恵令奈 - 03

 尊史は呼び出しがある、とのことで一旦別れ、私は先に部屋に戻り、色々準備をすることにした。

 経緯はどうあれ、求められていることを再確認できたことに上機嫌だった私は、鼻歌交じりに部屋の掃除や予備のシーツの確認などを入念にこなす。こういう時、準備中に唐突に帰ってこられたりすることもあるけど、何度か失敗したことがあって、本気で拝み倒す勢いでお願いした結果、帰着までの時間を連絡してもらえるようになった。


 だが、必ずしも連絡をもらっても予定通りになる、という保証もないわけで。

 

 一とおり家事を終え、肌を磨いた私は所謂バニースーツを纏い、帰宅を知らせるドアチャイムを聞いて、モニターを確認する。そこに尊史が居たのだが、久しぶりにめくるめく快楽の深海に溺れられる事に浮かれ、同伴者がいることに気づけなかった。

 尊史ごしゅじんさまの帰りをお出迎えし、さあこれからすぐにでも、という気概でその鍛えられた体躯へしがみ付き、言い放つ。


「お帰りなさいませ!さぁ、わたくしめの卑しい肢体にどうぞお恵み……を……?」

「ふむ……仲睦まじい様子で微笑ましいなあ。……ひとまず彼女は着替えさせるか?」


 尊史の横に居たのは、どこかで見た事のあるプラチナブロンドを固く結わえた、鋼鉄のような美人だった。

 私のあられもない姿形を見て一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに治り開口一番の言葉がコレだったのだ。

 

「……えー……ど、どちら様……?」

「スマン。一先ずお預けだ」


 尊史は心底残念そうな声音で、そして申し訳なさそうな顔を私に見せるため抱き着いた身体を解き、両肩に手を置いて言い放った。

 

「どういう……」

「遮ってスマンがお前も込みで話をしないといけない。着替えてくれ。」


 いったん火が灯った行き場のない欲求を憶えながら、しぶしぶその言葉に従う。

 

「……ちゃんと連絡入れたはずなんだが。」


 その言葉は意気消沈した私に届かず、微かに牝の匂いを残した空気に消える。

 


 気まずさを抱えてダイニングテーブルにつく。人と会うのに問題ない服装に着替えたが、化粧と服との違和感は大きくなりそうだ。だが尊史たちを待たせているのと、先ほどのやり取りがあって少しチークを強めに入れたので頬の熱をごまかせていると良いのだけど。

 なんとか気恥ずかしさを隠しながら、尊史の隣に座る。

 目の前に座る女性は、一口水を飲み下して、姿勢を正し自分が何者であるかを明かしてくれた。

 

「私はアリス=R・ルミナリス。杉屋亮平のマネージャーだった・・・ものだ」


 どおりで見たことがあるわけだと納得した。以前、デスマッチを持ち掛けられた際に尊史がビデオ通話した際に見かけたのだ。だが、あの男のマネージャーだった、と彼女は言った。

 

「説明を打ち込んでいたら部屋につく直前くらいに合流を連絡することになっちまった。」

「……なるほど。それで、なんで私もこの会合に参加しないといけないの?」


 正式な依頼でもない限りは傭兵やそのマネージャーと話す機会はほぼ必要ない。もちろん、友人、知人程度の付き合いがある人物であれば話は別だけれど。

 

「藤木恵令奈」

「恵令奈でいいわ。ルミナリスさん・・


 不意にフルネームで呼ばれるが、藤木の姓を聞くのはあまり好きではない。なので、ファーストネームで呼ぶようお願いする。

 

「……わかった。私もアリスでいい。敬称は省いて構わない。」


 少し俯いたその顔に、どんな表情が浮かんでいるかは微かにしか判らなかった。読み取れたのは、後悔とも、罪悪感ともとれる感情。


「なぜ、恵令奈、あなたもこの会合に巻き込んだか?だったな。」

「ええ」

「先ほども言った通り、杉屋亮平のマネージャーだったのだが、つい先日、亮平が失踪した。KIA作戦中の死亡でも、MIA作戦中の失踪でも無い。理由は察しはついているが、その失踪に関与した連中が打ってくる次の手に、おそらく恵令奈、あなたが標的になる可能性があるからだ」


 つまり、彼女は自分が飼いならしたと思っていた猟犬が突然その鎖を千切り、尊史の匂いがついているより弱い人間を巻き込み、復讐を成そうとしている、ということだ。

 

「その失踪に関わった連中ってのは何なんだ。」

「……すまん。今は言えない」

「この部屋は基本的に防音だし、集音装置をはじめとした監視デバイスの類は掃除済みだ」


 どんな世界にも他人の行為を覗き見てそれで小銭を稼ごうとする輩がいたりする。それこそ上級市民街アッパータウンなら徹底した清掃がされているだろうが、安普請の長屋が並ぶこの街では必要最低限のセキュリティしか無い。そういうアパートには、いつの間にか盗撮カメラが仕掛けられている、なんていう事はザラにある。私たちの部屋も、入居直後はまずそういうデバイスの排除を先にした。そして、そのお掃除・・・は今も定期的にやっている。

 だから、盗聴、盗撮の類は心配ない、ということから多少の機密情報は開示して欲しいところだった。

 

「聞けば後戻りできないぞ?」

「いや、傭兵本人だけじゃなく、そのパートナーまで巻き込む時点で厄ネタだろうよ。今更管理者の真相に近づく話されても構うものか」


 底意地の悪い笑みを見せつつ、尊史はアリスに返す。

 

「そうね。ていうか、管理者がどこの誰か、なんて私たちにとってはもう知っている情報だから、その辺の関連を聞いても意味ないでしょ。それに、管理者は今回絡んでこないんじゃない?」


 アリスが遠慮がちになっている様子だったので、私たちがこの地下世界の真相について知っている、ということを伝える。管理者が一体どういう形態でこの地下世界を管理しているか。この真相を知っている者は数億いる人口の中で、両手足の指を足して足りる位、と言ったところだろう。

 

「お前たちどこまで……いや、そうか。色々合点がいった。その辺の詳しいことは純粋に興味があるが、いつか聞かせててもらおう」

「機会があれば、ね。それで、杉屋亮平の姿形を隠せた連中については、聞かせてもらえるのかしら」

「……ある重AVを建造する計画があったんだ。アイツはその計画を遂行する際に産み堕とされたモノだ」


 人造人間、なんてものがすでに世に出ていた。と言外にアリスは言っている。

 人間の骨格や内臓を強化したり、脳の処理をブーストしたりする手術などではなく、ヒトそのものを作った。ということ。

 正確には、誰かのクローン体を作り、その生体脳を重AVのFCS、戦術・戦略決定AIとして運用しようと目論んでいたその計画により、杉屋亮平が産みだされた。ということらしい。

 

「それで、恵令奈も用心しろって言ったのはどういう理由で?」


 簡単に計画と杉屋亮平の関係を聞いた尊史は思って当然の疑問をアリスへ投げかける。


「……アレにまだヒトとしての感情が残っているなら、間違いなく荒川尊史、お前を排除することを最上の目標にするはずだ」

「生体脳として組み込まれる運命なら、その辺の認識とかは全部真っ白に出来るんじゃないのか?」

「いや、今はもう亡くなった開発者が組み込んだプロテクトと混ざり合ったせいで、いくつか消せない部分がわかったんだ。杉屋公正。亮平の養父が組み込んだプロテクトが、どういうわけか荒川関連の記憶領域に作用してしまっている様子だ。どんな影響をFCSなどに及ぼすか見当がつかないから、ヤツらはこれを抹消したい。だから、荒川尊史を今度こそ確実に消せるようになりふり構わずやってくる。」


 そして、戦術、戦略有利を引き出すための手段ならば、おそらく相当悪辣な手段を取ってくる公算が高い。

 だから、私にも自衛を促す意味で会合に参加させる理由があったのだ。

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復讐に燃えたところで身体は燃え尽きて鋼になり果てた。~とある傭兵に復讐しようと傭兵になってみたら実は全部仕組まれていた件【旧題:魂は鋼に宿るものか】 坂樋 戸伊(さかつうといさ) @tks13579

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