第22話 恥知らずと逆恨みとパンダの逆鱗



「くくくくっ! 昨日はよくもこの僕に! こ・の・ぼ・く・に恥をかかせてくれたなぁ!?」



 前髪をファサァッとかき上げつつ、芝居がかった大袈裟な仕草で瑠夏達を指差す青年――ミゲル・フォン・ヘウゼクソン。

 それだけでなく彼に侍るように取り巻いているチンピラ五人衆を目にした瑠夏は、遠い目をしながら盛大に溜息を漏らした。



「うっわぁー。ほらぁ、ダディが変なフラグ建てるから回収されちゃったじゃん……」


「いや、俺もまさかここまで短絡的な行動に出るほど間抜けじゃないって思ってたからよぅ……。その……パンダかすまん」


「ぱんだぁ〜?」



 意気揚々と階層主フロアボス戦に臨んでいた瑠夏達全員の士気は、急転直下の大暴落である。



「やはり社会的に完全に息の根を止めておけば良かったですわね……。過去のわたくしの慈悲深さが恨めしいですわ……!」


「いやいやカレンさんや。怖いからやめて? そもそも【宝石通信ジュエル・ネットワーク】があったから即日で侯爵さまと連絡取れたけど、抗議だとか普通ならもっと時間掛かるでしょ? まだアイツの本家にすら連絡行ってないんじゃない?」


「でしたら物理的に息の根を……いえ、わたくしの【火炎球ファイアボール】で消し炭にすれば……! そうすれば証拠も何も残らず万事解決ですわ……!」


「もっと剣呑になってるから!? 落ち着いてカレンさぁあああんっ!?」



 容赦なく物騒な解決策を模索するカレンディアを、必死に思い留まらせる瑠夏。しかしそんな瑠夏の涙ぐましい努力も汲み取らず、自称〝類稀たぐいまれなる知性〟を自己都合に偏らせ働かせた青年が、宿での出来事の焼き直しのように地団駄を踏む。



「お、お前達無視するなぁあああッ!! どれだけこの僕を……! こ・の・ぼ・く・をコケにすれば気が済むんだッ!?」


「まあまあ坊っちゃんよォ。ちぃっと落ち着きなっての。オレらにも言いたいこと言わせてくれよなァ」


「そうだぜミゲル坊っちゃん。オレたちゃ同じ思いで結ばれた同志なんだからよォ」



 ファッサァ、バッサァと前髪を忙しなくかき上げ憤慨するミゲルを宥めるように、大剣を背負ったチンピラとナイフを舐めるチンピラが前へと歩み出る。



「おうおうテメェら! あん時はよくもやってくれたなァ!? おかげでオレらは街の連中のいい笑いモンだぜェ!?」


「おかげでこうしてダンジョンに潜り込むのも一苦労だァ……! この落とし前どう着けてくれんだよォ、ア゙アッ!?」



 探索者組合からの追放は自分達の日頃の行いのせいなのだが、それを棚に上げて理不尽に言い募るチンピラ達。それを聞いた瑠夏達は一様に、盛大な溜息を漏らす。



「いや、事実追放されるようなことしてきたんだろ、お前ら?」


「まったくですわ。自分の胸に手を当てて、日頃の行いをかえりみてごらんなさいな」



 事実を突き付け吐き捨てるダディとカレンディア。

 そんな一頭と一人に、胸中はともかく慌てて瑠夏が声を掛ける。



「ちょ、ちょっと二人とも……? いや、全面的に同意見なんだけど、それ言っちゃうと――――」


「あンだとコラァ!?」

「ケンカ売ってんのかゴルァッ!?」


「ほらぁ〜っ!! っていうかなんであたしのセリフだけに反応するのよぉッ!?」



 チンピラここに極まれりである。事実を指摘され批難されると、これらの類いの人種は大体が逆ギレする。どうやらその辺りは世界を跨いでも一緒なようだ。

 そして常識の通じない人種は、さらなる理不尽を口にした。



「昨日はちぃっと油断しちまったが、その借りは十倍にして返させてもらうぜェ」


「おうともよ。女は散々楽しんで飽きたら売ってやらァ。そしてそのは……喋るし珍しいから見世物小屋にでも売りつけちまうか。それか皮を剥いで売るか? それとも剥製にしてやろうか。好事家の貴族なら生きたまま飼ってくれるかもなァ!」


(うっわ、まず……!? コイツらよりにもよって言うのよ……ッ!?)



 聞いてもいないのにつらつらと、今後の悪事の予定を垂れ流すチンピラ達。その内容は女子である瑠夏やカレンディアはもちろんドン引きするような所業であったが、しかしそれよりも瑠夏は嫌な予感に身を震わせた。



「こらお前達! カレンディア嬢と黒髪の女はまずはこの僕が、こ・の・ぼ・く・が楽しませてもらうからな!! 僕はお前達の雇用主なんだからな!! くくく……! 屈辱にまみれた顔を想像するだけで興奮するなぁ! お前達はますは野獣達を金に換えてくるんだ! お楽しみはそれまでお預けだからな!」


「へっへへへ……! 分かってるよォミゲル坊っちゃん。まずはあのフザケたを捕まえて、たっぷり借りを返してやんよォ」


「見たとこ親子っぽいしなァ。こっちのモン――「だぁ……?」――ッ!?」



 物理的に身体が重くなるほどの重圧が、その口から漏れ出る。決して大きな声ではなかったにも関わらず、チンピラは思わず言葉を中断させられた。


 やはり。


 瑠夏が、そのオスはその言葉に――という侮蔑に、怒りをあらわにしたのだ。



(……だけど違う。いつものダディの、火山が噴火するような怒り方じゃない……! これって、かなりヤバイかも……!?)



 瑠夏は怒ったダディがいつかのように、咆哮を上げながら即座に暴れ出すだろうと想像していた。彼にとって――同じクマ科なのに――クマと同列、もしくは偽物と侮られるのは、特大の地雷だからだ。しかしこの時のダディは烈火の如く怒るどころか、まるで嵐の前の静けさのような、不気味で底冷えのする雰囲気を纏っていた。



「誇りあるジャイアントパンダをクマっころなんぞと一緒にしただけに留まらず…………おめぇよう、今なんつった……?」


「あ、アアッ!? そんなんで俺らがビビると思っ――――」


「ルナを……って?」


(うっわぁ、かぁ!?)



 付き合いこそそう長くはないものの、瑠夏は如何にこの父親パンダが娘を――ルナを溺愛しているかはよく知っている。ルナを愛し、世話を焼き、それこそ親バカと言っていいほどに大切に慈しんでいるのだ。

 そんなルナを、チンピラ達は狙うと口にした。であるルナの皮を剥ぐだの、剥製にするだの、好事家や見世物小屋に売り飛ばすだのと、そうのたまったのだ。



「瑠夏、カレン嬢ちゃん。ルナを連れて下がっててくれ。ちぃっとばかし、今日の俺は怒りと、この溢れ出るパンダぢからを抑えられそうにねぇ……」


「う、うんっ、分かったよダディ……! ほらカレン、危ないから下がるよっ」


「お、お姉様!? ですが、ダディ様お一人では……っ!」


「今心配しなきゃいけないのはアイツらの命の方だよっ! あたしだってあんなに怒ったダディは初めて見るんだからっ!」



 半ば無理矢理にカレンディアの手を引いて、瑠夏は安全地帯セーフティエリアの端である、先程通ってきた通路の入り口へと避難する。何かがあれば即座に通路に飛び込み、【韋駄天チキンランナー】を駆使して逃走できるように身構える。

 そんな瑠夏達の動きを振り返ることもせずに察したのか、ダディはゆっくりと四肢をダンジョンの石畳に踏ん張り、四足獣らしく低い姿勢で唸り声を上げ始めた。



「お、おいおい、女達に逃げられると厄介だぞ! 何より女もガキの獣も捕まえないと、お前達には契約の代金を払わないぞ!? そこまでが僕との、こ・の・ぼ・く・と・の・契約なんだからな!?」



 相も変わらずに前髪をファサァッとかき上げ、ツバを飛ばしながら喚いているミゲル。ご自慢の〝類稀なる知性〟は、やはり上手く機能していないようであった。



「瑠夏やカレン嬢ちゃんを慰み者なんぞにはさせねぇ。俺をクマモドキと言いやがったのも許せねぇ。だが何よりも――――」


「さっさとやれぇお前達ッ!! それでも元上級探索者なのかぁッ!!」


「「「う、うおあああああああああぁぁッ!!! ヒャッハァーーーーーーッッ!!!」」」



 痺れを切らしたミゲルの一喝により、チンピラ五人衆は手に手に武器を構え、気合の雄叫びと共にダディへと突撃を開始した。いずれも普通の人間であれば一撃で死に至らしめることが可能な凶器を振り回し、熟練のコンビネーションを見せ付けながらダディとの間合いを詰める。


 しかし――――



「俺の娘に手ぇ出すってんならおめぇらッッ!! タマぁ捨てる覚悟はあるんだろうなぁッ!!?? 【パンダ波動砲】ッ!!!!」



 チンピラ達の雄叫びは、正真正銘の猛獣の咆哮によって搔き消され……安全であったはずの広間は、まばゆい閃光と轟音に埋め尽くされたのであった――――




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る