第60話 黒いオオカミと白い冠のヒト?

 「ここはどこ・・・」

 ひどい匂いと真っ暗な中、私は言葉を発する。

 どこにも響かない。

 そりゃ大きな声は怖くて出してなかったけど・・・


 怖い・・・・


 そりゃそうでしょ。私はどっちかっていうとぼんやりした女の子なんだから。

 って、じゃあ、凄腕の異世界人冒険者なら?

 私はステータスを思い浮かべる。

 名前をスクロールして詩音からシオンへ。


 一転、今までの不安はなんだったのやら。

 感覚が一気に上がって、この暗闇の中、視線を巡らせた。


 ピラミッド。

 死者の館、か。

 このすえた匂いは、詩音のスペックの時も気付いていたように、程度の悪い地下酒場やスラムに馴染んだのと同じだ。染みついたアンモニアの匂いが、胸くそ悪いが、なんとなく懐かしい。

 そして、暗闇。


 S級冒険者として肉体的にも優秀な俺は、普通の人に比べて目が良い。当然暗闇でもある程度視界を保てる。

 が、詩音でいたときと同じ。まったく周りは見えない。

 だからこそわかる。

 先ほどまで周りにいた人間が一切見えない暗闇など、普通じゃない、ということを。

 詩音の姉は、それこそ肌触れ合う距離にいたんだ。

 観光地としての小さな入れるピラミッドは、それなりに混雑していた。


 だが・・・


 人っ子一人いない。

 目が暗闇に何も見ていない、って言うだけじゃない。

 が全くないんだ。

 生きていれば、人だろうが虫だろうが何らかの気配を発するもの。

 普段は世界に溢れるそんな諸々の気配を気にしない。いや、気にしていられない。

 だから、あって当然の気配は自然にシャットダウンされる。

 これは俺が特別ってわけじゃなくて、生き物が生きるための内在する防御機構だ。

 なぁんていう、こまっしゃくれた理屈なんて、シオンとして生きていた自分は考えたこともなかったけど。つまりは詩音の知識が、理屈を積み上げる。フフ。私はやっぱり詩音なんだから・・・


 まぁ、臭い中にいてたら麻痺して鼻がきかなくなるのと同じよね。

 でも意識すると匂いが戻って来る。

 気配だって同じってわけ。


 シオンは、感覚を広げて気配を探す。

 だが、どこまで広げても生き物の気配はなく、それどころか、無機物=ピラミッドの壁があるはずのその気配すらキャッチできなかった。


 さて、どうしたものだろうか。


 突如放り込まれたこの空間。

 明らかに尋常な感じじゃない。

 詩音じゃなくても泣きたくなるぜ、と、微かにため息をこぼす。


 あらゆる気配がないはないんだけど、闇がじっとりと質量を帯びて存在感を持っている。

 なんというか・・・・ダンジョンの奥。異なる空間に放り込まれた時のような・・・

 て、ピラミッドがダンジョンだって考えるなら、不思議でもない、のか?

 ってか、地球にダンジョンなんてあるの?


 まぁ、よくよく考えてみたら、あってもおかしくない、のかな?

 タツのあの空間。戦った空間は異空間だったし、かっぱの道とか、土蜘蛛の家だって、まぁ、異空間だもんな。

 こういうダンジョンだか異空間なんかは、ありっちゃありだ。

 けど、どこからこの空間に入ったんだろう?

 いや、違うな?


    


 ?


 俺は、警戒を一段階上げた。

 

 そう、俺が思考したと同時に、ねっとりとした闇が微かに揺れたのを感じたからだ。


 俺は揺れた方向を見据える。


 ・・・


 犬?


 黒い、犬、の魔物か?



 こちらを見つめる、あきらかに知性を帯びた魔力を持つ犬ようの生物。

 そう、


 そう気付くと、俺はさらに一段、正確には身体に魔力を纏い鎧とした。


 と、さらに・・・


 闇はうごめき、黒い犬の後方に、まるで犬の主のように、人?

 さきほどの黒い犬と同様に黒い顔をした人ようの姿。

 魔法の杖か?

 複数の錫杖のような物を手にしたその姿。黒いこの空間に頭に乗せた帽子?冠?その白い色が、異様に輝く。


 俺は、手元に愛刀を生み出した。



 『驚かせて済まぬ。そして強引なる招致、詫びさせてもらう。申し訳ない、異国、日出ずる国より参られし強き魂よ。』

 テレパシーでの語りかけに、俺は眉をしかめた。


 『警戒を解いてくれ、というのはいささか難しいかもしれんが、警戒を解いてもらえんだろうか。我が名はオシリス。この地にて死者の安寧と復活を司る神、と呼ばれておる。そして、ここに控えるはアヌビス。死後の世界を守護する狼にして大神おおかみである。』


 えっと・・・・


 とりあえず、黒い犬は黒い犬ではなく狼だった、と。


 それと、神?

 神なんて!・・・ってまぁいるか。

 一応、タツだって神、らしいし。


 そもそもアレクシー様の要請で魔王退治して、殺された後この地球へと転生したんだし・・・

 そのときアレクシー様は地球の神々にくれぐれもよろしく、って言ってくれたようだし。

 国会議事堂地下の件もあって、神=日本の、って思ってたけど、そりゃ国は日本だけじゃないし、エジプトの神がいたっていいだろう。

 ってか、さっき聞いた名前、確か覚えがある。

 オシリスもアヌビスも、エジプト神話の有名な神様じゃなかったっけ?

 だったら、結構有名人、じゃなくて有名神?


 


 俺がこんな悠長なことを考えている間、二人?二柱?は、じっとこちらを見つめて待ってくれている。

 彼らから、少なくとも敵意を感じなかった俺は、魔力の纏と剣はそのままに、警戒の段階を少し落としていた。広げた魔力を最小に狭める程には。



 俺は、二柱の神をじっくりと観察する。


 二柱ともに内包する魔力は相当で、正に神、というレベルだろう。つまりは、タツと比して、ていうことだけど。

 1対1ならまだしも、1対2だと厳しいかな、そう頭で試算する。

 戦わなくて良いなら戦わない方が良い、逃げられるなら逃げる方が良い、そう戦士としての勘は告げている。

 もっとも、この異空間から逃げ出す術は俺は持っていない。

 2柱を倒したところで、果たしてこの空間を出られるかどうか。

 だったら、話を聞く一択か。早々に結論を出した俺は、口を開いた。


 『確かに強引、だな。で、どういう話かな?俺を見てみたかった、なんてことではないんでしょう?』

 『見てみたかった、というのがないでもないんだけどね。しかし、冷静で助かる。異界より招かれし偉大なる戦士よ。どうか我らに手を貸してはもらえんだろうか。』

 『・・・こっちの事情は分かっている、と。神々の話がどうなってるいるか、人の身では知るよしもないが、地球には安らぎを求めて来たように思うんだけど?』

 『ああ、それは間違いない。だからこそ申し訳ないと思いつつのお願いだ。今この地球には我らと接し得るほどの魂を持つ者は、独立しておらんでな。』

 つまりは、強い奴はどこかに属している、と。

 冒険者としての自分は、そういう強者に興味がないわけじゃないけれど・・・


 しかし・・・


 仮にも詩音がなんとなく名前を聞いたことがある、というだけの有名神。信者とか、お国の魔術師的なのもいそうなもんなのに。

 各国にそういう組織がある、ってのは、なんとなくリーゴ達の話から分かってるんだけど・・・

 それをわざわざ俺のような部外者に頼むってのは、まぁ、身内に信頼が置けないってパターンだよな。うん。勇者時代にたまぁに絡んでくる、その手の面倒があったなぁ。


 『異界より招かれし偉大なる戦士よ。是非我らが頼み受けてはくれんだろうか?』


 再びオシリス神が言う。


 『吉澤詩音。』

 『何?』

 『私の名は吉澤詩音。日本生まれ日本育ちの女の子。異界より招かれし偉大なる戦士、なんて呼ばれたくないわ。』

 『・・・日出ずる国の少女である、というのは分かっておる。異界の神よりそなたの魂を招くにあたって、最初に受け入れたのはかの国の神であったからな。』

 へぇ、そんなことがあったのか。ありがとうございます。日本の神様。このごろはちょっとばかり賑やかになっちゃったけど、それでも平和でおだやかな生活を満喫させて貰ってるもんね。受け入れてくれたのが日本じゃなかったら、もっと大変だったかもって思うと、ありがたいことです。


 『日出ずる国の少女。うん、それならいいわ。私は受け入れてくれた神様に感謝している。日本の神様、ううん地球の神様に、ね。ですからエジプトの神様、できる範囲ではありますが、力にはなりましょう。あくまで女子高生にできる範囲で、ですよ。』

 『あ、あぁ。女子高生、かどうかは分からんが、詩音殿の持つその力をお借りしたい。お借りして、あるものを探しだし、元の場所へと納めて欲しいのだ。』

 『あるもの?』

 『ああ。ラーの子である一人の愛し子。その子のが盗まれたのだ。どうか、それをあるべき場所へと戻してもらえぬだろうか?』

 オシリス神は、真摯な表情で、俺にそう告げたんだ。

 

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