49話 レッスン
『兄貴さ~来週の月曜たまもちゃん家でボイトレすることになったから』
今日の配信のサムネを作っていたら千鶴から突然電話がかかってきた。
ボイトレの話は聞いていたがいきなりすぎるだろう。今日が木曜日なので4日後には行くことになる。よくもまあ”たまも”がOKをしてくれたものだ。
「……了解。お前も来るんだよな?」
『行くけどメインは兄貴だかんね! そこんとこヨロ』
「どうやってOK貰ったんだよ?」
”たまも”から誘われていたとしてもまさかこんなに急なことになるとは思っていなかった。
『普通に誘われたからお願いしただけだけど』
「それは俺が行っても大丈夫なやつか?」
千鶴が誘われただけで俺が行ったら気まずい感じになるんじゃないだろうか。
『大丈夫、そこは言ってるから』
「お、おうそうか」
『んじゃヨロ~』
〇〇〇
月曜日
”たまも”との約束の日となり千鶴と一緒に”たまも”の家へやってきた。
配信兼レッスン部屋として借りている部屋のインターホンを押すとすぐに”たまも”が出てくる。
「いらっしゃい」
ドアを開けた”たまも”は俺と千鶴を交互に見ると不思議そうな顔をした。
「またお兄さんも来たんですね」
この反応はどう見ても俺が来ることを知らなかった反応だろう。千鶴のヤツ俺がボイトレに行くのを嫌がっているのを察して嘘つきやがったな。
「まぁ一応保護者みたいなものなんで。すいません」
「”たまも”ちゃんついでだし兄貴のことも見てやってよ」
そんなことをサラリとお願いする千鶴に驚愕してしまう。
「まぁ”なな”ちゃんがいいならいいけど……あまり邪魔しないようにしてくださいね」
”たまも”はそういうと俺たちを部屋へと案内してくれた。
通された部屋はこの間配信で使った完全防音室だった。
”たまも”の配信兼ボイトレように使っている部屋のようでちょっとやそっとの大声を出したくらいでは外に漏れないようになっているらしい。
部屋には様々な機械が置かれていて何に使う機械なのか分からないものも多数ある。中には100万円を超える超高性能マイクなんかも無造作に置かれていてうかつに触ることをためらってしまう。
「部屋のものは勝手に触らないで下さいね。結構高い機材も多いので」
じろじろ部屋を見ていたら”たまも”から注意されてしまった。
「あ、分かりました」
注意もされてしまったので俺はおとなしく部屋の隅に立っておく。
千鶴はというと部屋の真ん中に立たされて早くも発声練習を始めさせられていた。
チラチラと俺の方をうかがってはいるが”たまも”の真剣なレッスンの最中では声もかけれられない。ましてや俺もこの中に混じるなんて考えられない。
そんないたたまれない空気の中耐えること30分。
不意に部屋の扉が空いた。
「せんせ~……!」
入ってきたのは小柄な少女。
レッスン中だとは気づかずに入室してしまったのか部屋の中心にいた千鶴と目が合うとどこか申し訳なさそうに後ずさった。
「あ、すいません。……お邪魔しました~」
そっと部屋を出て扉を閉めようとする。
すると”たまも”が呆れたような顔をして少女を呼び止めた。
「ちょっと待ちなさい。 ”なな”ちゃん少し休憩しましょうか。冷蔵庫からお水とっていいからちょっと待っててね」
「はーい」
そういうと”たまも”は少女を連れて部屋の外へと出て行った。
「兄貴今の子見た?」
「? 見たけど」
「あの子アレじゃない? ネットで話題になった天才アイドルとかなんとかいう」
どこかで見覚えがあると思ったらテレビで見たことある子だった。
”たまも”はプロのシンガーのサポートも行っているのでココに出入りしてても不思議じゃない。とはいえ今をときめく天才アイドルと言われる少女が来ているとは思わなかった。
「めっちゃ可愛かったねー、同じ女だとは思えなかったもん」
「あの子もここで習ってるんだな」
「だね~”たまも”ちゃんマジ凄いな」
そんなふうに他愛のない話を千鶴として時間をつぶしていると再び部屋の扉が開いた。
ガチャ
”たまも”が帰って来たのかと思ったが、さっきの少女だった。
「お邪魔しま~す」
気の抜けるようなあいさつをしながら入室した少女は俺たちの姿を発見するなり楽しそうに近づいて来た。
「はじめまして! アイドルやってる小鳥遊ひよ子です! ”子月なな”さんですよね?」
元気一杯なあいさつをした少女は俺たちを交互に見て聞いてきた。
「はじめまして! ”子月なな”です! テレビ見ました!」
気をきかせて千鶴が”なな”としてあいさつをしてくれた。
「マネージャーをやってる佐藤和樹です」
遅れて俺も一応名乗っておく。
そんな俺を不思議そうな顔で見る”ひよ子”は頭に? マークを付けているような顔だ。
「マネージャーさん? お兄さんが”なな”さんですよね?」
「……っ」
いきなり正体を当てられてドキっとして言葉に詰まってしまう。
「え? 何言ってるの私が”なな”だよ?」
すかさず千鶴がフォローしてくれる。
「あはっ、隠さなくても大丈夫ですよさっきの自己紹介で大体分かっちゃったんで」
小悪魔っぽい笑顔をしながら”ひよ子”は答え合わせをするように語りだした。
「せんせーから”なな”さんもボイチェン使ってる話は聞いてたんですぐにピンときましたよ。お姉さんの声でも”なな”にはなるのかもしれませんけどお兄さんの方がしっくりきます」
「私天才なんで分かっちゃうんですよね~」
そんなことを言ってのけるこの子は本当に天才なのだろう。たった数秒の自己紹介で正体を当てられるとは思わなかった。
ここまで自信たっぷりだと否定しても逆にどんどん調べて自分の考えが正しかったと色々調べ始めてしまいそうだ。
ここは素直に認めてしまった方がいいだろう。
「良く分かりましたね。”たまも”は全然気づかなかったのに」
「やっぱり正解ですか、やったっ! せんせーじゃ気づけないでしょうね完全に中身が女の子だって思い込んじゃってるで」
嬉しそうにニコニコしながら得意そうにしている。こういうあざと可愛いところが人気の秘訣なんだろう。
「このことは”たまも”も知ってるんですか?」
「知りませんよー。それよりもお兄さんもお姉さんもタメ語でいいですよ。私の方が年下なんで」
「あ、ホント? テレビで見てる”ひよ子”ちゃん相手だと緊張して自然に敬語使っちゃってたわ」
「あはっ、それよく言われます~」
「てか”ひよ子”ちゃん良く気付いたね兄貴の正体」
俺が聞きたかったことを代わりに千鶴が聞いてくれた。
「勘ですよ~なんとなくお兄さんかな~って思って」
なるほど、確かにこの子は天才なようだ。勘が鋭いなんてものじゃない。
まったく勘の鋭いガキは嫌いだよ。
「出来ればこのことは秘密にしてもらえると助かるんだが……」
「もちろんですよ~でも面白そうなんでまたここに来るときは私も一緒についてきてもいいですか? 交換条件ってことで」
「そのくらいなら全然大丈夫だ」
「やったっ! こんなラノベみたいなイベント逃せるはずないですよ! めっちゃおもしろそう~。あっ、お兄さんも絶対来てくださいねじゃないと面白くないので!」
心底面白そうにニヤニヤ笑う”ひよ子”はテレビで見る印象と微妙に違った。
俺としては”たまも”の前にいるといつボロが出るかヒヤヒヤしてしまうので生きた心地がしない。
そんな俺たちを見たいだなんてこの子も物好きだ。
というよりまた厄介な人に俺は正体がバレてしまったのではないだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます