第17話 大晦日

 大晦日。今年最後の1年であり、オタクにとっては勝負の日でもある。そう、コミックマーケット最終日である。

 以前〈にゃん太〉先生からの依頼でコミケの売り子をやることになった俺と千鶴は大晦日の朝にビッグサイトに来ていた。

 朝も早い時間から会場の外には大勢の人が並んで寒さをしのいでいた。俺たちはというと貰ったサークルチケットを使い颯爽と会場入り、早々にサークルの売り場へと到着した。

 俺たちを待っていたのは50歳前後のおじさんだ。

 どこかで見た気がするが分からない、隣の千鶴を見ると同じく分からないという感じだ。

 「あぁ、君たちが〈子月 なな〉さんの関係者さんたちだね」

 俺たちの姿を見るやおじさんは俺たちのことを理解したよう話しかけてきた。

 「忙しいのに来てくれてありがとう。もうほとんど準備は終わってるからそこで掛けて待っててくれるかい」

 スペースに置かれた椅子を指している。

 「はい、あの失礼ですけどどこかでお会いしましたっけ?」

 するとおじさんは軽く笑うと

 「ははっ、そうか分からなかったか。いつの娘と打ち合わせしてる喫茶店の店主をしている者です」

 「えっ! あの喫茶店の? ていうか娘?」

 情報量ある自己紹介をされてしまい頭がパンクしてしまう。

 「あぁ、娘は言って無かったのか、どうも初めまして、〈にゃん太〉の父の春町 信二です。こうして会うのは初めてだったね」

 「あ、はい。初めまして。〈子月 なな〉のマネージャーをしてます。佐藤 和樹です」

 差し出された手を握り握手をする。

 「佐藤 千鶴です」

 千鶴も俺に続いてあいさつをしていた。

 「ごめんね、こっちが一方的に知っていたから初めから馴れ馴れしかったかな」

 「いえいえ、全然大丈夫です。それより設営手伝えなくてすみませんでした」

 「そんな、気にしなくても良いよ。いつもは妻とやっているんだけどね、今年は急に予定が入ってしまってこれなかったんだ」

 「それで私たちが呼ばれたんですね。それで〈にゃん太〉先生はどちらに?」

 周りを見渡しても〈にゃん太〉先生らしき人は見当たらない。

 「娘は人混みがに苦手だからね、即売会には来ないんだ」

 「そうなんですね」

 「おかげで私が〈にゃん太〉本人だと思われてしまっているんだけどね。親にこんな内容の同人誌を売らせるなんて何を考えているんだろうね」

 そう言いながら新刊のサンプルを渡してきた。

 パラパラとめくってざっと見てみるが今回もかなり激しい内容になっている。

 「今回もすごいですね」

 「だろう? 年々凄くなっていくんだよ」

 参ったなぁと言いながら腰に手を当てて伸びをしている。

 「それじゃあ、私は周りのサークルにあいさつをしてくるから君たちはゆっくりしていてよ」

 そういうと春町さんはブースを去っていった。

 「あの人がお父さんだったんだ」 

 「だな、どこかで見たことあるなぁとは思ってたんだけどな」

 「てことはあの喫茶店が実家ってこと?」

 「そういうことになるな」

 「聞いちゃって良かったのかな?」

 「確かに、言わなかったってことは知られたくなかったのかも知れないのかもな」

 「だよね」

 「まぁ、あんまし話題には上げないようにしような」

 「りょ」

 そういうと千鶴は机の上に置かれた〈にゃん太〉先生の新刊を手に取り読み始めた。

 「うわ、スゴ」

 〈にゃん太〉先生の新刊はいつもと同じでR18 の凌辱モノの同人誌だ。今年ヒットしたアニメを題材としており、めちゃめちゃ上手い絵と相まって見入ってしまう迫力のある同人誌に仕上がっている。

 「相変わらず凄いクオリティだよな」

 「クオリティもだけど、めっちゃエロいじゃん!」

 「年頃の女がそんなことを言うんじゃありません」

 「は? そうんな風に思ってるの兄貴だけだし。最近の女の子はこれくらい普通に読むし」

 「嘘だろ? そんなわけ無いじゃん」

 「幻想乙。てか〈にゃん太〉先生がこれ書いたって方が信じらんなくない? あんな可愛い娘がさ」

 「確かに、全然そんなふうには見えなかったよな。むしろ男嫌いって印象だったぞ」

 「だよねー。兄貴全然目合わせてもらえて無かったし」

 この間二人で会った時には終始机やタブレットを見ていた〈にゃん太〉先生だ。

 「人にはいろんな内面があるってことだな」

 「兄貴がバ美肉してるとかねー」

 「外で言うな!」


                  〇〇〇

 

 そんな感じでまったり過ごしていたが、コミケが始まり続々と人が入場し始めると一気に忙しくなった。

 あっという間にサークルブースの前に列が出来てしまった。最後尾にはすぐに最後尾の看板を渡し、俺は列整理に専念する。

 訓練されたオタク達は俺のつたない指示でも何とか周りの邪魔にならないように並んでくれていたが、それでも手が回らなくなり春町さんも途中からは列整理に加わってくれた。

 販売は千鶴のワンオペになってしまったがこれで何とかなりそうだ。

 山のように積んでいた新刊、既刊のダンボールは空となり昼前にはすべての本が売り切れた。

 「二人ともお疲れ様。おかげ助かったよ」

 「「お疲れさまでした」」

 俺と千鶴はぐったりと椅子に座り込んでしまった。

 「ははっ、疲れてるね少し休んでても大丈夫だよ。後はこっちでやっとくから。休憩したら他のブースも見に行っても大丈夫だからね」

 「ありがとうございます。こんなに大変だとは思いませんでした」

 「いつもはもっと忙しいけどね。妻と二人だから」

 「これはヤバいですね」

 「今回は二人が手伝ってくれたから私は楽できたかな」

 「はは、」

 そんな話をしながら休憩していると、千鶴が席から立ち他のブースへと繰り出していった。

 「そういえば〈子月 なな〉をやってるのは和樹君であってるかな?」

 いきなり話しかけてきた無いようにドキっとし心臓がはねる。

 「えっ! なんの話ですか?」

 「ふふっ、耳には自信があってね。アレはボイスチェンジャーを使ってる声だね」

 「あー」

 俺が返事に窮しているとさらに畳みかけるように

 「しかも今日話してみて確信したよ。話し方とかが完全に一緒だ」

 そう自信満々に自らの推理を披露してきた。

 完全に正解で俺は犯罪がバレた犯人のように追い詰められて声も出せなくなってしまう。まさしく、ぐうの音が出ない状況になってしまった。

 「ははっ、別に攻めてるわけじゃないよ。ちょっと確認して見たかっただけだから。せっかく本人に会うんだしね」

 「あの、このこと娘さんには?」

 「もちろん言ってないよ」

 「ありがとうございます。出来れば他の人にも言わないで欲しいんですが」

 「もちろんだよ、言わないさ。私が伝えたかったのは君にお礼をしたかったってことなんだよ」

 「お礼?」

 「うん、娘が明るくなったのは君の仕事を受け始めてからなんだよ。まだ人混みとかは苦手だけど昔は家の外にも出ようしないくらいの引きこもりだったからね」

 そういえば〈にゃん太〉先生と最後にあったときに”なな”のことは憧れとか言っていた気がする。

 「だから君にはお礼が言いたかったんだ。ありがとう」

 「いえ、別に私が何かしたってことはないんですが」

 「そんなことないよ。いつも楽しそうに配信してくれてるじゃないか。自分のデザインしたキャラクターが毎日楽しそうに動いているのを見れるってのはクリエイターにとって何よりも嬉しいことなんだよ」

 「そういうもんですか?」

 「そうさ、これまではアニメでもないと自分のキャラクターが動いてるのを見れることなんて無かったんだからさ、君が声を掛けてくれてホントに良かったと思っているんだよ」

 「そうですか、でしたら私のほうも仕事を受けてくれたことでいくらお礼を言っても足りないくらいですよ」

 「そういうことならお互いさまってことになるのかな。まぁ私からはこれからも娘をよろしくお願いするよ」

 「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします」

 なんだか彼女の父親にあいさつをしに行くような感じになってしまった。

 どれだけいい話をしてもここはコミケ会場なのだが……

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