第58話 予算はみんなで勝ち取るもの

 「はい、これが対策ノートです。」


 数日後の放課後。

 詩音は、えっ?と小首を傾げつつ数冊のノートを受け取った。

 場所は、ミス研の集まりである。



 先日、中川さんちで前世の仲間たちと話し合い、気がつくと私たちを斬首台に送ったベリオが中川の梅子ばあちゃんの息子になっていた。

 ってどういうこっちゃ、なんだけど、そのまま私は帰るように言われ、どういう話し合いが持たれたのか、一緒に殺されたリーゴとマリーブ、そしてベリオまでが、サーミヤ捜索の旅に出ることになった、らしい。

 その話を私は翌日タツに聞き、聞いた時にはみんな旅立った後、だった。

 タツ情報によると、ベリオの記憶を頼って、来た道の反対を戻り、世界の尾根を探索する予定だという。

 なんで事後報告?


 リーゴとマリーブと友達登録したSNSからも2人は消失した。

 梅子ばあちゃんは、そのうち戻って来る、と、笑うばかり。

 なんだか、・・・・寂しい・・・のかな?


 ほんの一瞬の再会だった。

 前世と現世。

 前世を気にせず生きていてもずっと問題はなかったし、しがらみなんてなく生きていきたいとは思っていたけれど。


 ポツン


 なんだか、取り残された気分。


 ずっと一緒に旅をして、戦って・・・・色々あったなぁ。

 けど、普通の生活に戻った私には、あれが本当にあったかなんて、ちょっと不思議な気分。中学2年生がかかるというあの病気で、全部が妄想だったのか、なんて・・・

 まぁ、ステータス画面がそれを否定してはいるんだけどね。


 なんとなく、ぽかりと心に穴が開いたのは、自分がいらないと思われたからなのか?

 あの緊張が続く日々に、実は心がワクワクしていたのだろうか。

 いや違うな。

 私はみんなに守ろうとされて、場外に追いやられた。そのことに、なんていうか、しっくりこないというか、据わりが悪いというか・・・・


 現世では、ずっとそんなかんじで守られて生きてきたって思うんだけどね。

 それが不自然に思わないような、そんな心境でもあったんだ。

 けど、前世では守る方の立場だった。

 知らない人からも、年上だろうがなんだろうが、自分は守って当たり前、だって強いのだから、そんな常識の中で生きていたから、守られるってことが分からなかったのかもしれない。


 ただ・・・・


 私は、彼らの戦いから置いて行かれたんだ。少なくとも今は。

 悔しくなんて・・・・ない。多分・・・



 と、いろいろ私が物を思っていようが、時間は過ぎていくわけで、私は日常の中にいる。

 中学生、ううんもっと前から一緒に育ったみんなや高校生になってから友達になったみんなと、授業も、生まれて初めての部活も、なんだか手を引かれてやっている。

 うん。変わらない日常。

 日常なんだから、当然、試験だってやってくる。


 もうすぐ夏休み、の前にあるのは、当然期末テストってわけで。

 私は今までクラブとかやってこなかったから全然気にしてなかったんだけど、試験期間前の1週間って、クラブをやっちゃだめなんだって。

 テスト勉強ちゃんとしなさい、というクラブ活動禁止期間はテスト終了時まで続く、らしい。


 それはまぁいいんだ。

 言われてみれば双子とかに聞いたことがあった気もするし。

 自分に関係ないからって、耳をスルーしてたってだけ。

 それに、試験勉強を一緒にやるって事も無かったしね。

 考えてみたら中学の時も試験勉強とかの話ってあんまりしたことがなかったな。

 だからみんながどうやって勉強してたか知らない。

 お姉ちゃんも分からないことない?とかは聞いてきて、教えてくれようとしてたけど、特に聞くこともなく、授業のノート見返す程度だったから。



 で、今の状況だけど・・・・


 試験期間の1週間前の最終部活動日。

 なんか見たこともないぐらいの大人数。

 ミス研は出席自由中高合同のクラブ。

 思い思いにテーマを決めて調べて発表するっていうクラブで、けっこう賢い人が多いっていう印象。

 だったんだけど・・・

 なんか、ノートが大量に配られています。



 「おおこれが噂の部本ってやつですね。」

 ひょっほーとかいいながらピーチ君、テンション高めです。

 「部本?」

 「はい。ほら大学入試の時に勉強する赤本ってあるじゃないですか?大学ごとの過去問を書いた赤い表紙の本です。あれみたいに、各部が後輩のためにつくる幻のノート。それが部本です。」

 「?」

 「部員の成績を上げるために代々受け継がれたノートってわけです。」


 ノートを1冊見てみると、おもて表紙にはでっかく赤でマル秘と書いていて、中央には先生の名前。そして右下に高1、と書いてある。

 ひっくり返して裏を見ると、ミステリー研究会の文字。

 ぺらぺらとめくると、欄外に西暦と○学期中間とか期末とかって書いてある。そしてノートのところには問題が書いてあって、その下に解答例も書かれている。あとはコラムっぽく、ワンポイントが書いてあったり。

 問題ごとに字が違うし形式もちょっと違うのは、いろんな人の手で書かれたからかな。


 先生の在職期間と問題の長さや多さの関係だろうけど、ノートによって厚みが違う。

 ノートっていってるけど、どうやら誰かが書いたノートをコピーして、製本しているみたい。それが人数分。


 私が、ぺらぺらめくったり、首を傾げたりしていると、ピーチが言った。


 「部活にはお金がかかります。そのお金は生徒会を通して予算として配分されるんですが、そこには部員の成績を考慮するとされています。学生の本分は勉強ですから、それを放ってクラブに明け暮れちゃだめってことらしいです。で、少しでも予算を得るために編み出されたのが、この部本っていうシステムです。各部が総力を挙げてあの手この手で試験対策をしていますが、その結晶が各部の部本ってわけです。」

 「そんなんズルやないんか?」

 タツが不思議そうに言った。

 「当然、試験会場に持ち込んだらズルですけど、ちゃんと中身を勉強して身につけるなら問題ありません。なかには先輩方からのありがたいワンポイントが書いてあったり、これは先輩後輩の絆でもあるんです。」

 「せやけどなぁ。」

 「まぁ、これを手に入れるためだけに部に籍を置く、なんてひともいますけどね。ハハハ。」


 なるほど。

 そういや、中学の時にも試験前に見たことのないコピーの綴りをコソコソ双子が見てたわ。相手のを見ようとして喧嘩してたりもしたような・・・

 帰宅部の私は知らなかったけど、なんで同じ帰宅部のピーチが知っているのかは、謎だ。

 そんな風に思ってたのがバレたのか、

 「詩音さん。内部生なら普通は知ってますよ?」


 ・・・・


 私って、あんまり人を気にしない性格だから・・・


 ・・・


 お姉ちゃんも知ってるのかな?そりゃ知ってるよね?てことは生徒会でも公認?黙認?

 まあお勉強の手段だからいいのかな?


 なんかよくわからないまま、部本という名の教科分の冊数のノートを胸に抱いて、試験期間に突入です。

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