第23話 やらかし
〈にゃん太〉先生と千鶴の話しはその後、数十分に続いていた。
その間俺はというと完全に空気になりきり気配を消して店長の入れてくれた珈琲を味わう。
話題は女の子の会話らしく二転三転しながら今は”なな”の歌について語り合っていた。
「あのっ、歌で若干音外してしたりするのも可愛くて私好きなんですよ!」
「あ~! 分かります! 私も見ててきゃわ~ってなっちゃいます!」
あっ、コイツ!
「? なんか変じゃありません?」
「へ?」
千鶴はまだ自分がへまをしたことに気が付いていない。
「……なんかさっきのニュアンスだと千鶴さんが”なな”さんを客観的に見てるような感じじゃないですか」
「あっ! いや、あの~」
千鶴は痛いところを指摘され、汗をだらだら流し目を泳がせ始めた。
言葉に詰まった状態で横の〈にゃん太〉先生の方を向いていられなくなり俺の方を見てくる。
「あ~、ちょーっとお手洗い行ってきますね」
逃げやがった。
「……」
俺と二人になった〈にゃん太〉先生はさっきまで目を合わせてもくれなかったのに急に険しい目になり俺を見た。
「どういうことなんですか?」
「あ~、えっとですね……」
「”なな”さんは別にいるってことなんですか?」
これはさすがにごまかしきれそうにない。千鶴が”なな”じゃないということに気づいてしまったようだ。
いつかボロが出るんじゃないかと思っていたがこんなに早いとは想定外だぞ千鶴!
「答えにくい質問ですか?」
俺が答えに窮しているとイライラした様子で問いただしてくる。
「二人で私のことだましてたんですか?」
静かにだがどんどん〈にゃん太〉先生の怒りゲージが溜まっているのを感じる。
「いえ、そんなつもりじゃなかったんですが……」
「じゃあどんなつもりだったんですか?」
〈にゃん太〉先生がプッツンしそうになったその時だった。
「月、その辺にしておきなさい」
見かねた店長が助け舟を出してくれた。
「彼らにも事情があるんだろう。月にも知られたくないことはあるだろう?」
「パパは黙ってて!」
事情を知ってる店長は俺の擁護をしてくれるが〈にゃん太〉先生は聞く耳を持たない。
「そうはいかないな。店の中でトラブルを起こすなら例え娘でも出て行ってもらうよ」
少し店長の強い口調を受け言葉を詰まらせた〈にゃん太〉先生はうつむいて
「パパのバカ……」
そう言い残し席を立った。
とぼとぼと店の外に向かっていく背中がとても小さく見え、俺は取り返しのつかないことをしてしまったことを自覚する。〈にゃん太〉先生は最近まで引きこもりだったと店長が言っていた。今回のことで傷ついてまた引きこもってしまうかもしれない、そう思うとせめて俺ができることは真実をありのまま話すことぐらいだった。
「あのっ! 〈にゃん太〉先生!」
俺も席を立ち〈にゃん太〉先生の手を取る。
「すいませんでした。全て話します」
〇〇〇
再び席についた俺と〈にゃん太〉先生は店長の出してくれた珈琲を前に気まずい雰囲気が流れていた。
店長はというとカウンターに戻りグラスを磨いている。
「まずは騙す形になってしまい、すいませんでした」
「……そんなことはもういいです」
伏し目がちに返事をする〈にゃん太〉先生はどこか投げやりだ。
「えっと、”なな”の正体なんですが実は私なんです」
「面白くない冗談ですね」
全然信じてくれそうにない。
「さ、最初は信じられないかも知れないですけど本当なんですよ!」
「……どう考えても違うくないですか? そもそもあなた男ですよね」
確かに〈にゃん太〉先生からするとわけわからない状況だ。
「実はバ美肉してまして……」
「バ美肉?」
「ボイスチェンジャーを使って声を女の子に変えてるんです。それで正体は隠しているので表向きには千鶴に立ってもらっていて」
「つまり男のあなたが女の子のアバターを動かしていたと」
「はい」
「ネカマだったと」
「は、はい」
「変態だったと」
「は、いや。変態じゃないです」
「変態じゃないですか! ネット上で女の子としてちやほやされて嬉しかったんでしょう!」
「いや、語弊がありますよその言い方じゃ」
「全然ありません! そのままじゃないですか」
「それを言ったら〈にゃん太〉先生だってネカマじゃないですか!」
「私のは勝手に男にされてただけだからいいんです!」
「その割には今回の作品も完全に男性向けのエロエロだったじゃないですか」
「女の子がエロ漫画描いちゃいけないなんてことはないと思います!」
「じゃあ男が女の子のアバター動かしててもいいじゃないですか」
「それとこれとは別です!」
「一緒です!」
あーだこーだと言い争いをしているうちにお互い疲れ果ててしまった。
主に精神の疲弊が半端ない。
だが、お互いに言いたいことをぶつけ合ったのが良かったのか、さっきほど露骨に険悪な雰囲気ではなくなった。
「事情は分かりました。私に嘘をついていたのも仕方なかったと思います」
なんとか事情を理解してもらえたようだ。
ちなみに千鶴はソロっと席へ戻ってきて珈琲を嗜んでいる。
「ですが、まだ完全に信じたわけじゃありません。帰ったらDiscordで連絡下さい。実際に聞いて確認したいです」
「分かりました。嘘をついててすみませんでした」
「ッ、まだ信じたわけじゃありませんから!」
なんだか〈にゃん太〉先生がツンデレみたいになってしまっていた。
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