第26話 擬装

 翌朝。

 昼前に目が覚め、無意識にスマホでTwitterを眺める。この流れはここ数年変わりなく特に何か知りたいことや見たいものがあるわけではなく、ただ何となく眺めているだけだ。

 基本的に〈子月 なな〉のアカウントでログインしているためTwitterのアプリを開くとVtuberに関連したタイムラインが流れてくる。ログインしっぱなしなのが良くないとは常々感じているがなかなか癖が抜けない。確かTwitterで家族バレしたVtuberもいたような気がするが、案外こうした何気ないことの積み重ねが身バレを引き起こしてしまうのだろう。

 そんなことを考えながら、ぼーっと画面を眺めているとタイムラインに見慣れないハッシュタグが並んでいるのを見つけた。

 #バ美肉 #身バレ

 ドキッとした。

 なんならトレンド入りしている。

 まさか昨日の配信で何か身バレするようなことをしてしまったのだろうか? と思い出すが心当たりがない。千鶴や康介と話した時にもバレそうだったとかの話しは無かった。強いて言えば〈にゃん太〉先生だが、いきなりSNSでバラしてしまうような人だとは思わない。

 寝ぼけていた思考が急に覚醒し、ガバッと起き上がりPCへ向かう。いくつかウィンドウを立ち上げ、検索、検索、検索……。

 すると今回話題になっているのは〈子月 なな〉ではなく別のVtuberだった。

 〈神無 メイ〉という大体1年位前にデビューしたVtuberだ。数名のYouTuberで立ち上げた事務所に所属していてチャンネル登録数は20万人を超える。最近は有名YouTuberとコラボをしたりと乗りに乗っていて俺もちょくちょく視聴していた。

 「マジか~」

 配信中に一瞬だがボイチェンが不調で地の声が配信に乗ってしまったようだ。まったく他人事ではなくいつ俺に起こってもおかしくない事故だ。

 事故防止のため機材のチェックは欠かさないようにしてきたがこうしてバレる人を見てしまうと配信をするのが怖くなってしまう。

 「マジやばいな」

 最近になって俺も近くの人間に身バレし始めていることを思うと改めて自分がこんな風にさらされていないのは奇跡なのではないかと考えてしまう。

 そんなことを考えていると千鶴からラインが来た。


 [千鶴]

 『乙。Twitter見た?』

 

 千鶴もTwitterで事故の件を知っていたようだ。

 

 『みた』

 『ヤバない?』

 『ヤバいな、マジ他人事じゃないんだが』

 『だよねー、てか兄貴最近いろんな人にバレすぎじゃね?』

 『それな、お前筆頭にしてどんどんバレてる気がする』

 『確かに……てか滅茶苦茶叩かれてんじゃん』

 

 千鶴も言っているようにSNSを中心にして滅茶苦茶叩かれている。

 これは俺もそうだったが〈神無 メイ〉はマジで女の子の声にしか聞こえなかった。まったくバ美肉している雰囲気ではなく疑っているリスナーはほとんどいなかったのではないだろうか。

 それゆえに反発はかなりのものでリスナー20万人が味方から一変、全員から石を投げられるようなものだ。本人はかなり参っているのではなかろうか。


 『マジ怖いな』

 『これはちょっと酷いね~』

 『確かに』


 匿名なのをいいことにSNS上では言いたい放題だ。

 リスナーの中にはかなりの高額スパチャをしていた人間もいたようで「住所特定した。〇す!」など過激な発言もある。

 

 『兄貴も気を付けてね』

 

 あっさりとスタンプで会話を終わらせた千鶴と違って俺は今日の配信は休もうかなと本気で考えてしまっている。

 確かにリスナーからすると女の子だと思ってスパチャをしていたのに中身男でした〜だとキレてしまうのは仕方ない。しかし、あまり過激な発言をするのはいかがなものだろう。などと考えてしまうのは俺もバ美肉しているからなのだろうか。

 いろいろとグルグル考えてしまっていると頭から追い出そうとしていた問題を思い出してしまう。”たまも”とのオフコラボだ。

 昨日の話し合いでどんどん苦しくなるならいっそのことバラしてしまおう。と考え始めていた身としては今回の騒動は考えを改めるに十分すぎた。

 「やっぱり千鶴にお願いするしかないな」

 Amazonを開いていくつかのブランドボイチェンをポチっていく。

 千鶴の声でどうにか”なな”の声を出せないか検証してみる必要がある。つまり擬装をする必要がある。

 リミットは1カ月だ。

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