


 悩んで悩んで悩んで―――そして決めた。


 僕は、この気持ちを彼女に伝える。


 後悔だけはしたくない。それが僕が出した答えだった。


「ふう…」


 気持ちを落ち着かせるために、一度大きく深呼吸。

 決意を固めた僕は、昨日学校から帰った後、一晩中寝ないでこのラブレターを書き上げた。

 今時ラブレターで気持ちを伝えるなんて、ちょっと古いかもしれない。

 だけど、僕は渡来さんとはあまり接点がない。

 いきなりSNSを通じて好きですなんて言っても、きっと彼女は困るだろう。

 面と向かっての告白も、成功するとは思えない。



 そうして考え出した答えがラブレターだった。

 これなら向かい合うのは便箋で、直接彼女と繋がるわけじゃない。

 なにより、渡来さんを好きになるきっかけになった読書感想文のことを思い出せて、心に勇気が湧いてくる。

 以上の理由で、この方法が、一番自分に合っていると思ったのだ。


(まぁ、結局どんな言葉書けばいいか迷いまくって一晩中徹夜したから、頭がクラクラしてるけど…)


 昨日からずっと告白のことを考えていたせいで、起きているのにまるで夢の中にいる気分だ。

 ラブレターの内容も、ハッキリ思い出せないくらいおぼろげだ。


(それでも…)


 これには文字通り、僕の全てを込めている。

 渡来さんへの想いを綴った、魂の一作であるに違いない。

 僕は僕を信じる。迷いなんて、もはやないんだ。



 覚悟を決め、僕は目標の場所へと封筒を持った手をゆっくりと突き出した。

 変な場所に当たって、折れ曲がらないよう慎重に。

 そうして送り出した手紙は、まるで吸い込まれるように、暗い机の中へと消えていった。


(やった…!)


 僕はたった今、想い人にラブレターを送ることに成功したのだ。

 告白が成功したわけでもないのに、胸が一杯になってくる。


 カシャ!


「ん?」


 やり遂げた達成感から浮かれる僕の耳に、ふとなにか音が飛び込んでくる。

 思わず振り向くのだが、そこには誰もおらず、物言わぬ机と椅子が並んでいるだけ。


(気のせいかな…)


 まあいいや。やることはやったんだ。

 部活を終えた彼女が、机の中の手紙に気づいてくれさえすれば、後はもうどうでもよかった。


「っと、こうしちゃいられないや」


 トイレに行くと言って部活を抜け出してきたから、あまり長居をすると怪しまれるかもしれない。

 言葉に出来ない充実感に身を包まれながら、僕は誰もいない放課後の教室を後にするのだった。


(どうか渡来さんに、僕の気持ちが届きますように…)


 そんな淡い恋心を、ラブレターとともに残しながら。















「すまんが朝のホームルームを始める前に、渡来から話があるそうだ」


 どうしてこうなったんだろう。

 翌日学校に登校した僕は、机に突っ伏しながら頭を抱えていた。


「皆さん、貴重な時間を使わせてしまってすみません。今日はどうしても確かめたいことがあり、先生にお話して、この場をお借りさせて頂きました」


 そう言って担任の隣に並び、教卓の前で頭をぺこりと下げる渡来さん。

 その姿は実に可憐だ。朝の日差しを浴びて、輝いてすら見える。

 人によっては女神か妖精のようだと、うっとりとしたため息をつくことだろう。


「ひゅうううぅぅぅ」


 もっとも今の僕の心境からすれば、めちゃくちゃ息が苦しいんだが。過呼吸になりかけている。

 吸い込んだ息がとかく冷たい。心拍数も昨日とは違った意味で上昇している気がする。


「おい海冴。お前大丈夫か?」


 極度の体調不良に陥っている僕の背中を、ツンツンとつつく男子の声。

 後ろの席の友人、後藤ごとうくんだ。

僕の様子がおかしいと思ったのか、どうやら気遣ってくれたらしい。


「ああ、後藤くん。大丈夫だよ、うん、僕は全然大丈夫。へっちゃらへっちゃらちゃらへっちゃらさ」


「いや、そうは見えないんだが…めっちゃ顔青いし、今にも死にそうに見えるぞ」


 安心させようとサムズアップまでしてみせたのだが、あまり効果はなかったようだ。むしろめっちゃ心配された。

 だけど勘がいいね、その心配は大当たりだよ後藤くん。

 僕はこれから死ぬことになるんだ。社会的な意味でね…


 話し込む僕らをよそに、場は進んでいるらしく、ひとりの生徒が渡来さんに話しかけていた。


「どうしたの、渡来さん?なにかあったのかい?」


 クラスメイトのひとり、いけだ。

クラス随一のイケメンで、サッカー部のエースでもある。

 そんなハイスペック男子である池が渡来さんを狙っているのは、クラスでは有名な話であり、頻繁に彼女に話しかけている姿をよく見かけていた。

 それが僕の焦りを加速させる遠因のひとつになったのは、言うまでもないだろう。


「はい。実は昨日、とある出来事がありまして…そのことを思うと、寝付くことも出来なかったのです。皆さんに迷惑をかけることになるとはわかっていたのですが、それでも私は…」


「迷惑なんてとんでもない!クラスの仲間じゃないか。俺なら喜んでいつでも相談にのってあげるからね」


 ここぞとばかりに渡来さんにアピールする池。

 何人かの男子が「ケッ」という顔をしているが、まるで気にした風でもない。

 顔面偏差値が高いからか、言動に爽やかさと余裕があるのがクソ腹立つと、普段から男子から嫉妬の対象になっている男だ。


 このクラスは学校一の美少女である渡来さんと付き合いたいという男子が過半数を占めているが、イケメンであるやつにはその他の男子など眼中にないんだろう。

 ライバルとすら認識していないのかもしれない。


「ありがとうございます、池くん。優しいんですね。嬉しいです」


「ハハハ、いやいやそんな…」


「ゴホン!池、話しているところ悪いが、まだ本題に入ってないんだ。あまり話を長引かせないでくれ」


 お、ナイス担任!ハゲかけたアラサー独身は伊達じゃないな!

 いくら大人といえど、やはりイケメンの行動は目に余ったと見える。

「はい」と小さく返事して、不精不精と行った様子で席に腰を下ろす池。

 先生に言われては、さすがのカースト上位のイケメンでも、引っ込まざるを得ないようだ。


「よし、渡来。続きを話してくれ」


「はい、先生…皆さん、突然であるのですが…実は先日、私はある手紙を頂いたのです」


 途端、教室がざわめく。

 彼女の予想外の一言は、クラスをかき乱すに十分な威力を持っていたらしい。


「え、渡来さん!それってもしかして、男子からのラブレターだったり…?」


「ええ、そうだと思います」


 ひとりの女子の色めきだった質問に、渡来さんは首肯で答えた。

 同時にキャー!という黄色い声がクラスに響く。


(ぎゃああああああああああああああああああああああ!!!!!!)


 一方、僕は脳内で絶叫をあげていた。

 悪い予感が当たってしまった。

 十中八九この件だろうなとは思ってたけど、本人の口から言われると精神的ダメージが物凄い。


「恥ずかしながら、私は告白をされたことがないわけではないのですが…恋文を貰うというのは、初めての経験でした」


 もしこの場に誰もいなかったら、机にガンガンと頭を打ち付けていたかもしれない。

 黒歴史が、脳内に蘇ってきたからだ。一刻も早く抹消しなくてはならない、忌むべき悪魔の記憶が。


「ですが、その手紙には宛名が書いていなかったのです」


「あ、私話が見えてきた!その人が誰か知りたいってことでしょ!?」


「はい。下さった方には申し訳ないと思ったのですが、これ以外の方法が、私には思いつかなくて…もし恋文の方がこの場に居ましたら、改めて謝罪致します。こうして貴方の想いを多くの方に晒してしまう無礼を、どうかお許しください」


 そう言って、渡来さんは深々と頭を下げた。

 本当に申し訳ないと思っていることが、その姿勢から感じ取れる。


(やべぇよやべぇよやべぇよ…)


 だが、彼女の謝罪相手である僕にはその誠意は届いていなかった。

 ダラダラと滝のような汗が額から流れていくのを感じる。


「おい、海冴。お前背中の汗やべぇぞ。クーラーついてんのに、後ろでワイシャツ透けてんだけど」


 後藤がなにか言っているが、こっちはマジでそれどころじゃないわ。

 昨日の記憶が次々フラッシュバックして止まらない。ついでに冷や汗も止まらない。


「ちょっ、そんなに謝ることないって渡来さん!その男子だって困るよ!」


「そうだよ!亜衣ちゃんに頭下げられたら、その人きっと居た堪れなくなるって!」


「ですが…」


 頭を下げ続ける渡来さんを、友人の女子達が慌てて止めているようだ。

 その涙ぐましい友情に男子達は口を挟むことができないらしく、その様子を固唾を飲んで見守っていたが、ある冷静な女子の一言が場の流れを一変させる。


「てか、告白してきた相手ってうちのクラスにいるの?宛名書いてなかったんでしょ?」


『あ、そういえば…』


(あ、段々思い出してきた。昨日はグッスリ眠れたからな…)


 再びクラス中の視線が渡来さんに集中する。

 ただし、僕を除いてだが。

 我が視線はここではないどこか。遥か虚空をさまよっている。

 早い話が現実逃避だ。


 そう、昨日は実に良く眠れたなぁ。

 前の日はラブレターを書くために、一日徹夜したからね。

 色々疲れてたんだろう。いやマジで。そのせいで僕は色々おかしくなっていたんだと思う。


「はい、間違いないと思います」


「根拠でもあんの?」


 疑ってるのか、訝しむ目を渡来さんへと向ける女子。

 そんな彼女の視線を正面から受け止めながら、渡来さんはしっかりと頷いた。


「ええ、あります。手紙に書いてありましたから」


「へー、なんて?」


 話の流れで質問が続く。

 うん、当然だよね。誰だってそうする。僕だってそうする。


「はい、いつも近くで、君のことを見ていると」


『おおー!!』


 だから渡来さんだって答える。これも当然だよ、うん。

 周りのテンションも爆上がりするのも、当たり前のことだとぼかぁ思うなぁ。

 でも、彼女の話はまだ終わってなかった。ゆっくりと、ピンク色の唇が開いていく。


「それだけではないんです。手紙の最後に、手がかりが記されていました。ですが、その名前に私は心当たりがないのです。ですから、どうか皆さんの力をお貸し下さい。この名前に心当たりがある方がおりましたら、教えてくださると助かります」


 その言葉に、無邪気なクラスメイト達は食いついていく。


「そうなんだ!いいよ、私協力する!友達だもん!」「私も!」「俺も!」


 ああ、麗しきかな友情。これが青春ってことなのかな。

 担任もなんか涙ぐんでるし。雰囲気って恐ろしい。


「くっ、素晴らしい…私が夢に見ていた光景だよ。教師になってよかった…いいクラスメイトを持ったな、渡来…!」


「ありがとうございます、先生、皆さん…!私は果報者です…」


 目尻に浮かんだ涙を拭き取る渡来さん。

 感動的な場面なんだろうなぁ、きっと。


でもね、僕にはわかるんだ。


「それではお伝えします」


「うんうん!」


「大丈夫!これでも私、交友関係はひろ――」


 それが、地獄の門ヘルズ・ゲートの入り口だってことが。




「手紙の最後には、こう記されていたのです―――放課後のラブカイザー、と」





 その名が告げられた瞬間、教室の時は停止した。


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